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24 ほれぐすり?

2024.11.12 一章七話目(エピソード7)に追補を割り込み更新しております。

「この装置は昔の王子が、花嫁を口説くために設置したものだそうだよ。ここで男女が歌うと甘い香りが漂う。そしてその香りを吸い込むと錯覚するのだよ。目の前にいる人を、まるで愛しい人のように」


  それってつまり、ほれぐすりって奴?


 ガエタン殿下の言葉が真実なのか惑っているうちに、キアノがこの場に現れて、僕の名を呼んだ。

 ばっちりキアノと目が合っちゃったんだけど。

 僕は慌てて両目を覆った。

 それを王子は、泣いていると勘違いしたようだ。


「これは一体どういうことですか!」

 ここまで秒で走ってきて僕を抱え込んだ。こんなのいつものことなのに、やけに心臓がうるさい。

 まさかの、ほれぐすり効果あり!?


「そう怖い顔をするな。弟の花嫁たちに私が無体なことをすると思うのか」

 無礼を咎めるような口調だった。僕はギョッとしてキアノの腕の間からガエタン殿下を覗き見た。

 うわ、こっち見てる!

「私はただ、彼らに装置を見せていただけだ。なあ、ノエムート、そうだろう」

 名指ししないでいただけますか。王子の怒りがさらに膨れ上がったんだけど!?




 緊張感に耐え切れず、僕はあえなくポメ化した。

 こうなってしまっては話も続けられないということでひとまず僕らは場所を変えた。

 移動先はトルシカ家だ。

 なにせうちの使用人たちは王子が突撃訪問に慣れている。特に騒ぎ立てることなく応接間に案内してくれた。


 そして今、部屋の中は微妙な空気に包まれていた。

 レアサーラは面倒くさそうだし、サンサールに至ってはすっかり怯えている。帰してあげたいけど、王子が納得するまでは無理だろうな。ちなみにライラはこの場にいない。ジョアンをパーティー会場に置いてきてしまったため、迎えの手配をしてもらっている。


