お年玉争奪戦争!
「では、改めて。新年あけましておめでとうございます」
胡坐をかいて座っていた家長である父が、新年のあいさつと共に頭を下げる。
「おめでとうございます」
続いて、隣に座る母テーブルを挟んで反対側に座っている今年で中学2年生になる兄と小学5年生になる妹も同じようにお辞儀をする。
元旦。
一年の暦が切り替わり迎える最初の日である。
我が国日本国においては、新年を迎えるこの日は一年の中でも実におめでたい日である。
おいしいおせち料理を食べ、大人はお酒を呑み、子供たちはジュースを飲んで騒いで遊んでどんちゃん騒ぎする笑顔の絶えない日のはずだ。
というかちょっと前まではここ、高崎家もまたそのようなお正月を楽しんでいたのだ。
テーブルの上にはブリやマグロやヒラメといった刺身が盛りつけられた大皿が中央に並べられ、栗きんとんや黒豆の煮物、お餅の入った定番のお雑煮や色鮮やかな紅白なますに数の子の酒醤油漬けといった品々が取り囲むようにその脇を飾っていた。
家族そろって新年を祝いながら大人は酒を呑み、子供達はジュースを飲んでお正月料理をつついて満喫していたのだ。
が、それらの痕跡は、綺麗に片付けられたテーブルの上からも、緊張した面持ちで両親を前に座り込む兄妹の姿からも見る事は出来ない。
この緊迫感の元となっている原因は何か。
それは、片付けられた正月料理の代わりに置かれている二つのお年玉袋だった。
澄ました顔で静かに正座する兄の和孝と対照的に、胡坐を組んで隣に座っている妹の華はゴクリと唾を飲み込む。
無理もない。
今目の前にある「父と母からのお年玉」は全額好きなように使って構わない物である。
親戚から送られてくる預金口座に右から左へと移されるだけのお年玉とは違うのだ。
子供達からすると、冬休みがどれだけリッチに過ごせるかはこの両親からのお年玉に掛かっていると言っても過言ではない。
そして、この高崎家ではお年玉の額は親子の話し合いによって決まる。
昨年の行いを元にいくらの金額が相応しいかが話し合われ、その場で袋にお金を入れられて手渡されるのが習わしなのだ。
「では、早速お年玉の額を決めるか。まずは、和孝」
「はい」
父の言葉に和孝が返事をする。
隣では猫背気味に胡坐をかいて座っている妹の華が、自分の名前が最初に呼ばれなかったことにちょっとほっとしたのか「ふぅー」と息を吐いて額の汗を手でぬぐった。
「去年のお年玉は3000円だったな。それを踏まえてだ」
父が、隣に座る母をチラリと見た。
「母さんとも先に話し合ったんだが、今年は中学校に上がったことだしお前へのお年玉は昨年より千円UPの4000円で考えているがどうだ。学校の成績も悪くないようだしな」
4000円という提案に、隣に座る母もウンウンと首を縦に振る。この額で満足しなさいという意思表示だろう。
背筋を伸ばして正座していた兄は、しかし首をゆっくりと横に振った。
「お父さん。それは受け入れられないな」
「ほう。昨年度より30%以上増額してるんだが。納得いかないもっともな理由でもあるのか?」
こちらの提案を突っぱねた事に眉をピクリと上げて問い詰める父に、しかし兄は怯まない。
「そうだね。確かに4000円というお年玉の額は、3000円だった前年度より30%以上増額している。だけどこの額って相対的に見た場合特に高いものじゃない、というよりむしろ低い。昨年度の中学一年生のお年玉平均金額は教育情報サイト『お母さんネット』調べだと5000円だよ。それに何より4000円という金額は縁起物である『お年玉』に包む金額としては少々不吉すぎるんじゃないかな。だからここは切り良く、そして何より縁起良く前年度から2000円UPの5000円を基準に考えて欲しいな」
「だめよ和孝」
声は父の隣からあがった。
「ウチは別にそこまでお金持ちってわけでも無いの。それに今年の冬からは高校受験に向けて塾に行くことも考えないといけないんだからお金は無駄に出来ないんですからね。仮にお年玉としてあなたに渡す額は少ないにしても、あなたに掛ける学費は高いんだから。塾の費用がいくらかかるかわかってるの?」
