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25 聖女が判明したものの

 

 心変わりなどありえない。王子はキッパリ宣言したあと、例の毒について教えてくれた。

「あの装置からは、確かに興奮作用のある物質が出るそうだ。だが、毒とまでは言えないようだ」

 つまり、僕が大げさに騒ぎ過ぎただけ、ってことにされてしまったのかな。

「毒に弱いと吹聴されるよりはマシですかね」


 首を傾げると、キアノは眉を寄せた。

「君が悪く言われるのは嫌だ」


 手遅れじゃないかな。

 僕はニコッと笑って発言を避けた。

 なんせ僕には、ポメ化という最大の傷がある。

 可愛いからいいんじゃない? という柔軟な考えは、若い世代にしか通じない。立場のある人こそ、僕のようなわけのわからんものを排除したがるわけだよ。

 たとえ王子の心が変わらなくても、僕らが結婚する可能性はやはり低いままなのだ。


「サンサールはどうなりますか?」

「気になるなら会いに行くか」

「いいんですか」


 近いうちに場を整えてくれるのかな、くらいに考えて見送りに出たらキアノは僕を一角獣に乗せた。

「ん?」

 彼の一角獣は屋敷の前でゆったり待っていた。トルシカ家ではよく見る光景だし、王子が僕を抱き上げるのもいつものことだ。棚に乗せるくらいの気安さで乗っけたよね。

 おかげでちょっと理解が遅れたけど、何してくれちゃってんだ!


 急いで降りようとしたのだが、一角獣は馬と同サイズなのだ。思ったよりも高い……。え、大人の頭くらいの高さがあるんだけど。どうやって乗せたんだ。これ、飛び降りて平気な高さなのかな。


 もたもたしているうちに、キアノもひらりと一角獣の背に乗った。なんか一瞬、存在しない足場を踏み台にしたような。

 あと、今気づいたけど一角獣って馬具とかつけてないんだな。

 現実逃避したくなる。


「うん、気に入ったようだな」

 僕が? それとも一角獣が僕を!?

 だから、僕の匂いを覚えさせちゃダメなんだってば。護衛の人も止めて! あ、目をそらされた。


「降ります!」

 元気よく挙手した瞬間、一角獣がすーっと消えた。

「ひえっ」

 落ちると思って反射的にキアノにしがみついた。だけど気づけば、自分も含めて透明になっちゃってる。

「ノエム、大丈夫だ。ギフトの流れを感じれば、君にも見えるはず」


 あ、そうか。これキアノのギフトだ。以前、男子寮に忍び込んだ時使った隠密モードだな。

 僕は目をつむってあたりに気を配る。するとキアノの力が護衛まで含めてぐるりと囲っているのが分かった。

 そっと目を開けると、くすぐったそうに笑う王子と目が合った。

「見えました」

「そのまま、しっかりつかまっていろ。出発する!」


 いや、ちょっと待ってと叫ぶ前に、一角獣はもう歩き始めていた。それも、見えない螺旋階段を上るように、空へ。

「侍女を置いてきてしまったんですけど!」

「そうだな」

 うわ、反省してない。

 無茶なことして追いかけてきたらどうするんだ。ライラなら屋根とか走りかねないぞ。こっちはアワアワしてるってのに、王子は実に爽やかに笑っているし。

 そんな楽しそうな顔したってダメだからな!

 あ~、わが家が遠ざかっていく。


「ノエム、怖くはないか」

 一角獣は今、マンションの十階くらいの高度を飛行中だ。ギフトによって守られているのか寒さや風はあまり感じないし、スキー場のリフト並みに安定している。それに、王子の腕の中にすっぽり入ってるし。

