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6 結果は変えられる

「ノエムート様、お召し物が!」

「なんてことなさいますの、レアサーラ様!」

 まわりの声が責めるような響きを帯びて、僕は我に返る。


「も、申し訳ありませんノエムート様、わたくし……」

 地面に膝をついたまま、少女はギュッと目をつぶった。ちょっと震えてる。すごくかわいそう。


「レアサーラ様、どうかお気になさらないでください。それより、お怪我はありませんか」

「え!?」


 手を差し伸べたら、なんでかギョッとされてしまった。

 僕までつられて「え?」と首をかしげたけど、そうか。態度を変えたからだ。彼女にもきつめの対応をしていたんだった。

 そういえば小説では僕、彼女のこと思い切りひっぱたいてたっけ。


「兄上!」

 男同士で歓談していたリャニスがさわぎに気づいて走ってきた。

「ああ、大丈夫」

 リャニスに向けて、大ごとにしないよう手振りでしめす。


 さてどうしたもんかな。

 僕は小柄な少女にそっと目をやった。オレンジの色味を帯びた金髪は、小説のなかでオレンジワインの色と称される。


 星明りの紋章家レアサーラ嬢。

 彼女こそ、僕と争うことになる悪役令嬢なのだ!

 ちなみに縦ロールではない。直毛のツインテールだ。なんにせよ、血で血を洗う争いは避けたいなあ。


「ええと、わざとではないのでしょう?」

「は、はい! もちろんです」

「だったら、レアサーラ様は悪くないです。ね、お気になさらず」


 彼女はおずおずと立ち上がる。こで解決と思ったのに、レアサーラの目元に涙が見えた。マズい。泣かないで! 一刻もはやく染み抜きに行きたいんだよ。

 でも、フォローも必要だよね。こういうときのリャニス頼みだ。


「リャニス。僕はすこし席を外すので、彼女のことをお願い」

「ですが、兄上」

「僕の代わりにお慰めてして。大丈夫、リャニスにならできる」

「いえ、そうではなくて!」

 リャニスがなにか言っていたが、僕はまったく心配していない。なんせ未来の彼はモテモテだからね。


 まわりに断りを入れて、ライラをともなって控え室へ急いだ。

 服を脱いだら応急処置をしてもらうけど、今日はここまでかな。


「――それにしても、やっぱり汚しちゃったか」

 グラスから中身が飛びだす瞬間は、スローモーションのように見えていた。

「よける練習をしておくべきだった」


 つぶやく声が、自分でも驚くほど暗かった。あの場ではなんともないフリをしたけど、どうやら自分で思っていた以上にがっかりしたらしい。


「坊ちゃま!」

 ライラが驚愕の声をあげた。

 落ちこんだせいか、僕の体に変化が起こった。


 すぐにリャニスがこの場に呼ばれた。

 遠慮がちに入室してきたリャニスは、僕を見るなり駆け寄ってきた。

「兄上、ポメ化してしまったのですね」

 差し出された手におとなしく乗っかる。


「こちらへどうぞ」

 ライラが示した長イスにすわって、リャニスはそっと僕をなでた。

 気づかいに満ちたやさしい触れかたに、僕はちょっと……、寝そう。


「兄上、もどりましたよ」

 それは僕にもわかったのだけど、ぬくもりから離れがたくて、リャニスのみぞおちに頭をくっつけた。

「おつらいですよね。王子からいただいた大事な衣装だったのに」

「それもあるけど……。予想していたのに、よけられなかったのが悔しくて」


「予想していた?」

「僕ってほら、うとまれてるし。あ! 彼女がわざとかけたと思っているわけじゃないよ! ただ、こういうこともあるだろうなって……」


「リャニスラン様。ノエムート様。少しよろしいですか」

「どうした、クロフ」


 リャニスの従者、クロフは品よく微笑んだ。

「私のギフトであれば、きれいにできるかもしれません」


 一瞬、洗濯洗剤のギフトを頭に浮かべちゃったけど、じゃなくて魔術的なギフトだね。

 好奇心がむくむく湧いた。

「やってみて!」


 クロフが汚れ部分に手をかざすと、スチームが出てきて服からみるみる汚れがとれていった。

 こういうの見たことある、通販で!

 これもう、スチームクリーナーだよ。


「クロフすごいよ! ギフトでこんなことができるなんて! 感激だ!」

「恐れ入ります。実は個人的にギフトの研究をしているのです」

「へえ! すごいね。リャニスも見せてもらったことあるの?」

「いえ、はじめて見ました。すごいですね」

「ねー!」


 興奮冷めやらず。僕は尊敬のまなざしでクロフを見あげた。彼はおごるでもなく、静かに微笑んだ。彼はリャニスがこの家を継ぐときには執事になる予定の人物だ。すでにほかの従者とは一線を画す風格がある。安定感が違うね。

「お役に立ててなによりでございます」


「あと三回くらい、ジュースをかぶったり、木の実ぶつけられたりする予定だから、そのときはまた頼むよ」

「兄上、なんですか予定って」

 リャニスが顔をしかめた。


「坊ちゃま、どなかた心当たりがおありなのですか? 絞めてまいりますか?」

「あ、いや……」


 ライラが絞めるの?



 

 王子がやってきたのは、そんなときだった。

 きれいになったばかりの衣装をあわてて身につける。


「身なりを整えていると待たされたのだが……。リャニスランがいるではないか」

 王子はすっと目を細めた。なんか睨んでいるような。


「リャニスは弟ですから」

「いくら弟でも、着替えのさいは外に出ているべきではないか」

「ああ、いえ! 違うのです。着替えの途中に僕がポメ化してしまったので、リャニスにもどしてもらったのです」


 王子はハッと僕とリャニスを見くらべた。

「――リャニスランにも、もどせるのか」

「はい。そのようです」

 リャニスが進み出て、ニコッと王子に笑いかけた。


「それがわかって安心いたしました。これで兄のために、王子にご足労いただかなくてもすみます」

「いやまて、それはダメだ! これまで通り、私を呼ぶように」

 王子がなにやら慌てるので、僕は笑ってしまった。


「ふふっ。王子は本当にポメがお好きなんですね」

「キアノだ」

「あ、はい。キアノ」


 ううう。まだ慣れなくて恥ずかしい。リャニスがまじまじと僕を見るのでさらに恥ずかしさが増す気がする。咳払いでごまかして僕はうなずいた。


「わかりました。ではあともう少しだけお世話になります」

「ノエム、なぜ少しなどと言う」

「なぜって、スクールに入学なされば気軽においででいただくわけにはいかないでしょう? そのまえの準備もいろいろあるでしょうし」


 意外なことに、王子はハッとした。考えてなかったのかな。


「それもそうだな。だが、たとえ私がいけなくとも、知らせてくれないか。使いでも手紙でも構わないから。君のことが心配なんだ」

「はい。そういたします」

「それから! 休みになれば会いに行くからな」


 はいはい。わかっておりますとも。王子にだって息抜きは必要だよね。


「うれしいです。おまちしております」

 ポメ化を自在に操れるようになれば、毎回ポメでお出迎えするのにね。


 話が一区切りついたタイミングで、王子が僕に手を差し出した。

「さあ会場にもどろう。いいな、ノエム」


 それから、僕たちは約束通り庭を散策した。

 無事、婚約者としてのつとめを果たせたわけである。よかったよかった。

 それに、ひとまずはレアサーラ嬢のうらみを買うことも避けられたんじゃないかな。


 小説とおなじイベントは起こる。だけど結果は変えられる。これはかなりの収穫だ。

 僕って何気にデッドエンドだからね。


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