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9 雨の日は特別授業



 今日作った分のポーションを提出して、次の授業に向かおうとしたら先生に引き留められた。

 生徒がぞろぞろ廊下に出ていくのを見送る。リャニスは待っててくれるみたい。


「ノエムートさんに残念なお知らせがあります」

 なんのことだろうと顔をあげると、先生は申し訳なさそうにしていた。

「ノエムートさんが欲しいと言っていた例の不審なカードなんですが、お渡しできなくなりました」

「そうなんですか?」


 妙な仕掛けや毒の類はなかったものの、やはり出自不明のものを生徒に持たせるわけにはいかないだろうと、先生たちの間でまとまったそうだ。カードは学校側で保管されることになった。

 むう、残念だけどちょっと諦めきれないな。僕はダメもとで聞いてみた。

「職員室に出向いて、書き写すのはどうですか?」

 すると、先生方と相談すると返って来たものの、そっちは案外あっさり許可が下りた。


 そういうわけで、放課後、職員室の隅のほうでささっとカードを書き写している。

 僕がここにいることをどこで知ったのか、王子がやってきて僕の作業を興味深げに覗き込んだ。

「それはなんだ」

「わかりません。わからないので、気になって」


 嘘は言っていない。

 カードに書かれている文字は日本語に見える。そこまではわかるが、意味はさっぱりわからない。ワクブ、ブクワ、クブワ? もう一文字は何が入るのやら。



   ◇

 次の日から、三日続けて雨だった。

 雨の日には雨の日なりの授業がある。

 たとえば、水の跳ねない美しい歩き方、とか。


 わざと汚れが目立つ衣装に着替えてやるんだよ。

 男子は儀礼服みたいなヤツ。女子はドレスで僕はいつもの。例によって男女どちらでもない聖職者っぽい服で参加する。いいな、儀礼服。みんな普段よりカッコよく見える。僕も着たかった。

 授業は難なく合格したよ。


 これは、普段から歩き方に気をつければ大丈夫なんだ。体の重みをかかとに必要以上かけないこと。足首からつま先までまっすぐおろすこと。お腹を意識するのがコツ。


 だけどレアサーラは久々にドジを発揮した。サンサールを巻き込んで顔まで泥だらけになってしまった。

 授業中のことなので、笑いを堪えるのに必死だった。


 次の日の授業は真逆で、汚れる前提でぬかるんだ道を歩いたり走ったりする訓練をした。体力に準じて剣が増えたり荷物が増えたりする。

 僕? 身軽ですが?

 それでも結構きつくて、集合場所には誰よりも遅れて到着した。そして昨日の仕返しとばかりにレアサーラにあざ笑われてしまった。ちょっと悪役令嬢っぽくて面白かった。


 疲れも吹き飛んだとか言いたいところだけど、それはまた別だよね。

 みんなで、足湯とかできたらいいのに。

 ダメなんだけどね、ここ、生足さらしちゃいけない文化だから。


 三日目は雨の中で、炎のギフトを使う練習だったらしい。

 伝聞なのはお休みしてたから。

 雨に打たれて寒さで弱った僕は、ポメ化してしまい、お部屋でぬくぬくしてたのだった。みんな、がんばれ!


 それから休みを挟んで、ポーション制作日の前日となった。その放課後、僕はサンサールと雑談していた。リャニスがクラスメイトに勉強のことで質問を受けていたので、彼を待つあいだのひと時だ。

「ノエムート様、あの香水、王子様にあげるんだよね」

「そのつもりだよ。よほど出来が悪くなければ」


 サンサールにまで聞かれるとは思わず、目をパチパチさせていると、なぜかため息をつかれた。


「ぜひそのまま仲良くしてて欲しいよ」

「なんで?」

 思い切り顔をしかめてしまった。サンサールは呆れた様子で肩をすくめた。

「なんでって、それがいちばん平和だろ。あの王子様が裏からどんだけ手を回してると思ってるんだよ」

「え? 知らない。知りたくない」

「知っとけよ、元凶だろ」


 そんなことを言われても僕だって困る。

 そっぽ向いて口笛でも吹きたいところだ。

 見てないよ、僕は。

 訓練場の裏手で、王子が男子生徒を脅してるところなんて。「ノエムは私の花嫁となるのだ。どう振る舞えば正解か、わかるな?」とか黒い笑顔を浮かべていたところなんて。


 僕が口を尖らせたのを見たからか、サンサールはダメだこりゃって感じで首を振って話題を変えた。

「そういや俺もさあ、次は香水を作ろうと思うんだよね」

「さ、サンサールが香水を!? いったい誰にプレゼントするの?」


 僕はギョッとしてしまった。お祝いの気持ちよりも、驚きの方が大きかったのだ。

 リャニスの厳しい指導の成果もあり、最初の頃の野生児じみた雰囲気はだいぶ鳴りを潜めてしまったが、そんなところまで貴族に染まらなくたっていいのに!

 女の子に香水を贈れるほど成長しちゃったなんて、なんか、無性に寂しいぞ。

 このこと、リャニスは知ってるのかな。


「いや、そういんじゃなくてさ。ひょっとしたらタダで材料が集められるんじゃって思って」

 いいやここは祝福してあげなきゃ。

 お赤飯の準備が必要かな。小豆どこ!?

