7 それ誤解だから
ガーデンパーティーをのりきった僕は、いまギフトの制御に燃えている。
本格的な授業はスクールがはじまってからなのだけど、制御の練習だけは推奨されているのだ。
なにせあのスチームクリーナー的な技を見せられてはね、子供心がざわついちゃうよ。
外壁とかきれいにしてみたいもんね。
訓練は地道な努力系であきやすいのだけど、目標があればやる気もたもてるってものだ。
僕がしているのは両掌のなかにエネルギーを集めるってやつ。
リャニスはとっくにこれを終えていて、今は全身にエネルギーをまとわせている。変身しそうでカッコいい。僕もはやくアレやりたい。
気がそれればすぐにエネルギーは霧散する。
前世を思い出すまえの僕ならば、ここでキレて終了だった。でも今はもう一回がんばっちゃうもんね。
息を吸いなおして練習を再開する。テニスボールサイズに安定させるのが第一段階。ここまでは僕にもできる。第二段階は、安定させたエネルギーをほかの場所に移すこと。これが結構難しい。ぷるぷる震えただけで散っちゃったりする。
僕は三歩先に設置された黒い箱にエネルギーを置いた。
それはたちまち吸収され、オレンジのゲージが増える。ピコンと緑のランプが灯ればフル充電だ。
あー。まだまだかかりそう。
ちなみにこれは、家の灯りに使われる。
あれ、おかしいな。練習のはずなのに、充電させられてるなって微妙な気分になるヤツだ。
こういうオーパーツ的なものは、たとえば街なかにもある。馬糞を岩石状の有機物質に変えちゃう装置とかね。岩石になった時点で臭いもしなくなり、暖炉にくべれば燃料に、くだけば肥料になったりする。つまり馬糞は金になるのだ。
馬や馬車が街を行きかっていても綺麗を保てる事情がここにある。作者の妙なこだわりのおかげで、僕は快適に暮らしているわけだけど……。小説では細かい設定がわかりにくいって不評だったなあ。
僕の意識が盛大にそれたせいで、結局この日、僕が成功したのは三回きりだ。足りない分はリャニスがチャージしてくれた。
「リャニスは結構まえからコレ得意だよね」
「得意というか、嫌いじゃないです」
「うん?」
「緑のランプが灯ると達成感があって」
「ああ。わかるよ。それはわかる。でもなかなかひとりじゃ灯せないから……」
やる気が減るのである。
「だったら、次は順序を逆にしてみましょうか。俺が先にちょっと入れておくから、残りを兄上が入れればいいと思います。それなら兄上もすこしは達成感を得られるでしょう?」
「まあ、そうかも。光るからね。でも、それじゃあリャニスの達成感が減っちゃうんじゃない」
「うーん。そんなこともないと思いますよ。兄上ががんばればギリギリできるところを狙って調整するのは、やりがいがあると思います」
「……リャニス、その言いかたは僕が切なくなっちゃうから」
「え!? そうなのですか? すみません」
「うん。いいよ。リャニスは天才少年くんだからね。凡人の苦労はわかるまい」
「なんですかそれ」
リャニスは口をとがらせた。
「俺は天才なんかじゃありません。必死なんです。望まれたからには役にたちたいし、トルシカ家から追いだされてしまったら帰る場所もありません」
「リャニスを追いだす!? 追いだされるとしたら僕のほうだよ! たとえ兄上がふらっと帰ってきたって、父上はこのままリャニスに継がせると思うよ」
そう。トルシカ家には実は長男がいるのだ。
僕が六歳のときに兄はふらっと家を出た。そして「異国で愛を見つけた」と文をひとつよこしたきり帰ってこない。物語の終盤になっても行方不明のままだ。
僕が王子の婚約者として選ばれたのに、跡目が逃亡しちゃったものだから、あわててリャニスを養子に迎えたってわけ。
「父上も母上も、絶対リャニスのこと気に入ってるよ。もちろん僕もね」
「ふふっ。兄上は最初から俺のこと受け入れてくれましたよね」
「そ、そうだった?」
それはちょっと、……いや、かなり自信がない。
「俺のこと気づかって、しょっちゅう声をかけてくれたじゃないですか」
うん。しょっちゅう喧嘩を売りにいっていたね。実子の実力見せてやるぜと息巻いて。そんで負けちゃうもんだから、くやしくてありとあらゆる勝負を挑みかけたっけ。
腕相撲、かけっこ、暗算に暗唱に歌にダンスにと。
「兄上が毎日俺のこと探しまわるから、俺、この家に案外すんなりなじめたような気がします」
「そそそ、それならよかった」
「それに、兄上と呼んでいいと言ってくれました」
「うぐ」
僕は危うく叫びかけ、なんとか口を閉ざした。
それね! 負け惜しみ。
なにやっても勝てないから、せめて年上アピールしたくて、リャニスに命じたのだ。僕のことは兄上と呼ぶようにって。
リャニスってば聖人かな? すごくいい感じに誤解しちゃってるよ。
でもその誤解があるから、僕にこんなに親切なんだね。うおお、はにかんでる!
かわいいけど、罪悪感がすごくある。
そのとき、僕のなかの悪役根性がささやいた。
黙ってればいいんじゃない? せっかく慕ってくれてるんだし。すべてを明らかにすることが正解じゃないよ。
その代わりこれからもリャニスのことをかわいがればいい。本当の弟みたいに。
よし、この手でいこう。じゃっかんの罪悪感があるけど。
「頼りない兄さんでごめんね……」
「そんなこと!」
そう言いかけて、リャニスがかくっと首をかしげた。あるよね。
「ううう、あれだったらもう、ノエムって呼び捨てにしてもいいからね」
「勝手に決めては殿下に叱られますよ」
「え、僕の名前なのに自分で決めちゃダメなの!?」
「まずいい顔はしないでしょうね。それに俺は、……兄上にしておきます。兄上は殿下の婚約者だから」
「リャニスだって次期トルシカ家当主だよ? そんなに身分差もないと思うけど。それに、この婚約は……」
つぶやきかけて、僕は口を閉ざした。
いずれ破談になるとしても、いまはまだ告げるべきじゃない。リャニスが思い悩むといけないもんね。
そんなやりとりのあった数日後、今日はリャニスの誕生日だ。
半ズボン卒業のお祝いに、僕はベルトをプレゼントした。喜んでくれたっぽい。リャニスはいい子だから、なにをあげても喜んでくれそうではあるけれど。
「十歳おめでとうリャニス! でもね、公式の場で半ズボンがダメなだけだから、私的な場での半ズボン着用は全然アリだからね!」
「なんで俺の半ズボンにそこまでこだわるんですか!」
癒しだからだよ。
とはさすがに言えないので、僕はにっこり笑っておいた。
こちらの世界では貴族であっても誕生日といえばホームパーティーだ。
ごちそうのあとで、両親は見事なダンスを披露してくれた。男女の役割が逆転しちゃってるけど、うちでは割とふつうだから。夫婦仲がよくてなによりだ。
リャニスが誘ってくれたので、僕たちも踊ることになったけど、急にテストみたいな雰囲気になったのであせった。
そんな僕に、リャニスがささやいた。
「兄上のためなら何度だっておつきあいいたしますが、どうせなら一発合格して母上と父上を驚かせてさしあげましょう」
さらりと難易度をあげてくる。実はリャニスがいちばん僕に厳しいかもしれない。