7 花言葉とか面倒だ
正式に招待状が届いた時、名目がお茶会になっていたので僕は服装に迷った。
「汚れてもいい恰好で、じゃないの?」
ジャージに軍手、火ばさみを想像しかけてそれはゴミ拾いだと軌道修正する。
今回向かう先はスクール島の外にある。
そのため、お茶会の前に実家へ顔をだす必要があるのだが、授業終わりにすぐ出発すれば、夕食の時間にギリギリ間に合うと、リャニスが采配してくれた。
そう、お茶会は一緒に行けなくても、実家には一緒に帰りますとリャニスが言ってくれたのである。正直嬉しい。
「帰ったら久しぶりに僕の部屋で夜明かししようよ」
って誘ったらきっぱり断られちゃったけどね!
残念ながら、リャニスは跡取りなので、僕と違ってこの機会にこなさねばならない用事がたくさんあるらしい。
「ごめんね、お兄ちゃんばかり遊んで」
「社交も大切な仕事ですから」
真顔で諭されてしまった。そっか、社交になるのか。遊びに行くつもりでいたよ。
夕食はごちそうが並んだ。
母、顔には出さないけれど歓迎してくれているらしい。
証拠に僕の好きなフライドチキンとフライドフィッシュがある。なぜなのか、あげものは庶民のたべものみたいな位置にあり、なかなか出てこないんだけよね。好き好き食べたいってアピールをつづけた甲斐があった。
でも僕は知っている。本当はリャニスだって結構あげもの好きだもんね。チキンよりもフィッシュの方が好きってのも見抜いているぞ。
「それで、学校はどうですか?」
料理に夢中になっていたら、母から重々しい一言が飛び出した。
僕は一瞬ギクッとしたけれど、二年になってからはまだ問題を起こしていないハズだ。だからニコリと答える。
「リャニスはよくやっています」
「ええ、そうでしょうとも」
あ、冷たい目で見ないで。
「兄上は、ポーションの授業をことのほか楽しんでいらっしゃいますよ」
自分で自分のことをよくやっていますとは言えないもんで困っていたら、リャニスが助け舟を出してくれた。
「そうなのです。今回薬草園に招かれたのもポーション作りのためでして。そうだ、そのことで母上にお聞きしたいことがあったのです。王子に香水を贈ってはどうかと言われたのですが、贈り物として問題ありませんか?」
母は「そうですね……」と少し考えるそぶりを見せてから頷いた。
「花言葉にさえ気をつければ問題ないでしょう」
出た。花言葉。ここで必要になってくるのか!
えー、面倒だな。
僕が知ってる花言葉って今のところひとつだけだ。イレオスがうちの庭に来たとき言っていた、オダマキが「愚か」ってことだけ。あまりにもインパクトが強すぎて一発で覚えてしまった。
僕が沈黙してしまったせいか、リャニスが素晴らしい助言をくれた。
「身に着けるものではなくて、ルームフレグランスにすれば、それほど気負うこともないのでは?」
「ルームフレグランス! それでしたら小さいころ母上にいただいたことがありましたよね」
確かはじめて一人部屋を与えられたとき、寂しくないようにと母の部屋と同じ匂いにしてくれたのだ。そこから徐々に自分の好みにシフトしていく。
それなら確かに、その日の気分で変更したり、部屋によって変えたりできる。
すると母上もどこかホッとしたようにうなずいた。
「そうですね。あなたにはそのくらいがちょうどいいかもしれません」
どことなく引っかかる言い方だけど、とにかく王子に贈っても変なことにはならなそうでホッとした。
「ですが、いい機会です。花言葉のこともきちんと学ぶのですよ」
「はい、母上」
夕食後、僕は我が家の図書室へやってきた。リャニスも一緒だ。
花言葉辞典をぺらぺらめくってすぐに挫折しそうになった。
うん、一つの花に複数の言葉があるのやめてほしいな。紛らわしい。あと逆引が欲しい。
王子と言えばやっぱりバラだけど、バラの花言葉ってやたらと情熱的だ。
あ、ピンクの薔薇なら感謝という意味があるらしい。これでいっか。
ため息とともに本を閉じると、リャニスが驚いた様子でこちらを見た。
「もう読み終えたのですか」
「まだだけど……、ねえ、リャニスはどんな香りが好き?」
「え? 俺ですか?」
「うん」
別にただの興味本位というわけでもない。感謝というのならリャニスにだって必要だよなという、当然の帰結だ。
じっと見つめると、リャニスは目に見えてうろたえた。
「さ、さっぱりしたもの?」
僕はぽかんと彼を見上げた。彼らしくないざっくりとした答えが返ってきたな。疑問形だし。
「あの、殿下に差し上げるのではなかったのですか?」
「そのつもりだけど……王子はほら、薔薇のイメージしかないから。もうそれでいいかって」
「兄上、もう少し言い方を」
「ああ、ごめん」
投げやりすぎたかな。一応謝っておこう。
「でもさ、王子はすでにお気に入りがあると思うんだよね。アレだよ。抱き上げられたときにふわっと香るヤツ」
もうアレでいいよ、完璧だよ。はいはい、王子様ですねって感じの甘くてスパイシーだよ。
「そんなわけで王子はともかくリャニスだよ!」
「いえ、ですがやはりそういったものは」
なにやらゴニョゴニョ言っているが、僕はあまり聞いていなかった。リャニスの部屋はたしか森林系の香りだったよな。
ああいうのが好きなのかな。
「バラ縛りならなら白かなって思ったんだけど……」
「え!?」
「さっきチラッと見ただけだけど、尊敬とかあった気がする」
「ちょっと待ってください! 兄上は、もう少し意味をお調べになったほうが良いと思います」
僕は思わず顔をしかめた。
めんどう。
「それに、殿下に贈られるのでしたら、俺にも、というのは控えたほうがよいかと。授業で作ったものとなるとなおさら。兄上の評判に関わりますから」
「ルームフレグランスでも?」
「はい、それでも」
なんで?
