12 すっごく怖い
一角獣を堪能したあとは演習場へ移動する。
すり鉢状の地形を利用して作られた演習場の正面は切り立った崖だ。騎士たちは谷間の細長いスペースで訓練するという。
僕らのいる南側の斜面には、石を切り出したようなワイルドな観覧席が設けられている。
強いて言うなら、河川敷の階段に似ている。それにしては、一段が高すぎるとは思う。
一応、我々第一スクールの生徒たちのところには、日よけ布が取り付けられるなどの特別感があった。ずっと座っているとおしりが痛くなりそうだ。
聖騎士たちは十五騎ずつ二つの組に分かれた。
片方の組から、同じサイズに調整された火球がどかどか飛び出すと、防御側はサッと飛び立って危なげなく避ける。
そうかと思うと上空から雷の魔法をバチバチと落とし、攻守が逆転する。地面にいる側は土壁を作って防ぐ。
次々と繰り出されるギフトの攻防は集団戦ならではの迫力があった。
みんなが楽しそうに見ているから言えないけど、僕は怖くてたまらなかった。大きな音も、金属同士がぶつかり合う音も苦手だ。耳を塞ぎたくなる。
それでも人前だから笑顔を張り付けて観戦していた。
聖騎士たちが脇にさがり、ようやく終わったかなと思ったら、ひと際体格のいい騎士が演習場の中央に進み出た。
「今日は特別だ。活きのいい魔獣が手に入ったので、見習いによる討伐訓練とする!」
わあと周りは盛り上がったけど、僕は悲鳴を飲み込んだ。
ま、魔獣、本物の?
もちろん本物だ。この国にはあまり大型の魔物はいないとされている。
とはいえそれは都市部やスクールのある島のような、守りのしっかりした場所に限った話である。
知ってはいたが、あわずに済むんじゃないかなという気持ちもあった。
というのも、小説の中にバトル要素はあまりなかったのだ。魔獣の記述は薄く、ザロンにはいっぱいいるよ、くらいだったと思う。
討伐の必要な大型魔獣に関しては、どこか遠い話と感じていたわけである。
僕の気持ちが整うのを待っていてくれるわけもなく、魔獣が演習場の中央まで引きずられてきた。
それは、猿に似た生き物だった。ただし、像よりも大きいし背中に翼が生えている。四肢には枷がかけられているものの、顔は凶悪で、爪が尖っていてすごく怖い。
え、あれを?
見習いが討伐する?
驚いているうちに、まだあどけなさの残る騎士たちが十人ほど演習場に入場してきた。去年卒業したばかりの先輩の姿も見えた。
動揺しているのは僕だけで、応援の声は上がるものの、誰も止めようとしない。
猿の枷が外され、ばさりと大きな翼が広げられると同時に、騎士見習いたちがすらりと剣を抜いた。
嘘だろ、剣で行くの!?
せ、せめてギフトで戦って欲しい。遠距離から行こうよ。
「見習いたちは、ギフトの使用を制限されているのです」
僕の疑問に答えるかのように、案内役の騎士が説明してくれた。
彼らはまず、翼を狙うようだ。おとり役が正面で引きつけるうち、一人が背後に回る。うまくいきかけたと見えたが、直前で見破られ、二人が翼に打たれて跳ね飛ばされる。
うう、ハラハラする!
だけどやられっぱなしというわけでもなかった。何度目かの攻撃で、ようやく翼を破り、足を切りつけ動きを封じる。
最後はスパンと首を飛ばした。
くび……、くびを……。
生々しい光景に、血の気が失せた。ぷるっと震えたと思ったら体が縮んでいた。
ポメ化したからパニックになったのか、パニックになったからポメ化したのか、とにかく僕はその場にいられず走り出した。
ポメの小さな体ではとても段を超えられなかったので、生徒たちの足の間を抜ける。
背後から僕を呼ぶ声が聞こえた気がするけど、立ち止まることはできなかった。足元が石から土の感触に変わる。草むらの中、とにかく上を目指した。
林に入ったあたりで不安になった。だけど、引き返すのも怖すぎる。
どうしようか逡巡していると木々の陰から人の声が聞こえた。
「なあ、こんなところでサボってていいのかな」
「構わないだろ。どうせ、俺たちじゃ第一騎士団なんて入れるはずもないし」
「まあなあ」
言葉の中身までは正直入ってこなかった。
声のする方へ向かい、丸三角四角のシルエットが見えると、僕は足を速めた。
手下! 僕の手下だーっ!
