16 心配されてた
皮肉なことではあるが、リャニスがいなくなって僕の自由行動の範囲は広がった。
学校内なら一人でウロウロしていてもあまり怒られなくなった。
そのほかの変化と言えば、僕宛の手紙が増えたことだ。
僕の知らないうちに、リャニスはこんなものまで処理してくれてたんだね。
求婚? 求愛? デートの誘い?
なんか、そんな感じの濃いめの手紙。
中には、『キアノジュイル殿下に脅されているのではないですか、私が救ってみせます』みたいなことが書いてあるものまであった。なんだコレ。どうすりゃいいんだ。
母上に相談したら、息子宛てに届いたラブレターとそのお返事を母上が検閲するという地獄のシステムが爆誕してしまった。
つらすぎ。
けど、僕が勝手に書いた返事が妙な誤解を招いたらもっと面倒なことになると言われてしまえば、「それはそう」。
そんなわけで僕は就寝前に修正まみれの手紙を清書している。
ちなみにどうせ修正するからと手を抜いて汚い字で書けば余計に怒られるのは経験済みだ。
仕事を増やされたことで、手紙の主に対する僕の心証はどんどん悪くなる。
それと同時に、申し訳なさにどんどん胸が重たくなる。
僕、こんな面倒くさいことをリャニスにやらせていたんだな。
ため息をついて、ペンを放り投げてしまった。
寂しいな。
だけど、そんなこと考えても許されるんだろうか。彼は僕のこと、兄と慕ってくれていたのに。僕の行動は確かに不審だし、嘘もごまかしもいっぱいある。この世界にはあってはならない、前世の記憶なんてものまで持っている。
考え込むと、またポメ化してしまいそうだった。
気持ちはどんどんネガティブになるが、クラスメイトの前では、僕は笑顔を張り付けていた。
特訓してることも勉強を頑張っていることも水面下のことだ。
と思っていたのは、どうやら僕だけだったらしい。
ある日の放課後、レアサーラがぐいぐいと僕の前へ押し出された。
「……どうしたの?」
ニコッと笑って首を傾げると、レアサーラは顔をしかめ、ここまでレアサーラを押してきた女の子たちは、泣き出しそうな顔をした。
「ノエムート様、我慢しなくていいです!」
「リャニスラン様がいなくなってお寂しいのでしょう!」
「そのように、けなげに振る舞わないでくださいませ! そちらの方がツラいです!」
わっと泣き出しちゃった子もいる。え、なにこれ、どういうこと。
オロオロとレアサーラと目を合わせると、盛大にためいきをつかれてしまった。
どうやら僕は、クラスメイト達にまで心配をかけていたらしかった。
うわあ、みんな優しい。
ほわほわと胸が温かくなった。甘やかされるのに弱い僕はちょっと泣きそうだ。
「わかりました! わたくしが代表してお話を伺いますのでとにかく場所を変えましょう」
ウルウルしだした僕を見て、慌てたのはレアサーラだ。
「えーと、そうですね、展示室あたりいいでしょうか」
手を差し出されれば相手が女子だろうが乗っけちゃう。僕はレアサーラにエスコートされて教室を出た。
クラスメイト達はホッとした様子で、レアサーラにお礼やらお願いやら一声掛けて教室に残る。
「バレてたんだね、僕……」
凹んでたことを見抜かれてた恥ずかしさよりも、嬉しい気持ちのほうが強いや。みんなの優しさが嬉しくて、僕は胸に手を当てて唇を噛んだ。
「まだ泣かないでくださいね。めんどう」
言葉のわりに、手を握ったままだし、レアサーラも結構やさしい。
レアサーラが向かったのは展示室だった。棚の上に聖人の胸像とか歴代校長の姿絵とか飾ってある。チェシャ猫みたいに笑う木彫りの熊は……、なんだろう? 生徒の作品かな?