エプロン姿で諭してくる母親に、しかし息子は退かない。
「そうだね。確かに高校受験の事はある。でもね、冬休み前に行った全国模試の結果でも総合偏差値は現段階で志望校に十分受かるレベルになってる。まあ今年と来年サボって数字落とさなければだけど」
父と母が顔を見合わせる。
確かにこの息子は、こと学業面においては実に優秀だ。
小学生の頃からテストの点数はほぼ100点だったしそれは『点数に差が出る』と言われる中学校に上がってからも変わらなかった。
『学校での成績は良くとも塾で行われる受験を見据えた模試では通用しない』という意見も息子の和孝には当てはまらないようだ。
実際に大手予備校の模試を受けさせてみたが、帰ってきた結果は近所にある有名進学校にもこのままいけば問題なく合格できる成績だ。
「そうは言ってもねぇ……」
なおも渋る母に息子が答えた。
「あのさ母さん。まず本当に塾が必要なのかを考えて欲しいんだ。塾の講義なんていった所で母さんが通わせようとしてる大手の塾は、大部屋で講義を行うタイプの物だよね。そんな授業スタイル、正直言ってYouTube見て勉強するのと大差ないよ。わからないところを聞くにせよ、そんなの学校で授業後に参考書でも過去問でも持って行って聞けばいい事だしね。高校受験の際、塾に掛かる年間平均費用は公立高校用の五教科講座で15万から20万円弱なわけだけど、これをカット出来るとしたらお年玉の増額は例え一万円だとしても高く無いと僕は思うな」
「でもねぇ」
真っすぐこちらを見据える息子をどう納得させたものかと母が考え込む。
「一万円はダメだ」
ピシャリと父が言った。
「一万円は、他のお札とは違う特別なお札だ。お札のキングオブキング。ベストオブベスト。一番偉く、価値のある物だ。小、中、高、大学と16年間学業を修め、問題なく大学を卒業した新入社員が丸一日必死に働いて手に入れることが出来る金額。それが一万円というお札なのだ。いくら学校で努力し、いい成績を修めているからといっても、まだ社会に出る前の学徒であり道半ばである以上、一万円というお金を渡すことは出来ん」
「でも、父さん……」
反論しようとテーブルに身を乗り出す息子を、父が手で制す。
「ただし、お前の言う事も最もだ。また、お前の学校における去年のがんばり具合は父さんも母さんも評価している。お前は学校での成績もよく、多感な時期だろうに道を外すような行いも無い。親としては有難い限りだ」
隣の母も、出来た息子であるという点については特に異論が無いのだろう。父の見解に口を挟む様子はなかった。
「………」
父からの賞賛の言葉と母からのそれを肯定する態度を見て、息子の和孝は反論を飲み込み相手の出方を窺う。
息子が話を聞く気になったのを見て、父が再度口を開いた。
「今回のお前のお年玉増額についての意見も、理をもって正当性を主張している。額はともかくとして見事な口上だ。そこを考慮し、お前が最初に言った5000円から更に千円を上乗せして6000円、つまり前年度の倍額を父からは提案したいのだが。まず母さんはどうだ?」
「ええ? 私?」
いきなり話を振られた母が、予期していなかったのか疑問の声を上げる。
「そうだ。5000円以上の高額な出費の際は必ず母さんに相談し、了承を得てから支払いは行うと決めているからな」
「……あなた変な所で律義ねぇ」
よくわからないこだわりを持つ夫に軽く笑みをこぼし、母がしばし考え込む。
「6000円、6000円ねぇ。まあ、あなたが構わないのでしたら私からは特に……」
反対するつもりは無い、という妻の意思を確認し、改めて父が息子に金額を提示した。
「では、6000円なら二人とも納得の上で手渡せるというのが父さんと母さんの意見だが、お前はどうだ?」
息子は少し考えて、うなずいた。
「わかった。それでいいよ。ありがとう」
「よし、決まりだ」
父が懐から財布を取り出し、五千円札一枚と千円札一枚をお年玉袋に入れて手渡す。
「あけましておめでとう、和孝」
「おめでとうございます、父さん」
