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10 僕、ルームフレグランスって言ったよね


「噂をすれば、だ」

 まさかと思ったら、本当にマスケリーがやってきたから驚いた。

「ノエムート様!」


 向こうもこちらに気付いて駆け寄ってくる。

「聞いたよ、マスケリー。あのカード、探してくれていたんだって? ありがとう」

 お礼を言うと彼は恐縮した様子で首を振った。

「ですが、結局見つけられませんでした。それに、私が捨てろなどと言ってしまったから……」

 本当だ、すごく気にしてる。僕なんて、ちょっと忘れてたってのに。


「気にしないで。不審なものにやたらと触れないって言うのも正しい判断だよ」

 ただ、そのあと報告までしたら完璧だと思うけど。

 そう付け足すと、マスケリーは神妙に頷いた。

「はい。リャニスラン様にも同じことを注意されました。肝に銘じます」

 マスケリーが正義感の強い子だって知ってたけど、自分にも厳しいんだね。こりゃありがたいを通り越して申し訳ないことしちゃったな。もういいんだよって、伝わってるかも心配だ。

 僕は彼に笑いかけた。


「マスケリー。僕のために探してくれてありがとう。その気持ちがとても嬉しいよ」

 歩み寄り、マスケリーの両手を握り込もうと手を伸ばしたところで、あれ? となる。

 なにやらサンサールがマスケリーを庇うように後ろに引っ張ったんだけど。


「ノエムート様、むやみに触れてはなりません。マスケリーが咎めを受けます」

 マスケリーがいるからか、サンサールの言葉遣いが堅苦しいものに変わってしまった。その上、なんか僕、叱られてる?

 咎めね。実際、怖い目に合わせてしまったことあるしな。ここはおとなしく手をおろしとこ。

 彼らのうしろからリャニスもやってきて「サンサール、よくやった」なんて褒めてるしね。


「それにしても、二人は仲良くなったんだね」

 いいことだと思うけど、二人はそろって嫌そうな顔でお互いを見てパッと距離を取った。余計なことを言ったかもしれない。

 気まずくなって視線をそらした先の、サンサールの手元が気になった。


 サンサールは草むしりにきたんだっけ?

 彼が手に持っているのは、クローバーにタンポポにオオバコ。そのほかにも手当たり次第に雑草を採っているように見えんだけど。

 いったいどんな香水が出来上がるのか、すごく気になるぞ。


 それは次の日、あっさり判明した。

「草だ」

 試しに嗅がせてもらったら、草刈りした後の青草の香りがした。ちょっとどころではなく青臭い。

「僕は割と好き」

 そう言ったら、周りがじゃっかん引いてた。


 そこまでは平和でよかったんだけど、問題は僕の方だよね。

 王子に渡す分の香水は高評価を貰った。

 そんで、女子たちにいつ渡すんですかっていうキラキラした瞳で見つめられている。なに公開イベントみたいにしてくれちゃってんの!?


 教室にやって来た王子が空気を読み取って、にっこりしちゃったよ。

「なにかあるのか?」

「えーとその」

 がんばれ僕、下手に照れるほうが被害は大きいぞ。ここはサラッと渡すんだ。サラッと。


「授業でルームフレグランスを作ったんです。それで、もしよろしければキアノにためしていただきたくて」

 ちなみに出来上がった香水は、アロマストーンとともに箱に入れてある。蓋を開いて中身が見えるようにして渡す。


 周りの視線が痛くて、すんごい恥ずかしいのに、王子ときたらいつもの軽快さはどうしたのって感じだ。

 まばたきを繰り返すばかりですこしも動かず、僕が捧げ持つ香水をただじっと見つめている。

 なに、なんか問題あった!?

 冷や冷やしていると、やがて王子は、震えの混じる声で呟いた。


「――本当に?」

「いえ、無理にとは」

 引っ込めかけた手を箱ごととられてしまった。

「要らないなんて言っていないだろう!」

 少々慌てた様子だ。


「ただ、……君からそんなものを貰えるなんて思っていなかったから、驚いたんだ」

 大げさである。香水は恋人に渡すものといっても、これはルームフレグランスなのだから、もっと気軽なやり取りになるはずだ。

「ルームフレグランスですよ」

 ちゃんと聞いてるよね。心配になって来た。




 それから数日後、僕は十三歳の誕生日を迎えた。

 その日はちょうど休日で、昼下がりに王子が部屋を訪ねてきた時、僕はリャニスとお茶をしているところだった。

「なぜいる」

「兄上の誕生日ですから、弟としてお祝い申し上げるのは当然のことです」


 二人が対抗意識を燃やすのは、もはや挨拶みたいなもんなので、ここはスルーして大丈夫。僕はひとまず、王子を出迎えた。

 彼に歩み寄ったその時、なんとなく、なにかが引っかかった。

 なんだろう、いつもと何かが違うような。でも、何が違うのかよくわからない。

 内心で首を傾げつつ、僕は彼を案内する。


「リャニスがケーキを用意してくれたんです。キアノも一緒に召し上がりませんか?」

「君の誘いを断るわけにはいかないな。だが、先に受け取ってほしいものがある」


 王子が差し出したのは、誕生日のカードだ。チラッと見た限り、『君の瞳に私だけを映してほしい』とかなんとか返事をしにくいことが書いてある。いや、返事を書く必要はないのだが、一年間飾っとかなきゃいけないんだよね、これ。

「それと、これを」

 ん? プレゼントかな。

 この世界では本来、誕生日にプレゼントを渡すのは家族だけなんだけど、王子は去年も内緒だと言って琥珀のボタンをくれたっけ。

「どうしても君にあげたくて。内緒で受け取ってくれないか」


 そう言って、綺麗な小箱をパカッと開ける。

 中身を見たら辞退の言葉が引っ込んでしまった。

「クワガタ?」

「そうだ。君は花よりも虫の方が好きと聞いたから、細工師に頼んで特別に作らせた」


 そうなんだよね!

