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 足音は、扉の前でピタリと止まった。

「ノエム、ここにいるのか」

 声を張り上げたわけでもないのに王子の声がハッキリと僕の耳に届いた。


「どうぞ、鍵は開いています」

 レアサーラがさっさと入室の許可を出してしまった。止める間もなかった。僕は両頬を押さえて息を詰めた。

 意味の分からない興奮に包まれて、頬が熱くなっちゃってる。


 ところがガラッと音を立てて扉を開けたのは、王子ではなくて三年の生徒だった。一瞬にしてすんとなる。

「失礼します」

 一声かけてから。彼は室内に目を向ける。あ、ギフトで中が危険じゃないかを探っているんだ。レアサーラも物理的にやってたけど、そうか安全確認ってやつか。てか向こうも王子に練習させられているっぽいな。そうでなきゃわざわざ……と王子を見ると、ウィンクされてしまった。


 王子が飛ばした煌めきに刺されないように、僕はあたりを見回した。あの態度、明らかに僕がここにいると知っていたな。けど、どんな手を使ったんだ。さりげなく見回すと、王子のうしろにマスケリーの姿を見つけた。彼はどことなく気まずそうに一礼して去っていく。


 思わず「あ」と声をあげそうになった。

 そういえばここへ来るとき、レアサーラはみんなに聞こえるように「展示室へ行く」と言っていた。つまりそれを彼が王子に伝えたってわけか。

 なんなんだよその、僕だけ監視するネットワークは。

 どこまで……いやこのぶんではきっと、学校全体に僕の見守りシステムが構築されているんだ。王子だもんな。

 だから最近、一人でうろついても怒られなかったのか!


 動揺を押し隠しているうちに、三年生も仕事を終えたらしい。

「それではわたくしもこれで」

 彼が下がったのを見て、さりげなくレアサーラまで退出しようとするので、僕は慌てて引き留めた。


「いや、ちょっと待って!」

「そうだな、ぜひ君にも同席してもらいたい」

「えー」

 レアサーラは王子が相手でも不服を隠そうとしなかった。

「声に出ているぞ」

 王子が苦笑するのを見て、僕はピンときた。レアサーラにコソっと耳打ちする。

「おもしれー女コースに行けるのでは?」

「余裕がありそうですね」

 レアサーラからは睨まれるし、なんなら王子の機嫌も降下した。

 僕はすーっとレアサーラから離れ、二人から目をそらした。




 気まずい空気の中、口を開いたのは王子だ。

「それで? 二人でなにを密談していたんだ」

「それは……」

「言いづらいならわたくしから言いましょうか?」


 心底面倒くさそうなレアサーラ。さっさと済ませたいんだね。

 僕は彼女に首を振ってみせた。僕の失敗なんだから、自分で言わなきゃ。


「キアノは、日本語というものをご存じですか」

「それをどこで聞いた」

 王子の目が鋭くなった。気温が一度下がったようだ。

「えーと、それは……」

 前世でって言うわけにもいかないし、レアサーラにはこっち見んなって顔で睨まれる。答えに窮する僕だが、王子はそれ以上追及することなくこたえてくれた。


「反逆者が使う言葉だそうだ」

「はんぎゃくしゃ?」


 僕はポカンと口をあけた。

 だって、これまで見つけた日本語と言えば、『ウマノフン』と『ちくわぶ』だよ。そんな印象はかけらもない。ちくわぶというからには、関東の人かな? って思うくらい。あれってあんまり馴染みのない食材だよな。

 意識がそれそうになっている僕とは違って、レアサーラは得心したらしく、ゆっくりと頷いた。


「神の定めたシナリオに逆らうという意味では、わたくしたちは反逆者になるのでしょう」

 彼女は目を細め、笑みを浮かべてみせた。いまいち悪役令嬢感が薄いレアサーラだが、珍しく悪役っぽい。

 感心しているうちに、彼女はつらつらと続けた。


「ですが、そうしなければノエムート様のお命が危ないんですもの」

「えっ!? ちょっ!」

 なんでそこまで言っちゃうんだ。ギョッとして思わず妨害しちゃったけど、今の、王子にも聞こえてしまっただろうか。おそるおそる視線をやった僕は、彼の顔に驚きがないことに驚いた。


