22 準備万端
今年のガーデンパーティは、ライラだけでなくジョアンを連れて行くことにした。
リャニスがいないから不安ですと母に訴えたところ、簡単に増員が許された。
それをジョアンは殊の外喜んだ。
「たくさんの殿方とお話しできる機会をいただき嬉しいです」
頬に手をあててケタケタケタと笑う姿は、もはや妖怪なんだよ。僕は内心大いにビビりながらも笑顔を浮かべた。
「うん。楽しんで」
ごめんね、ジョアン。真の目的はそのホラー顔で、ライラに群がる男どもを蹴散らすことなんだ。
あんまりな作戦だったかなと、良心が痛んだ。
しかしライラを取られると、僕の自由行動の範囲が狭まるから困るんだよね。
僕は僕で、撃退したい人物がいるのだ。
会場に足を一歩踏み入れたその時、さっそく声がかかった。
「ノエムート様!」
ニコニコしながら歩み寄ってきたのは、王族の一人だ。ぽっちゃりした人好きのする笑顔とは裏腹にねっとりした手紙をよこす変態ショタコンである。さっそくジョアンの後ろに隠れたくなるが、ぐっと堪えて挨拶を済ませる。
「ノエムート様は今日も大変素敵な装いですね」
にっこりと褒めたあと、小声でボソッと「可愛い」って呟くのが怖いんだよね。背筋が寒くなっちゃう。でも僕は例によって笑顔を崩したりしない。
「ありがとうございます。これは、クワガタをイメージして誂えました」
「……クワガタ?」
答える相手はどことなく反応が変。目が泳いでいるというか。
衣装はジョアンの手腕により、なんとなく素敵な仕上がりになっている。かといって、クワガタ感ゼロというわけでもない。たとえば……。
「うしろのスリットは翅をイメージしているんです」
僕は服の裾をちょっとつまんで、控えめに背後が見えるように立ち位置を変えた。ここでおしりを向けるのは不敬になっちゃうから気を付けないとね。
「それにこの小さな黒い石は、どことなくクワガタのつぶらな瞳に似ていると思いませんか? 胸元の複雑な刺繍は脚のようにも見えますね」
クワガタの目と言ったところで、相手は目に見えて青ざめた。
だが僕はそれに気づかぬふりで、おっとりと話を続けた。
「カッコいいですよね、クワガタ。知っていますか、カブトムシやクワガタを手に乗せると痛いんです。足が刺々していて。きっと、木にしがみつくためでしょうね」
盛大に目を泳がせてるけど、容赦はしないぞ。
こっちはさんざん、面倒な手紙で迷惑をかけられたんだ。
「そうだ僕、結婚したら家に昆虫用の温室が欲しいんです。中にたくさんの虫を放って。夫と一緒にお世話ができたら幸せでしょうね」
「ごめんなさい、虫は苦手なんです!」
彼が涙を拭いながら走り去るのを見て、僕は驚き顔を作った。
「ええー、残念ですぅー」
そして心の中で快哉を上げていた。
よっしゃ一人目撃破だ!
実のところ、本来の目的である、キアノをドン引きさせるっていうのは仮縫いの時点で無理だなって悟っていた。
だけど思わぬ勝利を生んだものだ。
余韻に浸っている暇はなかった。今度はライラ目当ての騎士がやって来たのだ。いつもの暑苦しい三人組だ。
「ノエムート様、ライラ殿と話す時間をください!」
爽やかに言ったってダメだからね。僕は自由時間を確保するんだ。
「では、まずジョアンとお話してください」
「え?」
「ジョアンはライラの先輩なのです。先輩を差し置いて殿方と語らうことに遠慮があるのでしょうね。というわけで、ジョアン。ご挨拶を」
僕は笑顔で彼らを地獄の入口へ案内する。
「ご紹介に預かりました、ジョアンです」
ジョアンはひとまず、猫をかぶることに決めたようだ。声の調子からそう推測したのだが、すでに騎士たちの顔が引きつっている。
わあ、ジョアンはどんな顔をしてるのかな。もちろん見たくないので、僕はカニ歩きでさりげなくその場を離れるつもりである。
「ノエムート様!? どちらへ行かれるのですか、まだ、殿下はいらしていませんよ」
「お構いなく、友人に挨拶するだけですので」
「ああ! ライラ殿!」
「ライラと話したければ、ジョアンを満足させてくださいね!」
僕はひらひらと手を振ってその場を離脱した。
背後から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきたけど気のせい気のせい。うちのライラを困らせるからだよ。
さて、王子が来てないなら、誰といるのが安心かな。
さりげなく見回すと、誰かの陰になるようにチラッとサンサールの姿が目に入った。
向こうも僕に気付いたようだけど、なんだか様子が変だ。
なんか困ってる?