2 新大陸を調査するよ 2
と、いうわけで、最初に戻るんだが、ここはルンダ大陸の山岳地帯だ。なるべく人目につかない場所ということで、スノウに降ろしてもらった。
見晴らしのいい森の外れの崖の上で、たき火を炊き、スノウのフカフカの毛にくるまって一夜を明かした。スノウから《木漏れ日亭》の様子を聞いたが、やはりポピィは、表面元気に働いているが、時々裏庭で皿洗いをしながら、寂し気に空を見上げてため息を吐いているという。
(そうか……調査が済んだら、こっちでまたしばらく一緒に旅をしようかな)
《うん、それがいいよ。私も本当はご主人と一緒に旅をしたいの》
(お役目から離れて大丈夫か?)
スノウは悲し気な目を向けて、クウンと小さく鳴いた。
《そうなんだよね。三日くらいなら大丈夫だと思うけど、何が起こるか分からないから……世界樹の生命力を狙っている魔物や魔族は多いからね》
魔族、という言葉を聞いて、俺は何か嫌な感じがした。まだ、魔族に実際に出会ったことはないが(パルトスの街でアリョーシャという魔族と人間のハーフには出会ったが)、敵になればかなりの強敵になる予感があった。
翌朝、スノウは名残惜し気に鼻をすり寄せてから、パルトスの街へ帰っていった。
(あいつも時々呼んでやらないとな……よし、じゃあいろいろと調べてみますか。まず、人間と獣人がどんな関係なのか、知る必要があるな。そもそも、この大陸に人間はいるのか?)
『そうですね。ひとまず、村か街を探してみましょう』
俺は崖の端まで歩いて行って、辺りを見回した。すると、ここから右手前方、さほど遠くない所に、かなり大きな村が見え、遠くには街らしき城壁と建物群がちらほら点在していた。
(よし、とりあえず、そこにある村に行ってみるか)
隠密のスキルを発動し、崖を一気に駆け下りていく。跳躍と身体強化があれば、垂直な崖もなんのそのだ。
♢♢♢
「レイジー、これもついでに洗っといてちょうだい」
「あ、はあい」
井戸端で食器を洗っていたレイジーと呼ばれた馬ムス、いや、馬の獣人の少女は濡れた手をエプロンで拭きながら、宿屋らしき大きな建物の方へ走って行く。少女に新たな食器を手渡しているのは、恰幅の良い山羊の獣人らしき女性だ。
俺は、物陰から物陰へ素早く移動しながら、村の様子を調べていた。いろいろな種類の獣人たちがいたが、やはり人間の姿はなかった。村の周辺には畑は見られなかったが、様々な種類の果樹園が整然と広がっていた。
また、村の中には宿屋、鍛冶屋、雑貨屋があり、村の中央には集会所のような建物が立っていた。このあたりは人間の村と全く同じだった。
(なあ、ナビ……俺が村に入って行ったら、やっぱり集団リンチに遭うのかな)
『やってみないと分かりませんね。まあ、マスターの能力があれば、死ぬ前に逃げ出せるでしょう』
こいつ、本当に俺の扱いが雑だよな。でも、まあ、言っていることは正しい。俺は意を決して、村の入り口へ戻っていった。
入口には木で作られた柵と大きな門が立っていた。そして、門番らしき男が、門の横に椅子に座って槍の穂先をやすりで研いでいた。
俺はゆっくり門の方へ歩いて行った。門番の男は俺に気づいて、立ち上がった。
「ん?おい、止まれ。……ん?ん?…おい、お前、どこから来た?」
「あ、こんにちは。ええっと、海の向こうから来ました」
「はあ?ちょ、ちょっと待て、う、海の向こう?」
門番はまじまじと俺を見ながら、うーんと唸り声を上げて何やら考え始めた。
「お前、人族だよな。人族の国とは国交を断っているはずだが、どうやって来た?」
さて、どう答えるべきか。神獣に乗って来ましたなんて言えるわけがない。ここはウソで何とかごまかすしかないかな。
「ええっと、父さんの船で漁に出たんです。そしたら、シーサーペントに襲われて、船は壊れ、父さんも海の中へ……僕は、船の残骸につかまって二日目にこの国の海岸に流れ着きました。それから、いろんな人に助けてもらって……街へ行こうと思ったんですが、ある人から、お前は人間だから、街より村の方が住みやすいだろうと言われて……村がある場所を聞きながらここまで歩いて来ました」
門番の男は、俺の話を聞きながら何度も驚きの声を上げていたが、聞き終わるとグスグスと鼻を鳴らしながら、腕でごしごしと目をこすった。
「そうか…そうか……大変な思いをしたんだな。よく頑張ったな。ここは良い村だ、ゆっくり休んで、これからのことを考えるがいいさ。ちょっと待っていな、村長に話をしてくるから」
男はそう言うと、村の中へ走って行った。
『よくまあ、あんな作り話をすらすらと即興で語れますね?』
(誰かを不幸にするためのウソじゃない、生きるためのウソだ。それで罰を受けるのなら、甘んじて受けるさ)
『もうすぐ、詐欺師というスキルが身に着くかもしれませんね』
(うっ、それはなんかいやだ)
俺とナビがそんなことを言い合っていると、村の方から、さっきの門番の男ががたいの良い一人の男を連れて戻って来た。
「この人間の子どもです」
門番の言葉に、がたいの良い猫(トラ?)の獣人の男は頷いて、俺に近づいて来た。
「わしは村長のオブロンだ。話は聞いた。この村で暮らしたいのだな?」
男の問いに、俺は少し迷ってから答えた。
「はい。ただ、父が死んだこと、僕が生きていることを母に伝えなければいけませんので、少し落ち着いたら、いったん国へ帰りたいと思っています」
「ううむ……」
オブロン村長は、顎に手をやって少し考えてからこう言った。
「それはかなり難しいな。だが、希望は捨ててはいかん。わしも少し調べてみよう。さあ、入れ。しばらくは宿の手伝いをしながら村に慣れてもらう。いいな?」
「はい、ありがとうございます」
「よかったな、ええっと、お前、名前は?」
門番の男が微笑みながら聞いた。
「はい、トーマです」
「トーマか。俺はガントだ。よろしくな、トーマ」
「ありがとうございました、ガントさん。これから、よろしくお願いします」
「よし、では、宿屋に行こう。宿屋の主人はロクさんと言ってな……」
オブロン村長はそんな話をしながら、村の中を案内して、宿屋まで連れて行ってくれた。
こうして、俺はその村、ラタント村でしばらく住むことになったのだった。
ここで暮らして分かったことは、大半の獣人たちが人間を警戒しながらも、決して差別はしないこと、彼らは勇敢だが、善意に溢れ、心優しい種族だということだ。
もちろん、獣人の中には悪人もいるし、人間に対してあからさまに敵意を向けてくる者もいる。特にゼムさんと同じ年代の戦争経験者や身内を戦争で亡くした獣人たちは、人間を憎む者も多かった。それはしかたのないことだ。だが、獣人たちのほとんどが、付き合って楽しい人たちであることが分かったことは、大きな収穫だった。