32 戦闘準備
「そちらの黒衣に確認したいことがございます」
母上が黒衣にビシッと向き合った。キアノしか見えてなかったけど、実は結構近くにいたんだな、うちの両親。
陛下に発言の許可を求めなくていいのかなと心配になったが、ステージ上に国王の姿はなかった。ずいぶんあっさりした開催の挨拶だったな。
いや、今は母上の方を見ていないと、何言いだすかわかんないぞ。
「我が息子、ノエムートを余興として使うのは結構ですが、会場はいかがいたします? ここではわたくしが剣をふるうには狭すぎます」
会場のご婦人方がキャーと沸いた。
「エマ様が参戦なさいますの!」
「まあ、どうしましょう!」
え、母上、息子のピンチを盛り立てないでいただきたい。
「では、演習場はいかがでしょうか」
黒衣姿のイレオスは、会場を見回し騎士の姿を見つけると、からかうような口調で続けた。
「騎士団の使用許可が下りれば、ですけれど」
「王城で暴れられるよりはましだろう」
第一騎士団長が重々しく答えた。
そのあと大人たちの間で少々の協議があった。作戦会議とか、着替えだとか。
なんとなくあたりを見渡した僕は、会場内の雰囲気が二分していることに気が付いた。常ならぬ余興に興奮している人ばかりではなく、うつむいてドレスの裾をつまむ女性や、明らかに落胆している男性の姿も見えた。
「どうした、ノエム」
いつのまにか隣にキアノが立っていた。
ちょうどいいので相談する。
「あの、例年通りダンスも執り行ってはどうでしょうか。踊りたい人もいますよね?」
「それはいいな」
とすかさずキアノが賛同を示してくれた。
「陛下! 神々が認めた余興まではまだ時間があります。そこで、例年通りダンスも執り行うのはいかがでしょうか。今日という日を楽しみにしいた恋人たちのためにも。許可をいただけますか」
すると、どこか上のほうから「許す」と一言だけ聞こえてきた。
わあと歓声が上がり、キアノに関する感謝の言葉も聞こえてくる。
イレオスはダンスに興味はないのか、黒衣を翻してすっと話の輪から外れた。
彼の姿を油断なく見守っていたキアノが、するりと僕の手を取った。
「ノエム、私と踊ってほしい」
王子ときたら、実は自分が踊りたかったのか!
驚いて答えられずにいると、横からリャニスがするりと口を挟んだ。
「では、そのあとでいいので、俺とも踊ってください」
「え?」
「なんのつもりだ、リャニスラン」
王子に睨まれても、リャニスは引かなかった。
「一人と踊ってしまえば、二人目のダンスを断るのは難しいでしょう。まして、身分の高い方からのお申し込みとあればなおさらです。ですから、これは予約です。それとも、兄上は俺と踊るのはお嫌ですか?」
眉を寄せて、リャニスが僕を覗き込む。
「そんなことないよ!」
思わず否定してしまったため、必然的に王子とも踊ることとなった。
そのあと、思わぬことが起こった。
ファーストダンスを務めるはずだったガエタン殿下とその婚約者から、役目を譲られちゃったんだよ。『本日の主役』だとか言われて。
そんなことある!? だって僕とキアノは婚約者ではないんだよ。なのに!
嫌がらせなんじゃないかと疑ってしまうよ。
あり得ない状況に、キアノですらちょっと緊張しているみたいだった。
キアノは少し顔を赤くして、ため息を漏らした。
「今日の衣装、本当によく似合っている。私のものになってくれたのだと、早とちりしてしまいそうだ」
照れくさそうに、それでいて、熱いまなざしで見つめられて僕のほうまで赤くなってしまった。
そういやサークレットに、琥珀がついてたっけ。キアノの髪と同じ色の。
「ふぁ、ファーストダンスの大役を前に、緊張していたのでは?」
するとキアノは、思いがけずふっと鼻で笑った。
「これは珍しく兄上と利害が一致した結果だ。兄上は、私が君に夢中で、王位には興味がないのだと内外に示したいんだ。私としては幸運が転がりこんだというところだな。君と大腕を振って踊れるんだ。――行こうノエム」
音楽の響く会場の中央へ、キアノが僕の腕を引いて進み出る。
こうなったら腹をくくるしかない。気持ちを切り替え、ダンスに挑む。
始まってしまえば周りのことはあまり気にならなくなった。
だってキアノときたら、全身から『楽しい!』をあふれ出してる。僕と踊るのがそんなに嬉しいのか。こっちまで釣られちゃうよ。
それにリャニスと交代するときの顔!
