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厨二病の盾役


『黒竜の戦意喪失事件』という伝説がある。

山奥にこもって修行を積んだ伝説のタンクが、初心冒険者パーティーに襲いかかった黒竜の攻撃を防ぎ、ついに黒竜はその冒険者を殺すことを諦めて去って行った。

黒竜といえば、竜種の中でも最強の部類。

そんな黒竜がダメージを与えることを諦めるほど優秀な盾役がいたというのだ。

彼は『竜をも凌ぐ盾』の2つ名を与えられ、とあるギルドの英雄となった、と。


……それが俺、ファクスだと知った時、こいつらはどんな反応をするだろうか。

俺は今まで自分の思い通りに人生を歩んできたという自負があるが、一つだけ、猛烈に後悔していることがある。


黒竜の攻撃を防ぎ切った時、名前すら告げずにその町を立ち去ったことだ。

当時の俺はいわゆる「厨二」という病を患っており、颯爽と誰かを救った後、何でも無いことのように正体すら明かさずその場を去る実力者に憧れていた。

そしていざ自分が実行してみると、彼らは存在しない架空の人間を創り、祭り上げた。


その人間に俺の面影はなかった。

表には出ない陰の実力者。

その時の俺は、それで良いはずだった。



……良いわけあるかァ!!

俺が名乗り出てさえいれば、俺は今頃後輩冒険者たちに慕われ、可愛い女の子を侍らせていたに違いない!



俺がいなかったから、冒険者達は竜のブレスで炭焼きになっていただろう。

風の噂で、当時初心者だったそのパーティーは現在Sランクにまで上り詰め、国中に名を轟かせたとか言うじゃないか。

本来ならば、その冒険者よりも俺が讃えられるはずだったのに。

それもこれも全て、「厨二」という謎の病のせい……!



「ぼーっとすんな! そっち行ったぞ!」



「え……うおぉっ!?」



……なんて、今のも演技だけどな。

探知で魔物がどこにいるかくらい感じ取れるし、なんなら俺1人でこのダンジョンを攻略することだってできる。

それをしないのには、ある理由がある。

俺はずっと、「タイミング」を待っているのだ。



「ファクス、前から言っているが、挑発を常時発動しているから不用意に魔物を引き付けるんだ。ここぞという時まで温存しておけ」



「……へいへい」



お前なんかより俺の方が断然強ぇけどな。

まぁ、俺の目的のために、今はおとなしく従ってやるよ。



「……っ! 来ます! メガスライムです!」



(そんなのお前より遥かに前から知ってるっつーの)



ったく、ユノの索敵能力の低さといったら。

どいつもこいつも、俺が居ないとダメだな!



「俺が引きつける! ユノはその間に詠唱しとけ!」



「えぇ!」



「よし、援護する! そのまま抑えろ!」



アーサーが剣を振るい、メガスライムを斬りつける。

スライム族に対する斬撃は効果が薄いが、スライムの魔法を妨害したり、多少足止めをすることはできる。



「アーサー、離れて! 【大火球】!」



足止めされたスライムにユノの魔法が命中し、スライムが弾け飛ぶ。

俺たちの華麗な連携によって、リザードマンは倒された……とでも思われているのだろうか。


盾の向きを細かく調整し、コントロールのままならないユノの魔法を命中させてやったのは俺なのだが……


まだ、その時じゃない。



「皆さん、お怪我はありませんか?」



「俺はなんともないよ」



「私も大丈夫です」



「最近、心が辛いんだ。ミューエと一緒にご飯にでも行ったら、きっと回復すると思u」

「気持ち悪」



…………………………………け、計画通りだ。

そう、万事計画通り。

俺がこうして軽口を叩いて痛烈なカウンターを喰らうところまで全てがな。



俺が待っている「その時」。

それは、【白銀の旋風】の手に負えない魔物に遭遇する瞬間だ。

恐らく俺を欠いた【白銀の旋風】は、すぐに全滅することになるだろう。

俺は彼らが動けなくなった所を見計らい、さも苦戦した演出を装ってその魔物を倒す。

そうすれば俺はこのパーティーの救世主となり、アーサーは俺を敬い、ユノ、ミューエは俺に惚れるだろう。


ぶっちゃけると、俺は別に加入するパーティーが【白銀の旋風】じゃなくても良かった。

ここを選んだのは、恐らく彼らはこの先大物になるだろうという直感からだ。

アーサーの剣技も、ミューエの回復魔法と、ユノの魔法の威力も、「あと一歩」というところまできている。

俺くらいの実力者になると、冒険者の才能くらいは容易に目利きすることができるのだ。


こいつらは後々化ける。

そして俺は、「Sランクパーティーの恩人」という、あの時自ら手放した評判を取り戻しにいくのだ。


あくまで俺が俺自身の過去と決別を付けるために、だ。

決して、自分がSランクになるより、Sランク冒険者に慕われる一般人の方がカッコいいと思ったとかいうくだらない理由ではない。


決して、な。




……俺のためにせいぜい強くなってくれや、お前ら。




尚、彼の厨二はまだ抜けきっていない模様。

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