13 伝説のあの金属か? 2
「おい、待てっ!」
男の声は、ホール中に響き渡った。おかげで、あちこちで談笑していた獣人たちが、一斉にこちらに注目するはめになった。
「何ですか、もう買い取ってくれなくていい、と言ってるんですけど?」
俺は、フードの下から男を睨みながら言った。
男は、大声を出したことに少し決まりが悪そうに咳ばらいをしてから、カウンターを出て俺に近づいてきた。
「お前が下手な嘘をつくから、少し探りを入れてみようと思っただけだ」
「だから、もういいって言ってるじゃ……」
俺の言葉を、男は手のひらを突き出して遮った。
「いいから、聞け。いいか、確かにワイバーンは竜種の中では一番弱い。だがな、子どもがメイスで頭を潰せるほど、やわな外皮や骨は持ってねえんだ。お前が、その魔石をどうやって手に入れたか、理由次第では、この場で拘束しなければならん。分かるな?」
俺はわざとにやりと微笑んで、その男を煽りながら言った。
「じゃあ、証明してみましょうか?」
「なっ!」
「ここには、訓練場とかありますか?」
男は怒りにピクピクとこめかみを震わせながら、俺を睨みつけた。
「ああ、地下にある」
「じゃあ、行きましょう」
男は得体の知れない恐怖を感じ、しばしためらったが、やはり好奇心には逆らえなかったのだろう。俺に、来いと促して、右奥の階段へ向かった。俺はその後についていったが、成り行きを見ていた獣人たちも、ぞろぞろと俺の後ろからついてきたのだった。
♢♢♢
訓練場の内部は石造りで、小さな体育館ほどの広さがあった。弓の的やトレーニング用のバーベルがあり、訓練用の木製の剣や槍が壁に掛けられていた。そして、数人のたくましい体の男たちが訓練に励んでいた。
俺は周囲を見回して、自分の力を証明して見せるための適当な対象物を探した。
「あの大きな木の人形は、何に使うのですか?」
右奥の壁に立てかけられた高さ三メートルほどの、木の丸太で作られた人型を指さして、男に尋ねた。
「あれは、そこにある穴に差し込んで、訓練用の剣や槍、あるいは素手で攻撃を打ち込む練習をするものだ。力を加えると横に回転するようになっている」
「なるほど。じゃあ、あれを壊してもいいですか?」
俺の言葉に、男はもちろん、後についてきた者たち、そして訓練していた男たちも驚いて、一斉に声を上げた。
「はああ?お、お前、正気か?」
男の問いに、俺は平然と答えた。
「正気ですよ。あ、ちょっとメイスを取ってきますので、あの人形を穴に立てておいてください」
俺はそう言って階段の方へ走っていき、階段を上って途中の見えないところに立ち止まった。そして、ストレージから愛用のメイスを取り出すと、その全体に風魔法のウィンドボムをエンチャントする。
久しぶりにやる魔法の付与だったので、少し緊張したが、集中してなんとか短時間にメイスにウィンドボムをエンチャントすることができた。
俺は、それを手に再び階段を駆け下りていった。
すでに、トレーニング場では、何人かの男たちの手で大きな木製の人形が、埋め込み式の鉄の穴に差し込まれて立っていた。
「もう一度聞きますが、その人形は壊してもいいですか?」
静まり返った周囲の観客たちの前に立った男は、じっと俺を見つめながら頷いた。
「ああ、俺が責任を持つ。やれるというなら、やってみろ」
俺は黙ってうなずくと、メイスを前に構えて、一気に加速した。
ボンッ、という重い爆発音が響き、その後にバラバラと木の破片が床に落ちる音が続いた。
あっと、息をのんで見守っていた男と観衆は、目の前で起こった信じられない光景に、しばらくは声も出せずに唖然となっていた。
優に直径六十センチはあろうかという、人形の胴体である丸太に、ぽっかりと大きな穴が開いていたのである。
うおおっ、というどよめきの後に、ざわざわと興奮した話し声が訓練場を包み込んだ。
