8 香水作り
次のポーション作りの授業の日、教室に摘みたてのヒーリングローズが届けられた。
茎と葉は取り除かれていたので、作業は花びらをむしるところからだ。ガクにも地味にとげが付いているのでここは素直に手袋を使うよ。
それにしてもすごくいい香り。
僕は思わず、花をひとつ手に取り嗅いでみた。
欲を言えばやはり、香りにもうすこしスパイシーさが欲しいところだ。でも何を混ぜたらいいんだろう。本物の……というか前世の記憶によれば香水っていろんな香りのブレンドでできてた気がする。
でも、今はとりあえず基本の基本ってとこなので一種類でよし。やってみるとしたら次からだな。一応王子に渡す予定だし、無難にいきたい。
考え込んでふと顔をあげると、なにやら視線をあつめていた。
嗅ぎ過ぎ? 不衛生?
僕はそっと嗅いでいた花をわきによける。これは使いませんよっと。
ガクを取り除いたら花びらに水を加え、ギフトで包むように宙に浮かせる。
さあ、集中しないと、大惨事になるぞ。
ここから、内部を圧縮して加熱。油分と水分に分けて取り出すわけだから。
蒸留ってさ、なんか複雑な形状の器具を使う気がしてたんだけど、ギフトで作るとなんていうかこう、力業ですねって感じ。首の細まった瓶の中へ直接入れていくんだね。フタは空いてるから転移とかじゃないけど、絶対ここに入れるという強い意志を持たないと全部こぼれそう。
その辺のコントロールもギフト頼りだ。
油分を取り出すと念じながら、額に汗がにじむくらいがんばる。やがてほんの数滴、瓶の中にバラのエキスが落ちた。
「そろそろよろしいでしょう」
先生に言われて目を向いてしまった。たったこれだけ!?
「そういうものです。次は隣のビーカーへ水分を入れましょう。ローズウォーターがとれますよ」
そういうものかあ……。
よし、気持ちを切り替えよう。
ローズウォーターってアレだよね、肌を整えるやつ。
水分水分と念じていくと、こっちは結構とれたのでホッとした。
搾りかすを脇にどければ、下準備は完了だ。
まずは香水を作ってしまう。
アルコールの代わりにギフトを使い、油分を水に溶かしていく。そう、仕上がりに差が出るのはむしろここからだ。がんばるぞ。
さりげなく香るのがいいな。いま良い匂いした? ってもう一回嗅ぎたくなるような。
捕まえようとしてもひらりと逃げる花びらみたいな香りにしたい。
さて、ギフトを用い、本来水に溶けないハズの物質を溶かしていく。この作業にすこしばかり覚えがある。似たようなことをすでにやったことがあるんだよね。
毒耐性を高めるために、薄めた毒を作っていたころのことだ。
修行の結果は、まあ残念な限りだったけど。あれってポーションの一種だったんだね。
そんなわけでするっと完成しちゃったので、ローズウォーターの方も仕上げちゃおう。
こっちは肌につけるものだから、とろみのある仕上がりにすればいいかな。よし、いい感じにできたぞ。
なんか僕、才能あるんじゃない?
ポーション作るの、めっちゃ楽しいな。
仕上がりの評価がもらえるのは、一週間後なんだけど、先生の反応を見る限り悪くなさそう。
ふふんと得意になっているうちは良かったのだが、少し早く仕上げすぎたようだ。手持ちぶさたになってしまった。
すると、そこへリャニスがやってきた。授業中だし声を潜めて会話する。
「兄上、完成ですか?」
「うん。リャニスは何を作ったの?」
「湿布です」
しっぷ?
また意外なものを。思わず首を傾げてしまった。
「足が少し痛むので。――あ、いえ、成長痛だそうです」
ギョッとする僕をなだめるように言い添えた言葉に、僕はまた驚いてしまう。
「伸びるんだね」
リャニスはすでに170センチを超えてそうではあるんだけどな。そっか。そっかあ……。
僕はようやく150センチに届いたとこだよ。
ぽけーと見あげていたら、リャニスの眉毛がちょっと下がった。
「嫌なわけじゃないよ!」
体の前で手を振ってみせた。慌てすぎて声が大きくなってしまったので、また潜める。
「大きくなったらますますカッコよくなっちゃうね」
へらりと笑ってみせると、ごまかしだと思ったのかリャニスはイマイチ納得してない様子だ。
間違いないよ、僕が保証する。
だけど……。
背が伸びる薬でも開発しようかな。
「それより兄上、あれは使わなかっったんですね」
マジメに検討を始めていたため、少し反応が遅れてしまった。
アレとは?
不思議に思ってリャニスの視線の先を追うと、先ほどわきに避けたバラが見えた。
うむ。忘れてた。
「使わないのでしたら、いただいてもかまいませんか?」
「いいけどそれ、僕が嗅ぎまくったやつだよ」
「嗅ぎ? ああ、香りを確かめていたんですね。――キスをしていたのかと思いました」
意外な単語が飛び出して、一瞬耳を疑ってしまった。
「キス? いやいや全然」
花にキスするのって、王子かホストくらいじゃない?
リャニスも変なことを言ったと思ったのか、どことなく居心地悪そうにしている。それでも、彼がもう一度チラッとバラの花を見たので、とりあえず手渡してしまう。
「はい」
「では、遠慮なく」
何に使うのかなと思って見ていたら、リャニスの手のひらで、パキパキパキと音を立て花びらが端の方から固まっていった。石化してる?
見た目は全部石に変わり、パキパキいう音もやがて途絶える。
リャニスはそれをつまみ上げ、僕の手に乗せた。
「これは?」
「香水をそこに垂らせばいいのではないかと、ただの思い付きです」
つまり、アロマストーンみたいに使うってことかな。
「王子に渡せばいいの?」
「そんなことをしたら、王子が妙な顔をなさるでしょうね」
そうだろうか。そうかも。「僕からです」って香水を手渡した後、「こっちはリャニスからです」とコレを取り出したとする。王子の顔面が中央寄せになっちゃいそう。
「じゃあ、僕が貰ってもいいの?」
「……生花で作ったものなので、ひと月も持たないと思いますが」
「そっか。ありがとう」
花の形そのままの不思議な石をあちこちの角度から眺めてみる。花びらが結構鋭利だ。リャニスもそれに気づいたのか、僕の手からそっと石を取り上げた。
「怪我をするといけませんから、整えてからお渡ししますね」
相変わらずの過保護っぷりである。
それにしても、なるほどだな。
リャニスはいつもさりげなく僕に的確な助言をくれる。
ルームフレグランスだと主張するなら、こういったものを用意するのも有効だよってことだろう。
あとで侍女たちに良さげなものを探しておいてもらおっと。