23 ガエタン殿下
青ざめるサンサールと、彼を囲うように立つ二人のおっさんの雰囲気を見て、僕には察するものがあった。
ははん。どうやら変なのに絡まれているね。
「サンサール、待たせたかな」
別に約束していたわけじゃないが、僕は彼らの会話をぶった切った。そして今さら気づいたみたいな顔つきで口を押えた。目をパチパチしながら二人のおっさんを見上げる。
「あ、お話し中でしたか? 失礼しました」
うん、我ながらわざとらしい。
でもたぶん、向こうが引きつったのは、僕の行動のせいではなく後ろめたいことがあるからだ。
「これはノエムート様]
挨拶は結構ですと断ると、おっさんたちは未練がましそうにサンサールを見た。
「……彼とは親しいのですか?」
「友人です。弟の親友でもあります」
知らなかったんですかと問いかけるように、笑みを浮かべる。
こういうときは、紋章家の地位がものをいう。
まさか僕らの友人に、変なことをしてませんよねという圧になるわけだ。
「実は彼と約束していたのですが……」
困ったなと、おっさんたちを見れば、彼らは退散しないわけにはいかないのだ。
よし、任務完了!
今日、なんだか調子がいいんじゃない?
同意を得ようと振り向けば、サンサールの顔色が悪い。怖かったのかな。
「すこし歩こうか」
声をかけて、賑わいから遠ざかるように進む。こんな状態じゃお菓子も喉を通らないだろう。
パーティーだからって、浮かれた人間が多くてやれやれである。
ところが数歩もいかないうちに、ライラから待ったがかかった。
「坊ちゃま」
もう僕の自由行動の範囲終わりなのか。一瞬絶望してしまったけど違うみたい。
「あちらを」
ライラは木の上を指さしていた。
なんかいる!?
あ、なんだレアサーラか。
なにをどうしたらそんなことになるのか、さっぱりわからないけれど、腰のリボンが枝に引っかかって降りられないようだ。
「ごきげんよう」
「そんな死んだ魚のような目で言われても」
レアサーラなら、放っておいてもそのうち落ちてくる気もするけど……。ああ、そういうことか。
「ライラ、枝を折らずに彼女を助けられる?」
「やってみます」
「無理そうなら人を呼ぶからね」
城の庭で勝手に花を摘んだり枝を折ったりするのは罪になる。それでレアサーラも下手に身動きできずにいるのだろう。
少々気を揉んだが、ライラは鮮やかだった。
ジャンプと懸垂で木に登り、サーカスのような絶妙なバランスで体を斜めに倒して絡まったリボンを解くと、着地と同時に彼女の身なりを整えてみせた。
枝は、大きくしなったがギリギリ折れてない!
「ノエムート様、一部始終を見ていてはダメです。そこは紳士として後ろでも向いてらして」
レアサーラは指摘するけど、普通の淑女は木に引っかからないと思う。でもまあ、その通りだな。すんごく今さら感があるけど後ろを向いた。
ちなみにサンサールはちゃんと紳士的行動を取っていたし、なんなら両手で目も塞いでいた。
やるな。
「で、大丈夫だった、サンサール」
「俺よりレアサーラ様のことじゃないの?」
「あれはいつものだよ。打つ手なし」
「あら、助かりましてよ。お礼を申し上げますノエムート様、ライラさんも」
ぼそぼそ話し合っていたら、レアサーラがひょいと会話に入ってきた。身支度は終わったようだ。
ついでに、状況も教えてくれた。
「彼、あの人たちに、手籠めにされるところだったんです」
「手籠めだって!」
僕の脳内で、着物姿のサンサールが帯を引っ張られ「あーれー」とくるくる回ったが、いつまでも回るだけで、それ以上の想像はできなかった。
現実のサンサールはひらひらと手を振って苦笑している。
「遊びに来ないかとかしつこく言われてただけだよ」
むっ。サンサールときたら危機感が足りないな。
彼には貴族には珍しい野性味を備えている。そういうのはショタコン変態のコレクター欲をそそるのだ。……たぶん。