って思ってしまう。感謝の気持ちは一人とは限らないじゃないか。
「レアサーラにあげるときも?」
「あ、はは……」
あはは!?
なんか僕、笑われるようなことを言っただろうか。
「兄上は、そうですよね。もしかすると、ライラ達にもあげたいと考えてらっしゃいますか」
「うん。日頃の感謝を伝えるのにいいって聞いたんだけど、違うの?」
リャニスは胸元を抑えてかすかにため息を漏らした後、困ったように微笑んだ。
「でしたら、ポーションではなく、ギフトを込めないものを贈ったほうが良いでしょうね。回復ポーションや毒消しポーションと違って、香水の形ではやはり誤解を受けやすいので」
「ルームフレグランスでも?」
「ルームフレグランスでもです」
なんだかよくわからないな。
次の日予定通り僕は薬草園へ行った。参加者は二年の女子三人プラス僕。
動きやすい服とかそういうの、完全に杞憂だった。本当にただのお茶会だったんだよ。
薬草園は見学だけ。綺麗に区分けされた薬草たちは見ごたえがあったし、勉強にもなった。でも採集はさせてもらえなかった。そりゃそうか、荒らしても困るしね。
ところで、クラスメイトの親に挨拶するということで、僕ものすごく久しぶりに外向きの顔ってヤツをつくったよ。
「お招きありがとうございます」
身内だけになると、三人はキャッキャと楽しそうに言った。
「きちんとしてらっしゃるノエムート様はやはりとても美しいですね」
「本当に!」
「ほれぼれしますわ」
その言い方だと、普段僕が気を抜いてるみたいに聞こえるよ。
……気をつけよ。
本日のホストであるタルエが、お茶会の席で僕に水を向けた。
「ところでノエムート様、香水にお使いになりたい花はもう決まっていますか?」
「無難にヒーリングローズにしようと思ってるよ」
「殿下にはバラがお似合いになりますものね」
「みんなは違うの?」
何気なく尋ねると、微妙な笑顔を浮かべた。
「え、まさか遠慮してるとか?」
「いえ、そうではなくて、バラの香りが似合う人はそういませんから」
「あー……。イレオス様ならお似合いになるのでは?」
バラ、背負ってても違和感はないと思う。
「イレオス様はバラというより」
「そうですわね、なんというかもう少し涼やかな香りがお似合いになるのではないでしょうか」
「そうそう! 心の奥までは踏み込ませない、みたいなところがおありですものね!」
ほへ、そういう評価なんだ。
「ノエムート様だってお似合いになりますよ、バラ」
「色は白がよろしいかと」
「きゃー!」
「ですがですが、殿下とおそろいでおつけにならないのですか」
え、すごいもりあがるね。
白いバラはリャニスに止められたんだけど。いや、それよりも訂正しておかないといけない単語があったな。
「僕、ルームフレグランスにしようと思ってるんだ」
声を合わせて「え!?」と言い、とたんにすんとなる女子たち。
タルエは頬に手を当て、さも残念そうにつぶやいた。
「そうですか、それもいいかもしれませんね」
「ノエムート様は、白いバラと言っても、まだつぼみですものね」
あとのふたりもしきりに頷いている。
え、なに。また花言葉かな。やばい、付け焼刃じゃ会話についていけないぞ。
ここはあいまいに微笑んでおこう。
「では、皆様の分の花や薬草は授業当日に届くよう手配しますので」
タルエが解散を告げてその日はそれで終了だ。
家に帰って来た僕は、せめて採集気分だけでも味わいたいと、庭の花をすこし切らせてもらった。
丸裸にするつもりはないのだけど、庭師のおじいちゃんがやけにハラハラした様子で背後に控えていた。
ライラも止めたそうに手を上げ下げしていた。
そこまで心配しなくてもいいのにな。
「白いバラのつぼみに、何か特別な意味があるのかな」
ライラに聞いてみても首を傾げられてしまったので、僕はおとなしく図書室へ行って辞典をめくった。
まだ恋を知らない、的な意味が書いてあって僕はにっこりした。
「なんだ。みんなようやくわかってくれたのか」