すっかり拗ねてるし。踊り足りないって顔に書いてある。
うっかり頭を撫でてしまいそうだった。
「……ずいぶんと楽しそうに踊ってらっしゃいましたね」
あれ、こっちも拗ねてる?
「うん。王子も可愛いなって思ってね」
「も?」
他に誰がいるのか探るように、リャニスはチラリとあたりに目を走らせた。
笑いをこらえるのが大変だ。
ダンスが始まって、僕は軽く目を開いた。
リャニスのダンスは、生真面目すぎて固いところがあったのだけど、ずいぶんと滑らかになってる。
「ザロンでダンスも習ってきたの? なんか上達したね」
「いえ――修行中に何度も力みすぎだと叱られたのでそのせいかと。いままで踊りにくかったですよね」
「そんなことはないよ。背が伸びたからね、顔は見えづらくなったけど、リャニスが相手なら目を閉じてたって安心!」
本当に目をつぶって見せたせいか、手をぐっと握られた。
「そんなこと言っているから、簡単に攫われてしまうんですよ。俺が今日、兄上に何をしたのかお忘れですか」
「うーん、結果次第で忘れちゃうかもね。終わり良ければすべて良しだよ」
なんて話しているうちに、曲もそろそろ終盤だな。あともうひと回転すれば――。
「兄上、ごめんなさい――」
謝罪とともにリャニスは、僕を回す代わりにギュッと腕の中に抱き込んだ。
そして今にも泣いてしまいそうな声で言った。
「もう二度と、いたしません――」
反省は大事だなと思ったので、僕は「いいよ」とだけ答えて、リャニスの背中をポンポンした。
王子が「あ!」と叫んで引きはがしに来るまでのわずかな時間だったけど、少しでもリャニスの気持が和らいだのならいいな。
僕の方こそ、疑ってごめんね……。
周りの言う通り、リャニスも結構なブラコンだった。
華やかなダンスの時間が終わり、みなそれぞれ動きやすい服装に着替えて、作戦室に集まった。
僕が中に踏み入ったとき、テーブルを囲む面々は神妙で重苦しい雰囲気に包まれていた。
いや、落差がひどいな!
とはいえ原因はだいたい母上である。武士の面構え止めてってば。
「わたくしたちは遊撃隊として出ます」
母は父上やうちの使用人たちを従えている。ライラは僕のそばに残るみたいだけど。
「父上も出陣なさるのですか」
リャニスの質問は、まるで僕の言葉を代弁してくれたようだった。
父上って戦えるの?
