20 冒険の旅、再び 1
「……松明の炎で何とかゾンビたちを追い払うことはできましたが、そのとき、一人のゾンビが日記帳を落としていきました。慌てていたので、中を全部は読んでいませんが、それはローダス王国の遺跡調査団の一人が残した日記でした……」
俺がそこまで話し終えたとき、ラスタール卿が悔しげな唸り声をあげて、こぶしでテーブルを叩いた。
「ぬうう……やはり、調査隊は、ただの落石事故で死んだのではなかったのだな……」
「ラスタール様、よくは知らないのですが、ゾンビというのは、死んだ人間を闇の魔法で動かすものだと聞いたことがあるのですが?……」
ラスタール卿は、まだ怒りの表情のまま小さく頷いた。
「ああ、その通りだ。そして、その忌々(いまいま)しい闇魔法の使い手が、法王様のお側に仕えておる、
いや、おったというべきか。現在、そやつの行方は分からぬ。そして、その調査団には、わしの孫娘のリーズも加わっておったのだ……」
(あちゃあ、それは、なんとも申し訳ないというか……ピュリファイの魔法で、全員消滅させてしまいました。でも、きっと、魂は浄化されて天国へ行ったと思いますよ、はい……)
しかし、これで、ラスタール卿への俺の不安も消えた。これは後に分かったことだが、ラスタール卿は、現法王を退任へ追い込む考えを持つ有志達と、密かに準備を進めていたらしい。そのため、サバンニと手を結び、資金を稼ぐための手伝いをしていたのだ。
彼の願いはやがて実を結ぶことになるのだが、それはまた別の話。閑話休題。
♢♢♢
ぽかぽかと心地よい日差しが照らす野道を、俺はのんびりとパルトスの街に向かって歩いていた。交易の件はいったん区切りがついたので、後は関係者に任せ、俺は自由な冒険の旅を再開する予定だった。
(あ、そういえば、もうすぐ俺の誕生日だな?)
『そうです。正確には六日と十二時間後ですね』
(そうかあ、村を出てもう二年近くになるんだな)
『ホームシックですか?』
俺はちらりと左手の山脈が連なる方向に目をやった。まあ、確かに懐かしい気持ちはある。両親や兄妹が無事に暮らしているか、心配な気持ちもある。だが、故郷に帰りたいとは思わない。時々こちらの無事を知らせて、土産の一つも送り届ければ、それでいい。
(よし、パルトスに着いたら、さっそく手紙と家族への土産を買って送るとしよう)
俺は心の中でそうつぶやくと、〈加速〉を使って走り出した。
ポートレスからパルトスまでは、馬車なら三日の距離だ。途中に、かつてのパルマー伯爵領の領都だったラベスタの街と現在、伯爵が住んでいるエラムの街がある。
かなり頑張って走ったが、やはり、パルトスまであと四、五キロというところで日が暮れてしまった。日没とともに城門は閉まるので、明日の朝まで野宿ということだ。
この辺りは、さすがに人の行き来が多いので魔物は駆除されているはず……と、思ったが、何だ、この異様な魔力の気配は?
『マスター、左の森の方です。少しずつこちらに向かって移動しています』
(ああ、察知した。あまり大きくないな、いや、むしろ小さいか?)
