11 騎士団見学
今日は騎士団の見学会だ。参加するのは第一から第三スクールの二年生。数少ない合同授業の日なのである。
スクール島から船で一時間ほどいくと、小さな島が見えてくる。
すっかり開放的な気分になり、僕らは甲板に出て少々はしゃいだ。
船着き場には迎えの騎士が二名いるきりで、他のスクール生の姿は見えなかった。先に出発したのかな。
ここから先は徒歩での移動となり、ちょっとした遠足なのだ。一緒に歩くのかと思ったから少し残念だ。
普段から交友関係を制限されていることもあり、彼らとは接点がないからな。
キョロキョロしていたら声がかかった。
「ノエムート様はこちらへ」
どういうことかとそちらを見ると、馬車が一台用意されていた。
「お体があまり丈夫ではないと伺っております。ささ、どうぞ」
騎士に進められるが困ってしまう。
「お気持ちは嬉しいのですが……」
僕だけ楽をするわけはまいりません。キッパリ答えるつもりだったのだが、クラスメイト達の反応の方が早かった。
「まあ、それがよろしいですわ、ノエムート様!」
「よろしゅうございましたね、わたくしたちも安心です」
女子がホッとした様子で声をあげると、男子も頷く。
誰もズルいって顔していない。むしろ乗れという圧を感じる。
僕は一人では倒れんぞ!
「では、レアサーラ様もご一緒にどうですか、崖から落ちる前に」
「お気持ちだけいただきますわ、ノエムート様。一人で落ちるほうが馬車ごと転落するより被害は少ないですもの」
レアサーラは笑顔でとんでもないことを言っているが、周りは当たり前のように受け止めた。
「そうですわね。レアサーラ様だけならなんとかなりますよね」
うんうん、じゃないと思うんだけど……。
わかったよ、乗るよ。乗ればいいんだろ。
内心では、「みんなと歩きたかった」ってしょんぼりですけどね。
その時、クリスティラが無言で僕のそばへやってきた。
「……クリスティラ様? ご一緒しますか?」
確かに、常日頃からぼんやりしすぎな彼女も崖から落ちるタイプかもしれない。
僕らが乗り込んだのを確認して、クラスメイト達は先に歩き出してしまった。
みんなの後を追うように、馬車もゆっくりと動き出す。
クリスティラと二人きりなんてちょっと緊張するな。
また、なんか預言とかされないよね。
ドキドキしながら僕は笑顔を張り付けた。天気の話などしながらやり過ごそうとしたのだが、普通にそっぽを向かれた。
彼女と意思の疎通は難しい。いったいこれでどうやって進学したのか。それは、まあ、特別待遇だろうな。将来の預言者様だしな。
彼女が顔の向きを変えるたび、僕は内心ギクリとした。
彼女が口をぱくっと開くたび、内心ギクリとした。
だが、僕の警戒をあざ笑うように、クリスティラはそのあと一言もしゃべらなかった。
ううう、いつも通りだけど!
なんかものすごく気疲れした。
「馬車酔いしましたか」
降りるとき、手を貸してくれたのは騎士だった。
「いえ、平気です。お気遣いありがとうございます」
エスコートされながらでは行儀が悪いけど、僕は思わずリャニスの姿を探した。
常ならば真っ先に駆け付けてくれるはずなんだけど、騎士の領分だと遠慮したのかな。
リャニスは、そもそもこちらを見ていなかった。
つられて同じ方向を見ると、第二スクールと第三スクールの生徒たちが、到着したようだ。
けどなんか、彼らの様子、変じゃない? 満身創痍というか。
びっくりしていると、騎士が説明してくれた。
実は他のスクール生は、外出の機会を有効利用すべく、訓練をさせられていたらしい。
最初に体力を使わせて、第一スクールの生徒たちに絡まないようにという配慮だとか。
それで、どことなく恨めし気な視線なのか。そんな、仲良くしようよ。
なんとなく彼らを見回すうちに、僕は見覚えのある三人組を発見した。
あの、丸三角四角の特徴的な組み合わせは、悪役令息の手下三人組だ!