「息子を守るためだよ、こんな時にただ見ているだけなんてできるわけないだろう!」
細腕を振り上げたところで何の説得力もない。
うーむ、僕と同じで戦闘力ゼロなんじゃないのかな。
まあ、何があっても母上が守り切るだろう。
リャニスも同じ判断したのか、「わかりました、お気をつけて」と頷き、すぐに引き下がった。
「では、母上たちは別としてそれ以外の人員を攻守に分けましょう。殿下もそれでよろしいでしょうか」
「構わない。だが本格的に話し合う前にノエムを休ませたい」
「そうですね。――ライラ、兄上を頼む」
「え、こんなときに僕だけ休むなんて」
最後まで言い切る前に、仮眠室に押し込まれた。
仕事が早すぎるよ、ライラ。
仕方ない、眠れそうもないけど横になろう。
「坊ちゃま、お時間です」
揺り起こされてはじめて眠っていたと気が付いた。すやー、だったね。
自覚はなかったけど結構疲れていたらしい。
うしみつ時だったので、目覚めはすっきりとはいかなかったけれど、まさか僕が寝落ちするわけにはいくまい。
「これをお召しになってください」
ライラがササッと手渡したのは防寒用の白いコートだった。
言われた通り袖を通して狭い仮眠室から外へ出たとたん、息が白く凍り付いた。儀式の日は雪の降る日が多いのだが、今日は星が冴え冴えとしている。
ふと気づくと、参加者がみな同じコートを着ているので驚いた。
どうやらこれは国から貸与されたものらしい。
白熱したとしても、神に捧げる余興であることを忘れるなってことだろう。
それに、道化の国らしく、戦の時はふさわしい装束を纏うべしということでもある。つまり、戦闘衣装。
な、なるほど?
もう一つ驚いたのは、僕が眠りこけているうちに、クラスメイト達が駆けつけてくれたことだ。
ただし、レアサーラは攻撃部隊に配属らしい。
「わたくしのドジで味方側を巻き込んではいけませんもの」
だって。
守備には王子がリャニスのどちらかが必ず入ることになっているらしい。まずは王子が攻撃担当。で、リャニスが僕のそばにつく。
……そこまではいいんだけど、クリスティラ様がいるな。
「こちらでいいんですか? なんかこう、審判席とか」
一応訪ねてみたが、首を傾げてるし。
若干の不安要素はあるものの、とにかく行くっきゃないのである。
敵側にいたのは、黒衣が六人。僕を花嫁にしたい王族や、変態貴族。そして――。
「ん!? あの縦ロール集団は!?」
「ドードゴラン家ですね。神に願いたいことがあるのでしょう」
「なんか、向こう人数多くない!?」
ドードゴラン家以外にも、騎士や退役騎士っぽい人が多く混じっているように見える。
こっちはトルシカ家の面々以外ほとんど未成年だってのに大人げない。
「母上がお出になると聞いて、駆けつけた者も多いようですよ」
母上と剣を交えるためにってこと?
だから、息子のピンチを盛り立てないで欲しいんだけど!?
「母上ぇ」
多少恨みがましい声色になってしまうのも仕方がないと思う。
「取り乱すのではありませんよ、みっともない。向こうはしょせん寄せ集め、互いの腹の内も読めぬのにまともな連携など望めません」
母はきっぱりと言い切り、王子が言い足した。
「対してこちらは、ノエムを守り切るという使命で一つになっている。そうだな」
王子の視線を受けて、みながピッと姿勢を正す。
「その通りです!」
「み、みんな……」
どうしよう、僕だけこのノリについて行けてない!
こういう時、悪役令息なら何て言えばいいんだっけ?
いや、ノエムートにはこんなシーン存在しないんだから、ここは、僕の言葉で答えなきゃ。
こんなふうに僕を心配して集まってくれる人がいる。僕のために戦ってくれる人がいる。
それはすごくありがたいことだし、胸のあたりがじわじわと温かい。
それと同時に、守られてばかりの不甲斐なさもこみ上げる。
「ありがとうみんな」
なんとか口に出したとき、僕はちょっと涙目になっていたと思う。顔も赤くなっていたかもしれない。
僕より背の高い人たちに囲まれているから、自然と上目遣いになっていたかも。
「よ、よろしく……ね?」
あれ、ひょっとして、めっちゃ媚びたみたいになっちゃった?
リャニスはビシッと固まったし、王子は顔を覆った。使用人たちやクラスメイト達はそわそわと照れくさそうにしている。
あ、例外もいた。
話を全く聞いていなさそうなクリスティラ様と、あきれ顔でこっちを見ているレアサーラ。
それから「なるほどなあ」とつぶやいて遠い目をしている父上だ。
違うんだ!
わざとじゃない! わざとじゃないってばっ!