埃っぽいし、小さな窓しかないから薄暗い。ずらっと並ぶ作品たちはどことなく不気味で、生徒に人気のない部屋なんだけど、レアサーラは雰囲気に気おされることもなく、ササッとあたりを確認した。カーテンの裏側や、小柄な子供なら入れそうな戸棚をのぞき、胸像を持ち上げる。そして落としそうになってスライディングキャッチしていた。
一通りチェックを終えて、満足したらしいレアサーラは制服の埃を払い咳払いした。
「それではお話を伺いましょう」
そう言われても何を話せば良いのやら。首を傾げる僕を彼女は白けたまなざしで見つめた。
「では聞き方を変えましょうか。今度はなにをやらかしました?」
僕はうぐっとうめいて目をそらす。リャニスに対してって意味だよね。
「それが……心当たりが多すぎて」
「いつも迷惑をかけてるとかいう話なら、わたくし聞きませんからね。それはもうのろけなんです。ハイハイ、大事にされててようございましたね」
あまりにずけずけ言うので、僕の方はのふらつきそうになった。手足にギュッと力を込めて反論する。
「今回ばかりは本当にダメかもしれないんだって!」
だってと繰り返し、僕は言葉をつづけたけれど先ほどまでの勢いはもうなかった。
「……リャニスに、僕が日本語を使えるってバレたんだ」
レアサーラはぴくっと眉を寄せる。僕はつっかえっつっかえ彼女に説明した。リャニスが日本語と口にしたこと。僕がカードも文字を読み上げた時、彼に驚きはなかったこと。
「それ、もう少し早くわたくしと共有すべきじゃないですか?」
「あ、そうか! ごめんっ」
確かにレアサーラの言う通りだ。日本語が読めるのは、レアサーラだってそうなんだから。
「けれど一つハッキリしましたね。この件はもう、わたくしたちの手には負えないということです」
彼女はすっと息を吸い、ため息をつくみたいに言った。
「殿下に相談しましょう」
「けど」
「他に方法がありますか? 幸いあの方は、ノエムート様のためならどんな手だって使うでしょう? まあそれは、リャニスラン様にも言えることですけどね」
「え、でもリャニスは……」
「ノエムート様はすぐに僕の“せい”っておっしゃいますけどね。あなたの“ために”しているとは思わないんですか?」
レアサーラの指摘に、僕はハッとした。
そうだった。リャニスはいつだって僕の味方だ。厳しいことを言うときだってあるけれど、それは僕のためだ。
すべてを否定的に考える前に、もう一つの可能性について考えるべきなんじゃないか。
「たとえば、例のカードが僕たち日本語を読める人間をあぶりだすためにバラまかれたものだとして……。リャニスは犯人を知っている?」
「もしくは、犯人につながる情報をつかんだとか」
ありえない話じゃないと思った。
カードの謎についてリャニスがなにかウルトラな推理をしたとしてもおかしくない。じゃあなんでザロンに渡ったんだろうって話になるけど。
黒幕はザロンにいる?
それとも、本当に強化だけが目的なのかな。どちらにせよ、あのリャニスが意味のない行動をするわけがないんだ。
「ほら、もう、リャニスラン様を巻き込んでいる可能性は大でしょう? だったら殿下も巻き込んだほうがよろしいかと。あの方は、ノエムート様が巻き込んだところで今さら困りもしないし、むしろ頼られて喜ぶと思いますよ。こうしてコソコソわたくしに相談しているような事態こそ、嫌うことでしょう」
レアサーラはキッパリと言い切った。
彼女が言うには、僕が上目遣いでお願いすれば王子は何でも言うことを聞くんだそうだ。
「僕は悪役令息であって小悪魔系令息じゃないんだよ!」
「似たようなものなのでは? それに、たぶんもう近くまでいらしていますよ」
「なにそれ、予知かなんか!?」
そう叫んだあとすぐ、僕は足音に気が付いた。コツンコツンと響く音は、まるで、自分の存在を僕らに知らせるようだった。
足音が近づいてくるごとに、僕の胸も高鳴った。
まさか、本当に!?
本当に王子が来たんだろうか……。