穴の開いた人形の前に立っている俺のもとへ、男が近づいてきた。
「お前、いったい…いや、今はそれは問うまい……すまん、今までのこと、許してくれ」
そう言って頭を下げる男に、俺は首を振って答えた。
「いや、いいんです。もう、慣れっこなんで。まあ、外見で判断するのは仕方がないことですからね」
「ああ、そうだな。まあ、今まで俺の判断が狂ったことは無かったんだが……俺はラーシルだ、この人足屋の渉外担当をやっている」
男はそう言って手を差し出した。
「トーマです」
俺も名乗って、彼の手を握った。その時、一瞬彼の手から魔力が流れてきたように感じたが、彼はすぐに手を放して言った。
「さて、トーマ、改めて魔石の査定をしたい。上に来てくれ」
ラーシルはそう言うと、さっと体の向きを変えて歩き出した。観衆の男たちもそれに続く。
♢♢♢
ワイバーンの魔石は、六万グルーゾで買い取られた。俺は、ついでにジャミール遺跡の近くで倒したクリムゾンエイプの魔石も一個買い取ってもらった。こちらは三万グルーゾだった。
俺はその金を持って、鍛冶屋に戻った。鍛冶屋の親子は、三年ぶりに売れたと喜びながら、例のゲルベスタンのナイフに革のケースをおまけして付けてくれた。
このナイフは、ポピィにやるつもりだ。だが、その前にちょっと鑑定したり、切れ味や魔導性などをチェックしたりしないとな。
というわけで、俺は今、村を出て、昨日ゴブリンたちと戦った場所の近くにいる。周囲は明るい広葉樹の林で、誰も見る者はいない。
さっそく倒木に座って、赤い光を放つナイフをケースから取り出す。
(おお、いいねぇ。ポピィが今使っているダガーより少し長い直刀、重さも少し重いかな。刃先はやや幅広で厚みも少し増している。これは、山の狩人が灌木や木の枝を払ったり、獲物の皮や肉を切り取ったりするためのナイフだな。早い話が、山賊がよく使っている山刀をイメージすればいい。後は、切れ味と魔導性だな)
俺は立ち上がって、近くに立つ直径五センチほどの若木を、ナイフで斜めに一閃した。ほとんど抵抗を感じることなく、木は上の部分がバサバサと音を立てて倒れていった。すごい切れ味だ。
俺はそのまま、ナイフに風魔法をエンチャントしてみる。
(うわ、あっという間にエンチャントできたぞ。どうなっているんだ?)
『予想以上の魔導率ですね。これは、大変価値のある金属素材です。ミスリル以上です』
ナビも少し興奮気味である。
(あのさ、俺、前世で何かの本の中で見た記憶があるんだけど、伝説の金属にヒヒイロカネっていうのがあってだな……この色といい、性能といい、もしかすると、これ、そのヒヒイロカネじゃね?)
『……検索しました。確かにマスターがいた世界に、その伝説が伝えられています。見た目の特徴は、まさにゲルベスタンですね。案外、マスターの推理は当たっているかもしれません』
(案外はよけいだっつうの。いやあ、しかし、異世界楽しいな。この調子だと、もう一つの伝説の金属、オリハルコンもどこかにあるんじゃねえか?)
『……検索しました……残念ながら、これを見る限り、オリハルコンとは銅と亜鉛の合金、つまり真鍮の可能性が高いようです。あるいは、このゲルベスタン、つまりヒヒイロカネと同じという可能性も、ある日本人の研究家によって示唆されています』
(へえ、そうなんだ。面白いな。そういえばさ、ミスリルってのも前世では伝説の金属だったんだけど、現実に存在するんだよな。ミスリルって、どういうふうにしてできるか、ナビ分かるか?)
『はい、すでに検索済みです。ミスリルは、チタンが魔素の影響を受けて分子構造が変化したものです。ゲルベスタンと同じ理屈ですね』
(なるほど。奇跡、伝説の陰に常に魔素あり、ってことか……おっと、やばい、日が沈んでしまう)
日暮れと同時に、村の門は閉められるので、俺は急いで山道を走って村へ戻った。