父から手渡された、鶴の絵が描かれたお年玉袋を和孝が両手で受け取る。
その横から、母が注意を添えた。
「あのね和孝。その6000円はあくまで塾に通う必要もなく学業をしっかりとこなすことを前提とした金額だからね。もしも今年思うような成績を残せなかったなら、来年のお年玉はその分も含めて思いっきり下げますからね」
「わかったよ母さん。学を修めた新入社員とやらを超える成果を今年は出して、お札のキングオブキングな一万円を来年は二人から納得の上で渡してもらえるよう努力するよ」
息子の言葉に、父と母が顔を見合わせて笑った。
「それは楽しみだ」
「ま、頑張んなさいよ」
ひとしきり笑い終えた後で、父が娘の名前を呼ぶ。
「よし。では次だな。華、お前の番だ」
「は、はい!」
今年で小学5年生になる娘の華が若干上ずりながらも元気よく返事をする。
一体今年のお年玉はいくらもらえるのか、期待と不安に胸がいっぱいなのだろう。
「お前は減額だ。今年千円な」
「……は?」
父から言い渡された言葉、娘が聞き返す。
「お前の、今年の、お年玉は、千・円・だ」
ダンッ、と娘の華が勢いよくテーブルを叩く。
「なんでッ!? なんで去年の二千円より下がるの!? おにーちゃん上がってんじゃん! ズルイじゃん! あたしも上げてよ! なに、千円て! スマホのケースもマトモに買えないじゃん!」
元気にわめき散らす娘を父がたしなめる。
「いいか華。お前は去年に比べて成績が思いっきり落ちてる。国語算数理科社会はもちろんの事、4年生から始まった英語も酷いもんだ。華が漫画見て自分からやりたいと言い出した真剣ゼミも結局マトモにやっていなかったしな」
「そんな事無い! 真剣ゼミはちゃんと毎月テスト送ってたし!」
立ち上がって怒りをあらわに地団太を踏む娘に、母がツッコミを入れる。
「華。テスト送ってたってアンタそれお兄ちゃんにやらせてたでしょ」
母の証言を、さらに父が補足する。息の合った夫婦のコンビネーションだ。
「うむ。しかもテストについてくる『がんばったシール』はちゃっかり集めて『チンしてキャラメルポップコーンキット』と交換していたな。あれはちゃんと教材をやらなかったバツとして、交換する品は父さんが決めるって約束だったはずだぞ。父さん『おうちでプラネタリウムセット』欲しかったんだからな」
『がんばりシール』とは、真剣ゼミから毎月届く教材に入っているテストを解いて郵便で送ると貰えるシールである。
シールは集めた枚数に応じて様々な品と交換が可能で、その品々は可愛らしいポーチや双眼鏡に顕微鏡等々、子供のみならず大人まで楽しめる品々がそろっている。
『おうちでプラネタリウムセット』も『チンしてキャラメルポップコーンキット』も、その交換できるリストに載っていた品の一つだ。
「な、何!? おにーちゃんバラしたの!? サイテー! このチクり魔! 裏切り者! 小早川秀秋ッッ!」
「……なんだその斬新な罵り方。あのな、ハナ。あんなランドセルサイズのデカいもん届いたら兄ちゃんが黙っててもバレるだろ。なんで自分からバラすような真似すんだよ。お前その自滅癖、本当に何とかしないと今に痛い目見るぞ。てか今が正にそうだけど。折角兄ちゃん黙っててやったってのに」
仁王立ちで憤慨している妹を、兄が冷めた目で見上げる。
「……で、でも勉強してたもん! ちゃんと部屋で!」
がんばりシールについては分が悪いと思ったのか、兄からは目を逸らして華が吠える。
だが、華の主張を父が即座に否定した。
「いいやお前は勉強していない。お前が『勉強してくる』と言って自分の部屋に向かうと大体お前のFGOの最終ログイン履歴が更新されている。父さんフレンドだからな。わかるんだぞ」
「んんんん! そ、そしたらお父さんだってFGOやってたんじゃん! ずっこい!」
「そうだな。だから父さんにお年玉は無い。お前もそうするか?」
「ぬぬぬぬぬ! なんで!? なんで私だけッ!?」
自分の意見にまったく取り合わない父に、拳を握りしめて不満の声を上げる。
