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15 自立しなきゃ

 リャニスが出ていってから三日間、王子は毎晩やって来た。そしてポメ化しているわけでもないのに撫でていく。

 三日目の晩、王子が帰るころになってようやく僕は我に返り、彼の訪問を断ることができた。


「もう大丈夫です! 本当に!」

 これ以上甘やかされると危うい。

 弱ってるときに付け込まないでほしいよね。王子に対する執着心とか芽生えちゃいそう。勘弁してください!


 思えば僕はいつだっていろんな人に甘えてきた。リャニスや王子だけじゃない。両親や侍女たち。レアサーラや、クラスメイトにだって。

 いつまでもこんなんじゃダメだ。

 自立しなきゃ!

 そのためには体力づくりが欠かせないと思う。


 そこで始めたのが走り込みだ。毎朝、ライラと一緒に体力の限り走る。ライラはメイド服でもめっちゃ早くて、全然ついて行けないけど、お互い自分の限界を超えようねって燃えている。

 でも情けないことに僕の方は疲れるとすぐポメ化する。


 王子は特別な用事でもない限り毎朝迎えに来るから、すぐに治してもらえるんだけど……。とはいえボロッとした姿を見せるのはみっともないし、身支度のあいだ待たせるのも非常に申し訳ない。

 それに、犬の時は平気なのに人に戻ると汗がどっと噴き出るのなんなの。汗だくのところを見られるの、本当に恥ずかしいんだけど。

 こんなときリャニスなら、ごめんねで済んだのに。

 そんなふうに考えかけて、僕は慌てて首を振る。気を抜くとすぐリャニスに頼ろうとする自分を恥じた。


 弟が強くなりたいと言って旅立ったというのに、兄はこのままでいいのか。

 どう考えても、強くならなきゃいけないのは僕の方だ。

 うおおお! 走るぞ!

 そしてポメる。その繰り返しだ。


「ノエム、少し無理をし過ぎなんじゃないのか」

 ポメった僕を撫でながら、王子は気遣わしげに眉を寄せる。

「心配ご無用ですキアノ。体力がついてくれば、頻繁にポメ化することもなくなるでしょう」

 根拠はないが自信満々で宣言すると、王子はため息をついた。


「君は夢中になるとあさっての方向に駆けていくからな。心配するなと言うのは無理だ」

 なぬ。

 そうはいってもポメ化自体が隣の国の文献にわずかな記述がある程度の奇病なんだし、誰も根本的な治療方法を知らないんだから、思い付きでも何でも試すべきなんじゃない?

 なんて、口にするわけにもいかないから押し隠そうとしたら、「ふぁうぅ?」という情けない鳴き声が漏れた。ポメの体は不便である。

「なんだ、その不満そうな声は。本当のことだろう」

 叱るような声色とは裏腹に、撫でる手つきは優しいままで、僕が人間に戻るまでそう時間はかからなかった。


 毛を撫でられるもふっとした感触から、肌を撫でられる感触に変わり、ようやく僕は自分が人間に戻っていると気が付く。

 王子の方が、まだ気づいてないんじゃないかってくらい、じっと僕の瞳を見つめたまま優しく優しく頬を撫でる。

 心臓がドキッと高鳴った。落ち着かない気分になって僕は目をさ迷わせた。


「あの、キアノ……」

「心配くらいさせてくれ。婚約者だろ」

「いえ、違います。婚約者候補です」


 きっぱり答えると、舌打ちのような音が聞こえた。

 いや、まさかね。そんな品のないことするわけがない。王子様だぞ。

「君は本当に強情だな。私のどこが不服だというんだ」

 だから、そういう話じゃないんだって。

 僕は口をつぐんだ。




 今日も僕は走る。

 心配してもらえるのはありがたいことだけど、ここが踏ん張りどころだ。

 僕は、今までだらけていたツケを払っているんだと思う。

 確かに僕の体は厄介だ。疲れるとすぐにポメ化するし、熱を出す。だからと言ってこれまでは自分を甘やかしすぎた。疲れない程度の運動だと、特訓としては効果が薄いから、やっぱり全力で走らなきゃ。


 課題は体力の増強だけではない。勉強もしなくては。

 リャニスがいなくなって、成績が落ちましたなんていかにも情けない。リャニスはいつも授業の前に今日習う範囲の要点をまとめてくれていた。これからは自分でやる。そしてサンサールに教えられるくらいになるんだ。


 特訓、勉強、つらくとも笑顔を維持!