「ひょっとして、知っていたんですか……僕が」

 死ぬこと。王子は遮るように「知っていた」と頷く。口にすることすら不吉だとでもいうように。

「だけど、どうして……」

「私の母はチャウィットの出なんだ」


 僕はあいまいに頷いた。そりゃ王妃の出身国だ。いくら僕が不勉強でも知ってる。今更なんの話だろうか。

 王子は薄く笑って話をつづけた。

「つまり、夢の紋章家のギフトを引き継いでいる」

 そう言いながら、僕にゆっくりと歩み寄る。


「時の紋章家の予知とは違い、夢に見るのはただ一人」

 僕は言われたことの意味を深く考えもせず頷いた。予知夢ってことだよね。王子にそんな力があったなんて知らなかった。チラッとレアサーラに目をやるが彼女も心当たりはないらしい。

「私は――」

 注意を引くように、彼が言葉を止めた。王子に視線を戻そうとしたとき、彼は僕に手を伸ばした。その手が頬に触れるので、そちらに気を取られる。

「君の夢を見た」

 

 ドクンと、心臓が強く脈打ち、あたりの音が遠のいた。

 つまり、知っていたんだ、彼は。

 僕が死ぬ運命にあることを。

 やけに優しいとは思っていた。

 過剰なほどの心配も、彼が僕に対して寛容なのも、全て同情だったんだろうか。


「だが――」

 その声が、どこか弾んで聞こえて、僕は思わず視線をあげた。

「ようやく打ち明けてくれたな」

 マスカット色の瞳が、僕を捉えて煌めいた。

 間近で見る王子の瞳は温かだった。よどんだ部屋の空気をいっぺんに爽やかなものに変えてしまうような。

 

 頼られれば喜ぶと、レアサーラが言ってたけど。

 まさかこんな嬉しそうな顔をするとは。

 痛かったはずの胸がさっきとは違うドキドキに変わる。まぶしすぎて僕は何度もまばたきした。


「ですが」

 僕は王子の手首をつかんでそっと下ろさせ、無理やり視線をそらした。

「僕のこと、疑わないんですか」

「ノエム、君はどこでニホンゴを習ったんだ?」

 責めるというより、面白がるような声色にまた顔をあげそうになったけど堪えてそっぽを向く。

「習ったわけではなく、始めから知っていたんです」

「ならばそれはギフトだ。ポメ化と同質のものだ」


 僕はひそかに息をのんだ。

 前世の記憶がポメ化と同質? 確かに以前僕はポメ化は神が与えた試練だと適当に言ったことがあったけど。

 僕が顔を向けなくても、王子の言葉は僕を慰めるみたいに柔らかで、どこまでも優しかった。


「噂なんかより、私は君の言動を信じる。当然だろう?」


 僕はぐっと唇を噛んだ。彼があまりに頑固だから。

 何度断わっても、王子が愛するべき人は他にいると言い募っても、彼は全然聞いてくれない。

 なんとなく思ってはいたんだよ。王子なら何を話したって受け入れちゃうんじゃないかって。たぶん、前世云々を話したところでお面白がるだけなんじゃないかって思う。


 だけど、おかしいだろ。

 なんでこんな全肯定なんだ。

 体ごと、とぷんと喜びに漬かってしまうのが怖い。

 彼がくれる温かなものを、愛情だと認めたとしても、受け取るわけにはいかないんだって。

 いや、もしかしたら、これこそが強制力なのかも。僕が恋に落ちないから物語が始まらないし聖女も現れない。

 乱気流にのまれたみたいにぐるぐると変わる気持ちの中で、僕がしがみついたのは、自分が悪役令息であるという事実だった。

 

 息を吸い、なんとか王子を説得しようとしていたところ、空気をぶった切るようにレアサーラが挙手をした。


「あのー、そろそろわたくし、退出してもよろしいですか」

 レアサーラは白けた様子を見て、僕も我に返った。

「あとはお二人でどうぞ」

 なんてお見合いのときの常套句みたいなことを言って、「おほほほ」とやけっぱちみたいな笑いを残して去っていく。今度は王子も引き留めなかった。

 弛緩した空気と一緒に、僕の体からもしゅるっと力が抜けた。

 ポメ化してしまったらしい。とっさに支えようとした王子の両手にすっぽりと収まってしまった。



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