思わずニッコリして手を振っちゃったよ。
周りがどよっとしたので引っ込めたけど。
リャニスがサッと近寄ってきて僕に尋ねた。
「兄上、あの者たちとなにか交流が?」
「ん? いや、全然ないよ」
本来なら彼らは今頃、ノエムートの命令で散々な目にあっていたはずだけど、僕の前にはいっさい出てこない。そもそも悪事を働く気がないから、手下は必要ないっちゃないんだけど。
友人になれたかもと思うと少し寂しい。
「リャニス忘れちゃったの? ほら、装置をめぐっていた時に見かけたじゃないか。あの時以来だなって。僕とは直接話をしたわけじゃないし、向こうは覚えていないかなあ」
僕の返答に、クラスメイト達はひとまず落ち着いたようだった。
第二と第三スクールの生徒たちは、まだ動揺してるっぽいな。赤くなっている子もいる。しまった、僕ってば美少年なんだった。これは叱られるやつ。
ひとまずリャニスにニコッと笑いかけたけど、笑顔を返しては貰えなかった。あの顔は「後程おはなしがあります」ってところかな。
「さて、皆も知っている通り、我々騎士団は第一、第二、第三に分かれている」
おっと、騎士の説明が始まったよ。
僕らの身分は学生。貴族の子供ではあるけれど、スクールを卒業するまでは正式な貴族とは言えない。
だからスクールにいるときと同じように、今回も『様』ではなく『さん』扱いだ。
要するに、逆らうことも進行の邪魔をすることも許されない。黙って聞くよ。
第一騎士団は王の警護。第二騎士団は首都の警備、第三騎士団は地方の守護を担当する。
スクールの区分とおんなじで、数字が大きくなるほど格が下がる。第三騎士団には平民だって入団できる。
どのスクールを出るかによって、入団できる騎士団はだいたい決まってしまう。これは、騎士だけの話じゃないけれど。
それでも時々、最下層から這い上がる物語の主人公みたいな子もいるんだよね。
みたいな説明をしている。
今日僕らに演習を見せてくるのは第一騎士団所属の聖騎士部隊だ。ちなみに第一騎士団には王の護衛を務める第一部隊、城の守りを固める第二部隊がある。
聖騎士が第三部隊を名乗らないのは、やはり格の問題だろう。実力主義の精鋭部隊と、一角獣を持つことを許され容姿も選考のひとつとなるエリート部隊は、永遠のライバル関係にあるのだ。たぶん。
説明役の騎士が話を終えて空を指さす。
わあ、と、ひときわ高く歓声が上がった。
聖騎士たちが一角獣に乗って飛んできたのだ。ざっと数えた限り、三十はいるかな。
彼らは少数で活動することが多いから、こうして集まるだけでも圧巻だ。青空の下、馬によく似た一角獣の黒い毛並みと騎士の赤いマントの対比が映えた。
隊列は正確な距離を保ちながら、正方形から渡り鳥みたいなV字型、ダイヤ型など次々に変わって見ているものを楽しませる。
まさに花形。
聖騎士団の仕事は多岐にわたる。王族や大臣の護衛を務めることもあれば、街の治安維持に一役買ったりもする。こうして広報だって担当しちゃう。
しかし一角獣を駆る彼らの強みはなんと言ってもその機動力にあるのだ。王命とあらばどこへでも駆けつける彼らは、少年たちのあこがれを背負っている。
僕としては、ライラに投げられてた人たちっていう印象が強いんだけどね。
彼らが空から降りてくると、生徒たちのテンションはますます高まった。
噛みつかれたりしないように一メートルくらい距離を取る必要があるけど、一角獣を間近で見られるチャンスだ。
まずは第一スクールの生徒たちからってことで、僕を先頭にしてぞろぞろ進む。
可愛い!
黒々とした大きな瞳に、一仕事終えたあと興奮が垣間見えた。どの子もどこか誇らしげだ。
黒いトラ柄の毛並みは艶々していて、許されるなら触ってみたかった。角は短く折り取られてはいるけれど、メッキや宝石で飾られていてどれも趣向を凝らしていているから見ているだけでも楽しい。
うしろが詰まってしまうから、あまり長々見ているわけにいかないってのがツラいところだ。
ふっと視線を感じて顔を上げると、王子の護衛だった。
今日はこちらに参加していたらしい。
さすがに仕事中だから声はかけてこなかったが、ほかにも幾人か見た顔がいて、僕と目が合うとキランと歯を輝かせて笑顔をサービスしてくれた。正直、ちょっと困る。
ライラはあげないぞ。彼女が望まない限りはね。