「やる事やらないからでしょ。アンタ夏休みの宿題もほとんどお兄ちゃんにやらせてたし。半べそ掻いて。しかも8月30日からあわてて」
母からの暴露に華が口を尖らせる。
「いーじゃんヒマそうだったんだし! 自分だけ休むとかズルいじゃん! 卑怯じゃん!」
「……アンタも同じ日だけ休んでんのよ」
しごく最もな母の声に華がプイっとそっぽを向く。
「とにかくだ、華。去年一年を振り返ってみて、お前の行動はあまりにも酷い。お年玉は、昨年度の半額、千円だ」
財布から千円札を一枚だけ出してお年玉袋に入れ、テーブルの上に置かれる。
プルプルと腕を怒りに震わせながら立っていた華は、お年玉袋をひったくるようにワシっと掴むと「ぬがああああ!」と叫びながら家から出て行った。
「あの子!?」
「良い。ほっとけ」
飛び出していった華を連れ戻そうとする母を、父が止める。
バタム、と荒々しい音を立てて締まるドアの方を兄の和孝が無言で眺めていた。
マンションの三階ほどの高さを誇る鉄柱と丈夫なロープで作られたジャングルジムがシンボルとなっている近所の公園に兄が足を踏み入れる。
この公園は和孝の住む家の近所で一番大きな公園であり、ここら一帯の子供たちや近所のご老人が良く集まる場所である。
今現在も砂場では華よりさらに小さい子供たちが砂遊びをしており、そのそばでは買い物袋をぶら下げた母親たちが世間話に興じている。
備え付けられたベンチでは、犬の散歩に来て一息ついているお爺さんが腰かけて休んでいた。
この公園には小学生のころから和孝自身も妹の華を連れて近所の友達と共によく鬼ごっこ等をしに遊びに来ていた、馴染みの場所であり思い出の場所でもある。
今はもう華とここで鬼ごっこなんて和孝は絶対にやることは無いが。
昔を思い出し、和孝が僅かに顔をしかめる。
が、首を振って昔の記憶を振り払った。
何故、この公園に和孝が来たのか。その理由は……
「くそ! くそ! なんで、お年玉ッ! 許さん! 絶対に許さんぞこの虫けらども!」
嫌な事があると妹の華はよくここでアリを踏みつける癖があるのを兄の和孝は知っていたからだ。
案の定、妹の華はジャングルジムの近くで地団太を踏んでいた。
近づいてみると足元にはアリの巣があり、何事かと出てきたアリたちが哀れにも次から次へと非情に振り下ろされる妹の足に踏みつぶされている。
「やっぱここか。相変わらず超絶バチ当たりなストレス解消法だな」
あきれ顔で声をかける兄の和孝に、華が振り向きもせずに返事をする。
「うっさい! 何、お兄ちゃん! あたし今スーパー機嫌悪いんだけど! このッ! このッ! 頭を垂れてつくばえッ! 平伏せよッ!」
「昆虫相手に無茶言うな」
帰る様子の無い兄に、苛立たし気に華が振り向く。
「で、何!? お年玉いっぱい貰ったお兄ちゃん! ビンボーなあたしを笑いに来たの!?」
フーーー、と猫が威嚇する時のような唸り声が華の喉から漏れる。
完全に臨戦態勢だ。
「いや。お前にお年玉を渡そうと思ってな」
「……はえ?」
兄からの思わぬ言葉に、華が眉をひそめた。
ポケットから先ほど貰ったばかりのお年玉袋を取り出す兄を見て、一瞬華の顔に喜色が浮かぶ。
「え、マジで? ホントに?」
だが、そんな上手い話は無いとばかりに首を振り、ダムッと足を踏んだ。
「あ、わかった! どーせ十円玉とか一円玉とか投げつけてあたしをからかうつもりでしょ!『フハハハ、お前の去年のがんばりはその程度だ!』とか何とか言って! この鬼! 下弦の方の鬼!」
滅茶苦茶な妹の難癖に、兄がうなずく。
「……まあ確かに勉強の方はハナはめちゃくちゃだったみたいだけどな」
「なんだとッ!?」
「でも学校の運動会とか頑張ってたよな。学年対抗リレーでもアンカーにも選ばれてたし、ほんと運動得意だよな。兄ちゃんそっちは全然だめだ」
「……」
華が黙り込む。
自嘲気味に笑う兄の姿を見て、どうやら兄は本当にバカにしに来たわけではなさそうだ、と思い至ったようだ。