 衝撃のあまり変なことまで考えていたら、無料という単語が飛び込んできて、ますます混乱する。

 無料の香水をプレゼント?


「んえ?」

 僕があまりにも呆けてしまったせいか、サンサールは呆れた様子で事情を話してくれた。


 どうやら彼は、養家にあまり借りを作りたくないらしい。

 これまでは、スクールで用意してくれる材料とか、余った材料をもらったりしていたらしいが、そろそろ自力で材料を得たいというところなんだとか。


「採集ってどこに行くの?」

「ノエムート様俺の話聞いてた? 結構言いづらいこと言ったんだけど……」

「いや、込み入ったことを聞くのはどうかと思って」

 気遣いですよ。決して僕の興味が、採集に偏っちゃってるからじゃない。

「で? どこに行くの?」

 期待の眼差しでサンサールをみつめると、諦めがついたのか白状した。


「……校内だけど……」

「校内のどのあたり?」

 あるんだ! 採集してもいい場所が。校内なら僕も行ける。気がせいてしまうが、それでも僕は楚々と振る舞った。すっと音を立てず立ち上がる。


「ついてくるとか言わないでね」

「なんで!?」

 行く気満々なんだけど。

「前に蛇を見かけたあたりなんだよ。ノエムート様はちょっと目を離すとかぶれるし、草で手を切るし、ポメるし」

 言いたい放題されて、僕はムッとした。けれど反論する前にサンサールはリャニスをビシッと指さす。

「だいたい、ノエムート様が許可を取らなきゃいけない相手は俺じゃないだろ」


 名指ししたせいか、リャニスが話を切り上げてこちらへきた。

 相手に悪いなと思って会釈すると、大げさに「とんでもないです、どうぞどうぞ」みたいなジェスチャーをされてしまった。


 それからひと悶着あったけど、結局サンサールと一緒なら問題ないという話に落ち着いた。

 リャニス自身は勉強が終わり次第合流するつもりらしい。


「リャニスってば俺のこと信頼しすぎじゃない!?」

 サンサールは大げさにため息なんてついているが、自慢か?

 弟からの信頼、のどから手が出るほど欲しいですね。誕生日にでもリクエストしてみようかな。ダメか、真顔で諭されそう。


 それにしてもリャニスがサンサールに言ってた、「ヘビを捕まえても兄上には渡すな」ってどういうこと。

 僕には捕まえられないって思ってるのだろうか。

 ポメなら捕まえられるかもしれないじゃないか。……ヘビをくわえるのは、ちょっと嫌だな。


 サンサールは吹っ切れたのか、道をざかざか進みながらなにやら歌っている。

 最初はでたらめだったのが、橋を越えたあたりから授業で習っている歌に変わった。と思ったら途中で止まっちゃった。


「この続きって覚えてる?」

「もちろん。覚えてるよ」

 らららーんと続きを歌ってみせれば、サンサールはしきりに頷き、僕の歌に声を重ねた。


 サンサールは数少ない声変わり前仲間だ。それに、僕がライバルと認める歌うまなので、一緒に歌うと非常に気持ちいい。彼のほうもそうなのか、頭から通しで歌ってしまった。

 スクールの奥のほうまで来ると、人もいないから解放感がある。

 声はどんどん大きくなり、最後は二人で拍手を送り合った。


 はー、楽しいね。

 だけど変だな。なんだかサンサール、やけにニマニマしてない?

 そして僕はようやく気が付いた。

 ここは、以前蛇を見かけたところだ。このホオノキには見覚えがある。

 謀られた! こんなに騒いだら、蛇だって逃げちゃうじゃないか!


 恨みがましく睨みつけたら、彼は声を立てて笑った。

 いいもんね、僕には他にやることがあるだから。


 サンサールが草むらを探し始めたのをちらりと見やって、僕も探索を開始する。

 そう、ここは以前、サンサールたちが例のカードを捨てたと言っていたところなのだ。

 なかなか探しに来られなくて、今さらかもしれないがせっかくここまで来たんだし。


 草むらにそろりと手を差し出してギフトの波動を探す。

 しばらく集中していると、サンサールから声がかかった。


「ノエムート様、もしかしてあのカードを探してる?」

「バレた!?」

「なんで驚くんだよ。気づくだろ、普通に」

「いや、もうみんな忘れてるかと思って」


 日本語が書いてあるから僕には興味津々なんだけど、他の人には読めないハズだ。話題に出している子もいないし、正直、僕も先生に言われるまで忘れていた。

 サンサールは苦笑して頬を掻いた。


「うーん、それがさ、マスケリーの奴が気にしてて」

「マスケリーが?」

「ノエムート様が興味を持ったみたいだから、あれからすぐ、マスケリーと探しに来たんだよ。けど、見つかんなくって」

「探してくれたんだ……」


 僕は心底驚いた。


「ありがとう! マスケリーにもお礼を言わなきゃ」

「やっぱ、ノエムート様は責めないよな」

「責める?」


 サンサールが変なことを言うので僕は首を傾げた。

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