 役割のせいか雰囲気のせいか、花をモチーフにした小物を薦められることが多いけど、こう見えて男子なので、昆虫に愛着がある。剣や盾のモチーフだってもちろん好きだ。技量を考えたら皮肉すぎるので、身に着けることはしないけど。

「手に取って見てもいいですか?」


 横からリャニスが小声で止めるのは聞こえていたのだけど、好奇心には勝てなかった。

 体には瑪瑙(メノウ)が使われていて、大あごや触角、脚なんかの細かいパーツは金でできている。

 引くほどリアルではなく、けれど一目でクワガタとわかる、愛らしい作りだ。


「足を取り外してピンをつければ、ブローチとしても使える」

「え、すごい!」

 ところが、リャニスがすっと進み出てそれを止めた。

「殿下、このような高価な物をいただくわけはいきません。装身具となればなおさらです」


 うう、そうなんだよね。けど、少し残念だ。自分で買いたいくらい。

「これは、ただの置物だ。工夫をすればブローチとしても使えるというだけだ。瑪瑙はもともと私が持っていたものだし、細工師は無名の新人だ。だから、高価というのも当てはまらない」


 さすがは王子。逃げ道を用意している。

 僕は思わず笑ってしまった。

「ありがとうございます、キアノ」

「兄上――」

「内緒にして、リャニス。気に入ってしまったんだ。よろしければ職人を紹介していただけませんか?」

「喜んで、……と言いたいところだが、やめておこう」


 拒否されるとは思わなくて、肩透かしを食らってしまった。

「君に任せたら、とんでもないものを作りそうだからな、職人が可愛そうだ」

 んなっ!

 王子の前なので、叫び声は堪えたが、なんでやねんという気持ちでいっぱいである。


 視線だけで気持ちが伝わったのか、王子は苦笑して、僕を諭しにかかった。

「ノエム。ミミズもムカデもカメムシも、装身具にしてはいけない」

「し、しませんよ?」

 さすがに、僕にだってそれは女子受けが悪かろうと予想できる。

「ダンゴム――」

「うん、ダメだ」


 笑顔できっぱり断言されてしまった。応援がほしくてリャニスを見ると、彼もまた王子と似たような笑顔だった。こんなときばかり意気投合しなくとも。

 それじゃまるで、僕が変みたいじゃないか!

 ここは男の子同士、昆虫談義で盛り上がるところだろ。ダンゴムシは昆虫ではないとか言い合うところでは?

 だけど僕の望みに反して、二人の眼差しは冷ややかだ。

 いたたまれない。


 別に、はぐらかそうとしたわけではないのだが、ちょうどそのタイミングで、僕の鼻が甘い香りを嗅ぎ取った。

 ほのかなバラの香りだ。匂いの元をたどろうとしても、するりと逃げられる。

 え、嘘だろ。

 僕はようやく、さきほどの違和感の正体に気が付いた。王子の匂いがいつもと違うのだ。これってまさか――。


 王子の肩をガシッと捕まえて、背伸びで首のあたりに鼻を近づけた。


「キアノ、まさか、アレ使いました!?」

「ノエム!?」

「逃げないでください!」


 嗅覚で真実を明かしてやろうとしたところ、リャニスが慌てた様子で後ろから僕を引っ張った。さっきから、名前を呼ばれているなとは思っていた。けど、それどころじゃなくない?

 王子はといえば、首に手を当てて、ものすごく照れくさそうに自供した。

「うん」

 うん、じゃないし!

「僕、ルームフレグランスだって言いましたよね!?」

「成分的には問題ない」

「気持ちの上では大問題ですよ!」


 こういう場合どうなるの?

 僕は恋人として、王子に香水を渡したわけじゃない。あくまでも友人としてルームフレグランスを渡したのだ。

 けれど彼が香水として使ってしまったら?

 周りはどう受け止めるだろう。


 助けを求めてリャニスを見ると、さすがに予想外だったのか言葉を失っていた。

 混乱した僕は、癒しが欲しくなった。

 ぽすっと、リャニスの肩口に鼻をうずめる。


「うむ。嗅ぎなれた匂い」

 落ち着くね。なにやらリャニスは固まっちゃったけど。

 すると今度は、王子が僕を引っ張る。

「ノエム、何をしてるんだ」

「何って、僕が聞きたいですよ。何してくれちゃってるんですか。ルームフレグランスは体につけちゃダメなんですよ!」

「そうじゃなくて!」


 え、なんで僕が怒られる流れなの。

 すーはーと大きく息を吸い直したリャニスまで、僕を見おろし目を尖らせている。


「兄上、ご自分がポメ化していると勘違いなさっているのでは?」

「え?」


 指摘されて、僕は遅れて気が付いた。

 今、僕嗅いだね。思い切り二人のこと嗅いだね。ご令息たるノエムートの行動としては、ちょーっと不味かったかもしれない。

 その証拠に、王子は怖い感じの笑顔を浮かべ腕組みしている。

 リャニスは口を引き結んで説教モード。


 「……ばうわう」

 僕は鳴いてごまかした。




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