ずっとあなたと
「カリン! 朝ですよ! 朝!」
「う……それぐらい分かってる~」
毎朝起こしてもらう彼、実は背後霊である。
「守護霊です!」
何故ばれた?
「いつも同じ事を聞かされていたら私だって流石に分かりますよ……あっ!」
しまったと思ったのか、慌てて口をふさぐミック。だがもう遅い。
「ま~た私の心の声を勝手に読んだでしょう! やめろって言ったじゃない!」
部屋の外の家族には聞こえない程度の声で叱る。他人がいる場所では急に誰もいない空間に向かって話す訳にもいかないのでしょうがない。見えないのだ、彼の姿は。もちろん声も。
気づいた時には彼がいた。そして何故だか彼には私の声がダダ漏れである。それは私にとって一方的に都合が悪すぎるので、基本的に心を読まないように約束したのは随分昔だ。どうにかならないのか聞いてみると、やろうと思えばできると答えたのでそうなった。しかし、ミックは今でも私の心の声に返事してしまう。多分出来てない。
「だってただ『心を読まない』といっても難しいんです! こちらにしてみれば勝手に頭に入ってくるものなので、相当気を張っていないと……。って言い訳ですね、すみません……」
しょんぼり頭を下げるミック。見た目があどけない少年なので少し心が痛むが、歳は断然彼の方が上である。見た目には騙されないぞ。許さない! 許さないったら許さない!
「か、勘弁して下さい!」
私の心の声に反応して怯えるミック。といっても、触れる事も叶わぬミックに私からどうにも出来ない。そう、無視する以外は。
「アッ、お願いですからそれだけは! カリンから無視されると、大変辛いものでして……、ってまただ! 私の馬鹿っ!」
また私の心の声に反応してしまい、頭を抱え反省する彼。それを眺めながらこの約束について改めて考える。この通り、読むなといってもこんな風に読まざるをえない彼にはそもそも無理な話だった。
しかし、小さい頃からずーっと、ほぼ四六時中、必死に見ない聞こえないようにするお風呂やトイレや着替え以外ずーっと! 一緒にいて心の中も筒抜けなのだ。私にだって一人の時が欲しい。プライバシーの権利があるはずだ。
そんな不満がMAXになった小学校高学年、彼と同じくらいに成長した私はこの無茶な願いを押し付けた。小さな反抗だった。せめてちょっとは個人の秘密が欲しかったのだ。どうせ無駄なことぐらいはそれまでの生活でなんとなく察していた。
しかし、彼はそんな無茶も素直に受け入れてくれた。結果はこの通りだけれども。はぁ……いい加減この約束自体やめようか悩んでいる。
今ちらちらこっちを物言いたげに見るミック。今の心の声も、当たり前だがそのまま聞いているはずなので分かっているだろう。しかし黙っている。緊張しつつも期待している目でこっち見ちゃって、そんなにこの約束がイヤだったのか。うーんそうだな、約束は……
「カリンー! まだ寝ているの? 早く支度なさい!」
お母さんの声でハッとした。やばっ! 遅刻する! 支度、支度!
「ちょっ、約束はどうなったんですかー!」
結果待ちしていたミックが耐え切れず心の声に反応する。え、そんなことはどうでもいいから。着替えるから出てって。それとも、え? 私に遅刻して欲しいの?
「え、いや、むぅ……」
ミックは何か言いたげにもごもごしていたが、しばらく待つと観念したのかドアをすり抜けて部屋から出ていった。
ふう、一人になれたか。これなら声は聞こえないはず。……正直私からもっともっと離れたところに行け、消えてほしいと言いたい時は何度もあった。心の声なので彼にも聞こえてはいただろう。
小さい頃は彼のことを他人に話して馬鹿にされたり、頭がおかしいと思われて病院に何度も連れていかれた。なんで一緒にいないといけないのか分からなかった。今でも正直守護霊と言われても、何から守ってるんだかよく分からない。
それでも、そう私の口からはっきり言わなかった理由は、それを言ったら彼がもう二度と帰って来ないような気がしたからだ。小さな頃からずっと一緒で、兄とも弟とも思える彼と今更離れるのは考えられなかった。この約束なんて、からかう為にあるようなものだ。
ミックがこの約束のせいで毎日素直に苦しんでいるのは分かってる。でも、恋も男も興味ないふりをする私の身にもなってくれ。年頃の女子がそれに興味ないわけないじゃん。
そうなると誰かさんが傷つくかと思ってさ。心の中さえ我慢するのってめちゃくちゃ大変なんだよ。だって私の好きな人って、初恋の人と同じで私とずっと一緒の……。
ミックはどう思っているかが、私には分からないのが悔しいところだ。
短いながらもレアな一人の時間。ただし遅刻寸前。そんな中で私はこんな事を考えていた。