「あーいうときはうちの名前を出せばいいよ。僕よりリャニスの方が理想的だけど、今はいないしね」
「いやそんな大げさな」
「そうしたほうがいいわ。ただ、ノエムート様だと一緒に攫われてしまいそうですけど」
「それじゃあ本末転倒だねえ」
「えええ、否定してよ」
サンサールが情けない声を出したあたりで、レアサーラがすっと挙手した。
「まあそういうわけで、こちらも解決したようですし、わたくしはこの辺で」
「あ、待って!」
彼女を引き留めたのはサンサールだ。
「王子様が来るまで一緒にいてよ――じゃない、いてください、レアサーラ様!」
こういうことらしい。
キアノが来るまでは僕を一人にしておけない。でも王子と合流するとなれば僕と二人でいるのはマズい。ライラがいても、キアノのジャッジは厳しいから、二人きり判定される恐れがあると。
「そうかもね。じゃあレアサーラ。少し付き合ってもらえる? ちょっとだけでも一緒にいましたっていう実績があればいいんだ」
断られたらサンサールと口裏を合わせて彼女のせいにしちゃおう。などと小狡いことを考えていたのがバレたのか、レアサーラは「面倒くさい」と言いつつも了承してくれた。
パーティー会場は秋の花が綺麗に咲き誇っているが、外れまで来たせいかこの辺は少々地味だ。
盛夏には鮮やかな花々で彩られていたのだろうが、さすがに少々しおれて見えた。
あまり奥まで行かないほうがいいかな。
そう思った矢先のことだ。
ふっと視線を感じた気がして振り向くと、少し先のベンチに誰か座っていた。
「おや、迷子かな。それとも探検かい?」
しまった、声を掛けられちゃったぞ。
布をたっぷり使った、いかにもゴージャスなジャケット、さりげなく光る耳飾り。
やば、アレ、王族じゃない?
僕はさっと頭を下げた。
「……ガエタン殿下」
低く唸るように呟いたのは、ライラだった。
ガエタン王子といえば、王子の中でも二番目に偉い人だな。つまり、キアノよりも上の立場だから、僕が粗相しても庇ってもらえないってことだ。いや、庇ってもらう気もないけど、ヤバいな。
しかし、そんな人が、伴も連れずに何をやってるんだ。
「顔を上げなさい」
挨拶を許されたので、僕、レアサーラ、サンサールの順番に名乗っていく。ライラのことは最後に「僕の侍女です」と紹介したけど、なんだか顔見知りっぽい。
ライラが毛を逆立てた猫のように警戒するので、ハラハラ度合いがさらに上がる。
でも、わかる気がする。
話し方も柔らかいし、ちょっとキアノに似ているし、一見優しそうに見えるんだけど……。
なんか違和感がある。
アレだ。この声優さんが声を当てているキャラは、のちのち裏切る、みたいな感覚になるんだよね。
「おくつろぎのところお邪魔をしてしまったのではないですか? 僕たちはこれで――」
「気味が悪いほど似ているな」
「え?」
「だが逃げ方はエシャーサの方が遥かにうまかった」
僕はもう一度、え、と聞き返しそうになった。エシャーサと言えば、出奔したうちのお兄様では?
「いえ、決して逃げようなどとは――」
「あやつは妙なものに興味を示す奴だったな」
「そうなのですか。あいにく兄とはあまり接点がなく――」
「装置だ」
さっきから、こっちの言葉を遮るように話を振られている。
にこやかに会話の主導権を奪いに来る。
そのせいだけとは言い難いけど、僕は『装置』という言葉に反応してしまった。
「ノエムート様」
小さく鋭く、三方向から静止の声がかかる。
ライラなんて僕の襟首を掴んでいる。
「実はな、この近くにもあるのだ。歌に反応する装置が」
「歌に反応する装置」
絶妙なチョイス。
迷いを見せたのは一瞬で、僕はすぐに遠慮の声をあげたのだが、ガエタンは取り合わなかった。
「ついてきなさい」
あー、ごめん、みんな。
装置は不思議な形をしていた。
チョコレートフォンデュとかできそう。まあ、チョコレートは出てないけれど。
「さあ、歌ってみなさい。四人で」
無茶ぶり来た。ライラを入れるだと?