「それで、いったい何だってあんなところにいたんだ」

 尋問タイムの始まりである。

 キアノは僕をソファーに座らせ、その隣に陣取っている。

 馬車の中で散々撫でられて、残念ながら僕はもう人の姿に戻っていた。


「えっとそれは、おおむね僕のせいですね」

 僕は王子に背を向けたまま答えた。

「ノエム」

 呼びかけられても僕はそちらに顔を向けられなかった。下手に視線をやると、いつもにましてキラキラしている彼の顔面に目が焼かれちゃいそうなのだ。

 彼がまとう良い香りとか、体温とか、妙に意識してしまう。

 うう、もう少し離れてくんないかな。


「あのぉ」

 控えめに挙手したのはサンサールだ。

「先に念のため、ノエムート様に癒しをかけてもよいでしょうか」

「癒し? 原因もわからぬうちに」

 キアノが睨むので、サンサールが縮こまる。彼を庇うように、レアサーラがサッと補足した。

「でしたら急いだほうが良いかと。ガエタン殿下は毒だとおっしゃいました」


 バッとキアノが顔をこちらに向けた気配がある。

「ノエムは毒に弱いんだ!」

「ええ、ですから。ひとまず彼に任せてみては?」

 キアノは考えるそぶりを見せて、やがて僕に判断をゆだねた。

「ノエムもそれでいいか」

「なんでもいいから早くして」


 敬語がどっか行っちゃったが、正直、そんなこと気にしている余裕はない。

 王子は一瞬ピクリと動きを止め、それから僕の頬に指をかけた。

「なんでもか」

 探るような目で見つめられると、ますます思考力が低下するようだった。涙で視界もにじむし、もうほんとムリ。

「わかった」


 王子がぐっと顔を近づけてきたところで、すっと小さな手が僕とキアノの間に差し込まれる。

「いや、ここでボケてどうする」

 レアサーラからツッコミが入ってようやく、あれ、もしかしていまキスされちゃうところだった? と思い至り、僕は「ぽめえ」と口走ってひっくり返った。

 本日二度目のポメ化である。


 やっぱ効いちゃってるんじゃない? ほれぐすり。流されるところだったよ。

 なんか熱っぽいし、クラクラする。僕はキアノの膝の上でぐでんとした。

「癒しと言ったな。できるなら今すぐやるんだ」

 んええ、でも、ポメ化しているときの僕はギフトの効きが悪いんだよ。指摘したいが、犬っぽい声しかでなかった。瞼も重くて開けられない。


「失礼します」

 前足を握ったのはサンサールかな。

 王子が「おい」とか言いかけたし、レアサーラが「はいはい、先やっちゃいましょうね」などと雑になだめている。

 謎の連係プレーが繰り広げられるが、僕の身に変化は訪れなかった。


 まだかな。

 なんとかまぶたを開けると、サンサールはギフトを最大出力――かどうかはわからないけれど、ふわりと風が巻き起こるほど強めた。


 するとようやく、前足からぽかぽかしたものが流れ込んでくるのを感じた。それが体中に染み渡ったとき、モフモフの前足が、ほっそりとした白い手に変わっていた。

 それと同時にサンサールが素早く万歳をし、そのままうしろへ倒れ込む。

「だいじょ――」

 大丈夫か尋ねる前に、キアノが僕を羽交い絞めにした。思わず体をねじって彼の顔を見てしまったが、割と平気だった。どうやら状態異常も治ったようだ。


「戻したのか……」

 王子が茫然とつぶやいた。

 確かに、はじめてだな。リャニスと王子以外で僕のポメ化を戻したのって。

「ノエムのことを愛しているのか」

「へ?」

 サンサールはぽかんとした。

 僕もだよ! 何言っちゃってんの、王子。


「ポメ化した者は愛情を感じると元に戻るんだ。君が愛を捧げ、ノエムがそれを受け取った」

 うしろからぎゅむぎゅむと抱きしめられ、僕は内心イテテと悲鳴を上げた。


「ち、違います!」

 サンサールは真っ青になって否定したが、王子の怒りは収まらない。

「何が違うと言うんだ」


 彼はギュッと目をつぶる。そして唸り声みたいなものを上げたあと、やけっぱちのように叫んだ。

「俺、聖女なんです!」

 は? なんて?

 僕はあっけにとられて何も言えなかった。

 サンサールが聖女って、全く結びつかないんだけど。


「でたらめを言うな!」

「本当なんです! これを見てください!」


 王子の剣幕に恐れをなして、サンサールは目に涙をためている。

 止めなきゃと思う気持ちと、サンサールの真意を知りたいという欲がせめぎあって、僕はオロオロするばかりだった。

「そうだ! これ、これを見てください!」


 サンサールは床にへたり込んだまま、ズボンの裾をまくりあげた。

 指さした場所に、ぼんやりと紋章のようなものが浮かびかけて――。


「あ、だめだ」

 つぶやいて、サンサールはばたんと倒れこんだ。

 どうやら、ギフトの使い過ぎのようである。

「サンサールが、聖女……?」

 呆然としているうちに、気絶したサンサールは王子が連れ帰った。

 本物かどうか検証が必要だとか言って、




 僕はかなり強引にレアサーラを引き留めて、自分の部屋でお茶とお菓子を振る舞った。とてもじゃないが一人ではいられなかったかな

「何かの間違いだよね、サンサールが聖女だなんて。だって、男だよ」

「そういうこともあるんじゃないですか」


 レアサーラは片肘を付きながら、お茶を飲んでいる。かなり行儀が悪いが、文句は言えない。


「そんなの、読んだことないよ!」

「あら、わたくしはありますわ」


 示し合わせたわけではないが、たぶんお互い、前世の話をしている。

 そこで僕はマジメに考えてみたのだが、やはり思い当たるものはない。前世男で今世は女、みたいなのはあったけど……。


「ちなみに、聖女が男だとどうなるの?」

「もちろん男に溺愛されますね」

「BLじゃん!」

「何を今さら」

 レアサーラは鼻で笑う。


 だけど、だったら、王子の心変わりの可能性はまだあるのかな。

 なんかイマイチ、想像しがたいんだけど……。

 



 そして後日、王子は非常ににこやかな顔でやってきた。

「それで? 誰が誰の運命だと?」

 あー、これ、微塵も心動かされてないな。


 

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