 さあ今日も特訓だ!

 そう張り切っていたのだが、いくらもしないうちに転んでしまった。

 しかも悪いことに、ぬかるみに足を取られ、ドロッドロだ。


「お風呂に入る」

 いくらなんでもこのまま王子の前に出るわけにはいかない。ポメの時の僕はきょるんとしたまん丸い目をしているはずだけど、なんか、半分も開かないもん。

「え、ですが……そのお姿で、ですか?」

 侍女たちに困惑されてしまった。

「お手伝いしましょうか」


 確かに、ポメでは自分を洗えない。

 普段僕はってか、この国の貴族はむやみに肌を見せてはダメっていう文化だから、侍女に体を洗わせたりとかしない。

 ……んだけど、ポメならセーフだろうか。

 うーん、どうだろう。抵抗はある。

 侍女たちに対する恥じらいVS王子に対する恥じらいってわけだ。

 まあ、ポメの時は散々持ち運ばれたりなんだりしているわけだし、今さらかな。


 たらいに湯をはってもらった。ライラが洗ってくれることになったんだけど、むしろ僕が彼女の生足見ないようにしなきゃねって状況だ。

 僕は日本人の感覚も持ってるから、脛が見えたくらいじゃ動揺しないし、ライラも平民育ちだからかもともとの性格のせいか、あまり気にしていない模様。

 ざぶざぶ洗ってもらった。


「あ、ライラ離れて! ぶるぶるしちゃいそう!」

 勝手にしっぽを振ってしまうのと同じように、犬っぽい動作は肉体に刻み込まれている感じだ。

 ぶるんぶるんと雫を飛ばしてしまった。

 ライラはサッと避けてくれたので無事だ。うむ、さすが。

 仕上げに乾いた布でしっかり拭いてもらうと、気分的にはかなりサッパリした。

 しかし、ライラは納得いかないようだった。

「うーん? なんだかいつもより、ふわふわ感が足りない気がします。それに心持ちお腹のあたりの色がくすんで見えるような……」


 自分ではよくわからないや。それより、体がなんとなく重たくて、そっちの方が気になる。

 疲れたのかな?


 椅子の上で丸くなって十分程待つと、王子が来た。

 王子は僕を見るなり、つぶやいた。

「ノエム? なんだか……」

 え、うそ、まだ汚い?

 及び腰になった僕は慌てて言った。

「あの、キアノ! このままで。今日は頭だけ撫でてください! 実はさっき派手に転んでしまって」

「どこか痛むのか?」

「怪我はありません!」


 いや、本当だって。ハッキリ言っておかないと医者を呼ばれちゃう。王子はいつでも大げさなんだよ。

 そんなわけで王子に頭を撫でてもらったのだが、椅子でと説得した甲斐はあった。

 もとに戻ったとき、着ていた服がじっとりと濡れていたのだ。泥も落としきれていなかった。危うく王子のお召し物を汚しちゃうところだよ。


 ポメのままお風呂に入ると、服ごと濡れちゃうのか……。

 すごく残念な結果である。

 新発見の代償として、僕は風邪を引いた。


 三日も特訓を休むことになり、成果がリセットされたような気分になり、僕はまた無理をした。

 でも褒めてほしい。僕は我慢を覚えた。


 ポメ化しそうだなって思ったときにくしゃみをこらえるように、ギリギリで耐えられるようになったのだ。

 夜にはメチャメチャ頭が痛くなるけど、侍女たちも下がったあとのことだし、一晩経てばマシになるからバレてないハズ。

 王子がポメを洗いたいとか言い出さないように、僕も必死なのである。


 それに――。

 リャニスが旅立ちの前に、僕を人に戻してくれなかったのだって、自分でどうにかしろって意味だったのかもしれない。

 まずはむやみやたらとポメ化しないように。

 次は、ポメ化したとしても自分で戻れるように、がんばるんだ。





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