俺はメイスを構えて、用心しながら森の方を見ていた。
やがて、薄暗くなった森の中から、まだ若い男が一人、よろよろと歩いて出てきた。
「ん?やはり人間だったか……その魔力量、わが同族では、と思ったが……」
男は俺から二十メートルくらいの所で立ち止まり、残念そうな口ぶりでそう言った。
「あんた、腕をケガしてるのか?治療だけならしてやってもいいぞ」
俺はまだ用心しながらも、メイスを下して草の上に座った。
男はしばらく黙ったまま立っていたが、やがてまたよろよろと近づいてきた。
「我を恐れぬのか?」
「なんで?あんたが、どこの誰なのか、俺は全く知らない。あんた、悪い奴なのか?」
男はちょっと立ち止まって、少し笑い声を漏らした。
「そうだな…ふふ……確かに恐れる理由はないな」
男は俺のそばまで歩いてくると、押さえていた左手を見せた。それは、骨まで届いていると思われるような、深い傷だった。刃物というより、鋭い牙か爪でえぐられたような感じだった。
「ひどい傷だな……ちょっとここに座ってくれ。焚火を起こして明るくするから」
俺はそう言うと、周囲から急いで木の枝を拾い集めてきて、男の近くに積み上げた。
焚火の炎が、男の姿を明るく照らし出す。
見た目は、人間とほとんど変わらない。ただ、人間にはほとんどいない銀色の髪と、赤い瞳が、彼が人間ではないことを教えていた。
「これは、俺が調合した薬だから、もしかすると人間以外には効かないか、あるいは毒になるかもしれない。それでも試してみるか?」
俺はストレージから、高級回復薬の瓶を取り出しながら言った。
男は薄笑いを浮かべながら、その赤い瞳で俺を見つめながら答えた。
「ああ、やってくれ。どうせ、このままだと腕は腐り,その毒が体に回って死ぬ運命だ。誰かに肩口から切り落としてもらおうと探していたところだ」
俺は、男の覚悟を聞いて頷くと、瓶のふたを開けて、傷口にゆっくり注いでいった。傷口から湯気のような煙が立ち上り、ジュワーッという音が微かに聞こえてくる。
「ぐううっ!……」
男は痛みに歯を食いしばって耐えたが、やがてその表情は急激に和らいでいった。
「……おお、痛みが退いていく……ん?な、なんと、傷がみるみる塞がっていくぞ」
「うん、よかった……効いたようだな。もう大丈夫だ」
男は、傷が完全に塞がった左手を不思議そうに何度も撫でていたが、やがて俺に目を向けた。
俺は、ストレージから鍋と野菜、干し肉などを取り出して、食事の準備を始めていた。
「すまない、感謝する」
男は軽く頭を下げ、目を伏せながら感謝の言葉を口にした。
「ああ、これくらい何でもないよ。薬は作ればいいし、困っているときはお互い様だ。それより、腹はすいてないか?簡単なスープとパンしかないけど、食べていくといい」
男は何か言いたげな、複雑な表情で俺を見ていたが、微かに笑みを浮かべてふうっと息を吐いた。
「実は昨日から何も食べていない。ありがたくいただくとしよう」
「うん、そうか」
俺は頷いて男に微笑むと、ナイフで野菜や肉を適当に切って鍋に入れ、水魔法で少量の水を手のひらから出して鍋に注いだ。それを焚火の上に載せる。
「ほお、見事な魔法制御だ。まだ、幼く見えるが、誰に魔法を習ったのだ?」
男の問いに、俺はリュックから(もちろんストレージからだが)パンを取り出して、半分に切りながら答えた。
「いや、誰に習ったわけじゃない。自分で覚えた。ほら、スープができるまで、これをかじっていてくれ」
男は俺が差し出したパンを受け取ると、戸惑ったような表情を浮かべた。
「自分で覚えたのか?人間には、魔法の習得はかなり難しいと聞いたことがあるが……」
「俺は十歳で冒険者として働き始めた……生きていくためには、強くならなくちゃいけない。だから、体を鍛えるのと同時に、必死で魔法を覚えた」
「そうか……親はいないのか?」
「いや、いるよ。でも、家族が多く、貧しいから、俺が口減らしのために家を出たんだ」
男はかじっていたパンをごくりと飲み込んでから、鍋の中を覗き込んでいる俺をじっと見つめた。
俺は鍋のふたをかぶせてから、男の方を見た。
「なあ、あんた魔族だろう?どうしてこんな所に?」
男の正体については、さっきからナビがうるさいくらいに説明して、警告してくれていた。