12 伝説のあの金属か? 1
「ああ、何だ、どうした?」
まさに、巨大なウルフといった雰囲気の鍛冶屋の主人は、首に巻いたタオルで汗を拭きながら、娘に尋ねた。
「このお客さんが、ミスリル、とかいう金属で作ったナイフはないかって」
「ミスリル?…ああ、聞いたことはあるな。確か人族の国で使われている貴重な素材らしいな。だが、この国では使われていない。この国で一番貴重な素材は、こいつだ」
男はそう言って、棚に並んでいるナイフの中から、一本の赤い光を発する黒鉄のような金属でできたナイフを取り上げた。
(そう、それそれ、初めて見るような金属だが……)
「それは、どんな金属で作られているのですか?」
「これか?これはな、ゲルベスタ(血鉄)にクーパルタ(銅)を少し混ぜたものだ。だから、正確にはゲルベスタグントクーパルタン(血鉄と銅の合金製の)と言うのが正しいが、面倒くさいので、皆、ゲルベスタンと呼んでいる」
(へえ、血鉄っていうのがあるんだ……ナビ、知っていたか?)
『はい、検索にかかりました。〈血鉄〉は、コバルトが地中で多量の魔素に長期間さらされることによって、結晶構造が四面体から六面体に変化したもの。四面体の時は青い光を反射するが、六面体になると赤い光を反射するようになり、その赤黒い見た目から血鉄と呼ばれる。性質は大変固く緻密だが、結晶の構造的に縦方向に割れやすい性質があり、単独の金属としては使われず、銅などの金属を混ぜて……』
「……ぞう…おい…小僧、大丈夫か?」
俺は、男に肩を揺すられて、はっと現実に返った。ナビの説明に、つい真剣に聞き入ってしまっていた。
「え、あ、はい……大丈夫です。そのナイフがあんまりきれいだったので、見とれていました。あはは……あ、でも、そんなに高くはないんですね?」
俺の言葉に、男とその娘は驚いたように顔を見合わせた。
「50000グルーゾが安いですって?あなた、そんなにお金持ちなの?」
うわ、ミスった。心の声がつい漏れてしまっていた。
「あ、いえ、えっと、他の街でも同じようなナイフを見ましたが、それより出来が悪いのに、もっと高い値段がついていたのを思い出したんです」
俺の急場しのぎのでまかせを、しかし、間接的に腕前を誉められた親子は、あからさまに嬉しそうな表情になった。
(ほっ……獣人が純粋な人たちで良かった……)
『その純粋な獣人たちを、舌先でもてあそぶマスターは、極悪人ですね』
はい、悪いとは思っていますよ。だけど、相手を不幸にはしていないだろう?ほら、二人とも喜んでいるじゃないか。
「そりゃあそうよ。父さんは、腕が良くて良心的な鍛冶師で有名なんだから。ふふ……」
「ジル、それくらいにしとけ。で…何か欲しいものがあるのか、特別に安くしとくぜ」
俺は迷った。ストレージの中には、アウグスト硬貨で二十万ベル以上は入っている。だが、その硬貨を出せば、この鍛冶屋親子は不審に思うだろう。
でも、このゲルベスタンとかいう素材のナイフは、ぜひとも手に入れたい。
「ええっと、この辺りに両替商はありますか?」
「両替商?ああ、あるぜ。港の近くだ。だが、向こうの大陸との交易がなくなってから、ほとんど営業はしてないと思うが……」
「ありがとうございます。じゃあ、そのゲルベスタンのナイフ、あとで買いに来ます」
鍛冶屋の親子は再び驚いた。
「えっ、えええっ?ど、どういうこと?あなた、やっぱり、お金持ちなの?」
「あはは……いいえ、ただの武器マニアです。稼いだお金はほとんど武器に使っていますから、余分なお金は持っていませんよ。じゃあ、またあとで来ます」
俺は適当にごまかしてから、手を振って走り去った。
ということで、両替商らしき建物の前まで来たのだが、寂れた様子で人の気配もない。試しにドアを押してみたら、鍵はかかっていなかった。
「あのう、誰かいますか?」