僕はそーっとライラを見た。
彼女はめったに表情を変えない。だが今は、目が泳いでいる。無理だな、こりゃ。
「申し訳ございません殿下。ライラは護衛ですのでご容赦ください。我々三人で――いえ、僕一人で歌います」
あっぶな、これ以上二人を巻き込んじゃさすがに悪いよね。
「ふん? 私の頼みが聞けぬと申すか」
「いいえ、滅相もない、わたくしも歌いますわ。ねえ、サンサール」
「は、はい!」
殿下の不機嫌を即座に察して、それまで面倒くさそうにしていたレアサーラがすかさず参加を申し入れた。サンサールも道連れだ。
頼みっていうか、命令だよね。
僕らをからかって遊んでいるだけならいいなー。
普段からこんな感じだとしたら、周りの人は大変だ。
いや、今は現実逃避している場合じゃない。何を歌うか素早く決めて、三人で装置を取り囲むように立つ。
せーので歌い始めると、装置の上部からホワイトチョコレートみたいな液体が湧き出てきた。ふわりと甘い匂いまでする。
え、本当にフォンデュが始まっちゃう?
「ああ、言い忘れていた。その装置からは毒が出る」
毒⁉
ライラが動きかけたが、僕は手ぶりでそれを止めた。
彼の言葉こそが罠かもしれないからだ。
途中でやめれば毒が出るのか、歌い終わると吹きだすのか、この香りがそうなのか。
どちらにしても命じられたからには、歌い上げるか、彼が止めろと言うまで続けるしかないのだ。
わかっているから、僕らは誰も歌を止めない。
これほど堂々と設えてあるものだし、毒と言ってもそれほど危険なものではないと信じよう。
まあ、僕にとっては、致命傷になるかもしれないけれど……。
緊張からかサンサールの声が少し上擦る。どうかもうすこしだけ、こらえて。
祈るような気持で最後の小節を終える。
気だるげな拍手を送るガエタンだが、それほど楽しんだようにも見えなかった。
「毒とはどういうことですか、殿下」
「ライラ、控えなさい」
常ならば使わない命令形のおかげか、今にも飛び出しそうだったライラは、驚いた様子でピタリとその場にとどまった。
質問を引き継いだのはレアサーラだ。彼女は僕の事情を知っている。
「殿下、わたくしも気になります。顔や体に痕が残るようでは父や兄たちに叱られてしまいますもの」
さりげなく、ステアロス家から抗議しますよと言っている。
「案ずるな、そういう類のものではない。よくある装置なのだが、そうか、君たちはまだ知らぬか」
じゃあどんな毒だよ。
焦らされ、弄ばれている気分だ。僕は苛立ちを見抜かれなぬよう、微笑んで少し視線を落とした。尊い方と目を合わせない配慮と見えますように。
ガエタン殿下はゆっくりと僕らの周りを歩きながら、話を続けた。
「この装置は昔の王子が、花嫁を口説くために設置したものだそうだよ。ここで男女が歌うと甘い香りが漂う。そしてその香りを吸い込むと錯覚するのだよ。目の前にいる人を、まるで愛しい人のように感じるのだ」
それってつまり、惚れ薬ってこと。なんてくだらない。
だけど、もし、効いちゃったら?
なにせ僕は、人より毒に弱いのだ。
ははっと、ガエタン殿下は声を立てて笑った。
「心配せずとも、一曲くらいではそれほどの量にはならぬ。だから安心してこちらを見ろ、ノエ――」
「ノエム!」
ガエタン殿下の声を遮るようにキアノの声が聞こえて、僕は反射的にそちらを見た。