いや、正確には違うけど、違うんだけど!
「うわっ、なんだ!?」
「子犬!?」
「か、かわいいっ!」
三者三様の反応ではあるが、可愛いという声はちゃんと聞き取った。
僕は彼らの周りを一巡りし、勢い余ってこてんと地面に転がった。
「な、なんなんだ!」
「あ、もしかして!」
三人組は動揺した様子で相談してる。「いや、まさか」「でも」とかそんな感じで。
「と、トルシカ家のかたですか?」
おそるおそる丸顔の子が代表して尋ねてきた。
そうだよ、ノエムートだよ。答えてあげたいけどちょっと待ってね、息を整えるから。ひとまず「きゃぅ」と鳴いておく。
すると彼らはまた相談モードに入る。
どうする、どうすんだ、の間に、「王子に連絡する?」と聞こえた気がした。
王子に連絡?
そんな、大げさなと困っていたら、背後から、ぴしゃりと冷たい声が聞こえた。
「その必要はない」
あ、リャニスだ。
起きないと心配かけちゃうので、僕はぽてぽて彼に歩み寄る。ひょいと抱き上げられればかなり気持ちが落ち着いた。
「兄上、いきなり走り出すので驚きました」
「ごめんね。怖くて」
背後で「しゃべったあ」とか聞こえた気がするけど、リャニスはスルーした。
「怖い、というのは?」
「その、魔獣が……」
思い出すと、やっぱりダメだ。僕はリャニスのお腹にぐいぐい頭を押し付けた。
「では、このものたちに用事、というわけではないんですね」
違うと答えたのは彼らの方だった。
「お、俺――私たちは決して接近するなと……」
しどろもどろな彼らに対して、リャニスの対応はやけに冷たい。
「殿下がそうおっしゃったのか」
え、そうなの?
僕はちょっと顔をあげた。
「ほかに、殿下はお前たちになにを命じた」
「そ、それはっ――」
彼らはそれぞれ見ざる、言わざる、聞かざるのポーズを取った。
どうやら王子の手下として頑張っているようだ。
悪役令息の手下をしているより安心だね。
「リャニス、本当だよ。やみくもに走っていたら、彼らを見つけたから僕から近づいた。だけど、用事は特にない」
うん。元気にしてるならそれでいい。動揺していたからつい、知った顔を見つけて駆け寄っちゃったけど、僕が近づくと身の破滅かもしれないもんね。
「驚かせてごめんね」
誠心誠意謝ると、彼らは顔をぶるんぶるん振った。
リャニスはやっぱり彼らには塩対応で、その様子を見ておらず、なにやら背後を気にした。
そして彼らに一言だけ、「行け」と命じる。
どこへ?
そう思ったのは僕ばかりではないらしく、彼らもきょとんとしたが、リャニスが睨むと慌てた様子で草むらを踏み分けて逃げていった。
それからいくらもせずに、「いた! あちらです。いらっしゃいました!」
と、マスケリーの声がしたと思ったら、クラスメイト達がぞろぞろやってきた。
「ノエムート様!」
「お怪我はございませんか!」
「いったいどうなさったのですか」
どうやらみんな、心配して迎えに来ちゃったらしい。
僕のほかには、血を見て具合が悪くなっってしまった子は、ご令嬢にも、武闘派じゃない男子たちの中にもいなかったらしい。
この件で、心優しく繊細で、か弱い人って印象がますます強まってしまった。
僕、ご令嬢扱いでよかったのかもしれない。