俺は、ドアの隙間から顔だけ入れて、中に向かって声をかけた。何の返事もない。
やはり営業はしていないのかと思い、去ろうとしたとき、奥の方から一人の痩せた老人が出てきた。
「何の用じゃね?」
何の獣人かよく分からないが、耳が大きく横に突き出たその老人は、暗い声で尋ねた。
「あ、はい、アウグスト硬貨をグルーゾの両替したくて……」
俺の言葉に、老人は驚いたらしく、何度も咳払いをしてからこう言った。
「久しぶりに来たお客さんじゃな。だが、すまんが、もう両替はやっておらんのじゃ」
「そうですか、分かりました」
まあ、そりゃ、そうだわな。持っていても価値のない硬貨を引き取ってもどうしようもないからな。俺はあきらめて、そこを立ち去った。
(さて、どうするか……両替ができないとなると、うん、ちょっと探してみるか)
俺は、他に金策はないかと考えて、あることを思いつき、村の中心部の方へ引き返していった。
そこはすぐに見つかった。何しろ村の中心に立つ一番大きな建物だったからだ。その建物の二階のベランダに、紋章入りの立派な看板が取り付けられていた。
(ここが〈人足屋〉か。なんか、冒険者ギルドのようだな)
俺は初めて、その人足屋に足を踏み入れた。
そこは、本当に冒険者ギルドとそっくりだった。入ってすぐの所は大きなホールで、正面奥が受付、左奥にラウンジがあり、右側は壁一面大きな掲示板になっていた。
まだ夕方には時間があり、人は少なかったが、それでも二十人近くの獣人たちが、あちこちに集まってざわめいていた。
俺は、目立たないように注意しながら、正面の受付へ向かった。
「あのう、すみません」
「はい、ようこそ、ベローズ人足業協会へ。どんな御用でしょうか?」
受付の小さな耳が可愛いお姉さんが、にこやかに問いかける。
「はい、あの、ここでは魔石の買い取りはしてもらえるのでしょうか?」
「はい、もちろんです。鑑定した後、適正な相場の値段で買い取らせていただきます」
(よかった。やっぱり、ギルドと同じなんだ。じゃあ、どれにするかな……五万だから、ううん……これかな?)
俺はコートの内側に手を入れるふりをして、ストレージから、かなり大きめの緑色の魔石を取り出した。以前、ジャミール遺跡の手前で倒した四匹のワイバーンの魔石の一つだ。
「じゃあ、これをお願いします」
俺がそう言ってカウンターに置いた魔石を見て、お姉さんの笑顔が引きつった。
「えっ?こ、これって……ちょ、ちょっとお待ちを」
受付嬢はそう言い残すと、奥の事務所の中へ駈け込んでいった。
(ありゃ、まずったか?)
俺が少し心配しながら待っていると、事務所からさっきの受付嬢と開襟シャツに派手なジャケットを着た、たくましい体の男が出てきた。
「このお客様が、これを買い取ってほしいと」
「ほう、どれどれ……うん、確かに竜種の……こいつはワイバーンだな……」
男は魔石を見て、すぐにそう鑑定をした後、俺に目を向けた。
「これ、お前が倒したのか?」
「はい、そうです」
「どうやって?」
(どうやって?ははん、やっぱり疑っているのか。魔法でと答えたいが、獣人はほとんど魔法が使えないことは知っている。うーん……面倒くさいなぁ)
「ええっと、ワイバーンが大きなボアを狙って地上に降りたので、崖の上にいた俺は、飛び降りながらワイバーンの頭をメイスで叩き潰しました」
(うわぁ、我ながら実にいい加減な作り話だな)
「ほう、なるほど……」
って、いいんかいっ!
「その勇敢な戦士の武器を見せてくれるか?」
男はいかにも真面目な表情でそう言った。
ああ、そういう感じね。了解。
「もう、いいです。おじゃましました」
俺はそう言って、置いてある魔石を取ると、そのまま立ち去ろうとした。
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