「平気です」

 むしろ――。


 ちょっと楽しいかも。そう認めたとき、思いがけず近くをカモメが飛んで行った。その羽音に驚き、日差しを受けて光る翼に見とれた。

 すると、空がハッとするほどきれいなことに、いまさらながら気づいた。広々とした農地や山野の緑、遠くに見える海。何もかもが新鮮に映った。


「うわあ!」

 お城は見えるかな。

 この国は、王城を中心としている。城を取り囲むように街が広がっているのだ。

 身を乗り出そうとしたら、王子がたしなめるように肩を軽くたたいた。


「落ちるぞ」

「落とさないでしょう?」


 そういうところ、僕はすごく信頼しているのだ。なまじ普段からポータブル令息しておりませんとも。

「まあな、そんなもったいないことはしない」

「もったいない? 湖に落としたら、金のポメと銀のポメが増えるかもですよ」

「……金のポメ?」

「いえ、なんでも」


 若干楽しんでしまったのが後ろめたくて、僕は話題を変えた。

「このままハンバルト家に行くのですか?」

「いや、スクール島へ行く」

「スクール島?」

「あれでも一応聖女らしいからな。確認と、保護のために避難してもらっている」

「避難……」

 物騒な言葉に僕は体をこわばらせた。それが伝わってしまったのか、キアノはすぐに否定してくれた。


「心配するな、念のためだ。利用価値が低くとも聖女だからな」

「利用価値が低い?」

 なにそれ、驚きなんだけど。

 王子は少し言いにくそうに続けた。


「平民出身で、聖女としての力も歴代と比べれば弱い。しかも男だ。出世は望めないかもしれない」

「出世ですか。サンサールなら、貴族より平民の役に立ちたいとか言いそうですが」

 まあ、本人に聞いてみないとわからないけれど。


 一角獣は施療院に降り立った。護衛の騎士たちの透明化はそのまま、キアノと僕だけが中に入る。

 院長室に案内されソファーで大人しく待っていると、サンサールが入室してきて僕らを見るなりスチャッと膝をついた。


「どうぞそのまま、お二人でお幸せに!」

「何の話!?」

 びっくりして立ち上がっちゃったじゃないか。

「ノエムート様、ホント勘弁してください。俺には王子の花嫁なんて無理です! 絶対嫌です!」

 サンサールは叫んで、しまいには顔を覆って泣き出してしまった。

「え、ちょっと!」


 いきなりフられたみたいになって、さすがの王子も不愉快なんじゃない?

 そう思っておそるおそる彼を見ると、王子は不自然なほどにこやかだった。

「ノエム、見ろ、かわいそうじゃないか? こんなに嫌がっているのにまさか、無理強いなんてしないだろうな?」

「え!? 僕は別に――」


 首を振りかけて、思い出した。

 そういえば僕、サンサールの前で何度も言った気がする。聖女は王子と結婚する運命だって。

 あー。見つからなかった原因、僕かー。


「ごめん、サンサール。追い詰めるつもりじゃなかったんだ。知らなかったんだよ、君が聖女だなんて」

 泣いているサンサールをなんとかあやそうと肩をポンポン叩きながら、僕は王子に視線を戻して言い切った。

 

「彼が嫌がることなんてもちろんしません! むしろキアノだけでなく、他の王子との婚約打診も全力でつぶさねばなりませんね!」

「君が? 何か考えがあるのか?」

「これから考えます。時間はかかるかもしれませんが、サンサールのためにできることがあるはずです」


 さっきキアノは聖女としての価値は低いといったけど、そうはいっても聖女のネームバリューはやっぱり大きい。ほかの国だって彼を欲しがるかも。でも道化の国としては聖女をとどめおきたい。だからこそ結婚の話が出るわけだ。

 となると敵は王子だけじゃないな。ガーデンパーティーの時のように、変態ショタコンが後ろ盾を餌にサンサールを囲おうとするかも。これは僕が守ってあげなくちゃ!

 うおー、お兄ちゃん力がみなぎってきた。


「サンサールはどうしたい? 姫や紋章家のご令嬢なら縁を結んでもいいとか、希望はある? 僕にできることならなんでも――むむっ!?」


 なんでもすると請け負いたいのに、キアノが僕の口をふさいだ。

「むやみに妙なことを言うな。そういうのは私に言ってくれればいいんだ」

 いや、王子にだけは言わないよ。

 と思っていたら、会話の主導権を取られた。


「サンサール・ハンバルト!」

「は、はい!」

「そうだな……、卒業後はこのまま施療院で働くというのはどうだ。ここで平民の治療を主に行うんだ。それならばすぐに結婚しろとも言われずに済む。それに施療院勤めであれば、孤児院のことを気に掛けたとしてもおかしくない」

「え……」

 打ちひしがれていたサンサールの瞳に、みるみる希望の色がともる。


 そうだった。貴族と縁を結んだ子供は、孤児院と縁を切らなきゃいけないんだよね。だけど、サンサールは孤児院でのつながりを大事にしていた。

 お、王子……、頼りになる。ちょっとかっこいいぞ。僕を後ろから抱きかかえたままじゃなければもっとサマになったはず。


「本当ですか」

「確約はできないが、君の希望に沿うよう私が手を尽くす。だから、ノエムには頼るなよ」

 いや、最後!

「はい、もちろんです!」

 サンサールもひどくない!? 頼ってくれてもいいんだよ!


 ふがふが言っていたら、ようやくキアノが口から手を放してくれた。

「どうしたノエム、ほかに妙案でも?」

「ぐっ、サンサールが望むのなら、これ以上ないことかと。ぜひとも叶えて差し上げてください」

 そう言うしかないだろう。

 圧倒的敗北感!

 うう、せめて罪滅ぼしになるようなこと、何かしてあげたかったのに!


「よし、解決だな。もう逃げ場はないぞ」

「逃げ場、ですか?」

 急に何の話だろうか。僕はきょとんとしてしまう。


「彼の件で骨を折るのに忙しいとか言って、また私から逃げるつもりだったんだろう?」

「そんなこと考えてませんけど!?」

「ふうん、どうだかな」


 疑われると……もしかしてそうだったかなって思っちゃうじゃないか。

「いや、そもそも僕、十四歳までは誰とも婚約しないと宣言しましたよね」

「一方的に」

「心が痛みます」


 軽口に聞こえたのか、王子は腕組みしてそっぽを向いた。口を尖らせて拗ねている。

「ははは……」

 力のない笑い声が聞こえてきて、ふと見るとサンサールがすっかり気の抜けた様子で床にへたり込んでいた。


「もう、結婚しちゃえばいいのに」

 ぼそっとつぶやいた声なんて、僕には聞こえないぞ! 聞いてないったら聞いてない!


 

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