「あと夏休みもさ。お前、飼育委員だとかでほとんど毎日学校に行って飼育小屋のうさぎとニワトリの世話してたろ。去年、いや一昨年になるのか。兄ちゃんも飼育委員で世話してたからさ。ハナが世話するって聞いて、気になって小学校行って見たことがあったんだよ。すごいな。水やりにエサやりに小屋の掃除に。こんなにちゃんとやってたのかってびっくりしたぞ」
予想外の兄からの賞賛に、警戒しながら華がコクリとうなずく。
「だ、だって世話してあげないと可哀そうだし」
「アリは踏みつぶすのにな」
「いーじゃん! アリなんだし」
ダン、と華が足踏みする。哀れなアリがまた一匹足元で潰れた。
「……お前なんかアリに恨みでもあんのか。まあいいや。だからほら、去年一年間がんばったハナへの、兄ちゃんからのお年玉だ。やるよ」
そういうと、ポケットから先ほど兄が貰っていたお年玉袋を取り出し、中から二千円を取り出して華に差し出す。
「ほ、ほんとにいいの?」
喜色をにじませながらも、疑いがぬぐえないのか再度華が尋ねる。
「いいよ。というか、どうせお前今年のお年玉ヤバいだろうから多く貰えるよう父さんと母さんに無理言ってたんだ」
「お、お、お兄ちゃん……」
父も、そして母も認めてくれなかった自分の事を認めてくれた兄の言葉に感じ入ったのか、華が喉を詰まらせた。
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、受け取れよ。あけましておめでとう、ハナ」
僅かに目じりに浮かんだ涙をぬぐい、華が兄の持つ千円札二枚へと左手を伸ばす。
そして、素早く反対側の右手を翻してお年玉袋の方をひったくった。
「ハナ、お前!?」
兄の制止も聞かず、華はそのまま背を向けるとダッシュでジャングルジムの方へと向かい、あっという間に頂上まで登る。
あわてて妹の後を追いかける兄の和孝だったが、学年を代表するレベルのすばしっこさを持つ華には叶わず一向に距離が縮まらない。
「やったあああああ! 四千円ゲットーーーー! あたしの千円と合わせて五千円ンンンン!」
「おい。アホな真似はやめろ。降りてきて袋を返せ。今なら許してやる」
「いーよ別に許してくれなくて! 何買お何買お! こんだけあれば、何でも買える! イエエエエェェェェェイ! おにーちゃんお年玉返して欲しけりゃここまで登って捕まえてみなよ! 無理だろうけどね! あははははは! お前のかーちゃんデーベソ! お前んち、おっばけやーしき!」
「……家もかーちゃんも一緒だろが。あとウチはマンションだ。ご近所さん大量に巻き込んでディスるのやめろ」
マンションの三階くらいの高さはあるジャングルジムの頂上で奪ったお年玉袋をヒラヒラとさせている華を兄が見上げる。
「わかった。もういい」
途中まで登っていたジャングルジムから飛び降りた兄を見て、華が勝ち誇った様子で笑った。
「お、何? あきらめたの? そうだよね、お兄ちゃんもう鬼ごっこでもうあたしに勝てないもんね! 前に本気で追っかけてきたときもここのジャングルジムから落っこちて骨折っちゃったもんね! 勉強ばっかやってたバツだよバツ! 天罰だ! ザマぁ!」
「そうだな。これは天罰だな。いいよ、そのお年玉袋はお前にやるよ。好きに使え。使えるもんならな」
完全にジャングルジムから降りた兄が、公園の出口目指して歩き出す。
兄が追ってこない様子を見て安心した華が、ジャングルジムの上でお年玉袋を開けた。
「へっへーん! 負け惜しみ!? ま、言葉通り有難く使わせてもらうけどねーーーー! ……あ?」
お年玉袋の中には何も入っていなかった。
最初っから袋の方を狙われる可能性がある事を見越して、兄は妹にあげる分の二千円しか入れてこなかったのだ。
そして今、その二千円は兄の手元にある。
「んなあああああああああ!?!?」
公園から聞こえてくる妹の絶叫が兄の背中を打つ。
「……あいつの自滅癖、本当に治らんな」
ため息をついて、兄の和孝は渡すはずだった二千円をポケットに仕舞いこみ家路についた。
今年もまた、賑やかな年になりそうだった。
……お年玉争奪戦争! END
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