3 尾行開始
「イレオス様って……聖女なんじゃないかな」
「はい?」
レアサーラとカード探しをしている最中、僕はまたイレオスを発見してしまった。
リャニスといっしょだったのだが、やけに深刻そうな顔に見えた。声をかけようか迷ううち、二人の姿も見えなくなる。
次に彼を見かけたときは王子と話し込んでいた。こっちはなんとなく楽しそう。
っていうか距離が近くない?
僕が見ている前で、イレオスが王子の頭に手を置いたように見えたので、僕はなんだかギョッとしてしまった。この二人、なんだかいい雰囲気だ。
そこでこの名推理である。
イレオスこそが聖女なんじゃなかろうか。ときどき、彼に対して恐怖を感じるのは、僕が悪役令息だからでは?
そう話すとレアサーラは馬鹿げたことをと鼻で笑ったけど、一度思い込んでしまったら確かめずにはいられなかった。
もうカード探しどころじゃない。
放課後になって僕は決意した。
「イレオス様を尾行しよう」
「おひとりでどうぞ」
盛り上がってきたというのに、さらっと断られてしまった。
そんなことを言われると困ってしまう。だいぶ自由度が上がったとは言え、僕はまだまだ一人でうろつくろ叱られちゃうのだ。
「ノエムート様は気配を消すとかムリでしょう。全身で僕を見てっていってますもの」
「失礼な!」
僕だってできる限り目立たず生きていきたいんだよ。
そう言ったら、なぜか白い目で見られた。
それでも僕は粘った。
「遠巻きに見るだけだから! 気づかれたら止めるから!」
しつこく頼み込んでようやく付き合ってもらえることになった。
さあ尾行開始だ。
いま彼は温室のそばで女生徒と話をしている。意外と社交的というか、人を拒まないんだよな。銀髪に青い目の行き過ぎたイケメンだよ。クール系とか氷属性で夢中になるのはただ一人ってタイプかなって思うじゃないか。
全然そんなことはなくて、女性が相手でも男子が相手でも和やかに話してる。貴族教育のたまものかもしれないけれど。
「うーむ、あやしい……」
「ノエムート様、カードも探してください」
そんな場合じゃない。けど、レアサーラの視線が冷たいのでがんばる。
「じゃあレアサーラがイレオス様を見張っててね」
「はあ」
なんとも気のない返事である。心配だがあまり駄々をこねるとさすがに見放されかねない。
目をつぶり、あたりの気配を探ると反応があった。橋の下のほうだ。土手へ下りてもう一度カードの波動を探ってみると、一枚見つけた。ふふん。
あ、喜んでる場合じゃなかった。
「どっち行った?」
「さあ? 見失いました。もう帰りましょう」
レアサーラはあっさり言う。
「罠じゃん!」
「見てはいましたよ。けど突然消えたんです」
「適当に言ってない?」
レアサーラを疑ったその時、どこからかくすくす笑う声が聞こえた。
ギョッとして辺りを見回すと、橋の上、欄干にもたれて笑っていたのは当のイレオスだった。
「何かわかりましたか、ノエムート様」
「い、イレオス様!」
驚きすぎて僕は文字通り縮みあがった。
彼は「おや?」という顔をする。ううう、ポメ化しちゃったよ。
レアサーラが小さくため息をつき、僕を抱き上げてすごすごと彼のいる橋の上へと向かう。
「驚かせてしまいましたか? なにやら私を観察なさっていた様子でしたので」
「ほら、バレてるじゃない」
小声で叱責するレアサーラに向けて彼は笑いかける。
「ステアロス家のお嬢様ですね。トラムゼン家のイレオスと申します。略式のあいさつで失礼します」
「ご丁寧にありがとうございます。レアサーラです」
僕はキョロキョロと彼らを見比べた。
「あれ? はじめまして?」
「ステアロス家の兄上方とはそれなりに親交があるのですが」
へー。僕と逆だ。
レアサーラのお兄さんたちにはとことん避けられている。まあ、下手に接点を持つと婚約がどうとか面倒だからかな。
「それで?」
イレオスはにこやかに僕の返事を待っている。
「あ、えーと……」
ポメ化すると下がる僕の思考能力よ。がんばれ僕。
「えーと、イレオス様は癒しの力を使えますか」
彼はパチパチと音がしそうなまばたきをした。
「癒しですか? いいえ、残念ながら。どこか怪我をされたのですか?」
「いいえ、元気です」
話がかみ合っていないけどイレオスは微笑みを保っている。
内心どう思っているのかは知らないが、やはり強いな。
「ノエムート様は――」
レアサーラが見かねた様子で口を挟んだ。
「イレオス様と殿下が仲良くお話なさっているのをご覧になって、少々思い違いをしたようなのです」
仕方のない子、みたいな雰囲気を出されてしまった。
「そ、そんなことは!」
反射的に否定しかけるが、尾行していた理由としては結構いいところかもしれなくて、僕は「ぷきゅう」と唸る。
「ああ、そういうことですか。ご安心くださいノエムート様、殿下のお話は九割がたノエムート様に関することですよ」
納得しないで!
「あの、ほんと違うんでキュゥウン」
幼子を見るような顔で見ないで!
僕、可能な限り小さくなりたい。もう話したくなくてギュッと丸まった。耳も尻尾もぺたんとなっちゃう。
そのままレアサーラの腕の中でおとなしくしていると、ゆすられた。
「ノエムート様! ちょっと! 寝てないでしょうね」
「起きてる。……イレオス様は?」
「笑いを堪えておいででしたね」
そろそろと顔をあげると、どうやらもうどっかへ行ったらしい。
すこしホッとして、僕はレアサーラに問いかける。
「ねえ、なんか聖女らしいとこあった?」
「もともとそれを言ってるのノエムート様だけですからね。まあ、強いて言うなら、顔面? あの存在感はモブじゃないわ」
レアサーラの発言に元気づけられた僕は耳をぴょんと立てた。
「でしょー!? なんでイレオス様ってむやみやたらとカッコイイんだろう」
「あの、ノエムート様?」
レアサーラは聞きたくないようで止めるそぶりを見せただ。だが、僕は興奮していて、はおしゃべりをやめるなど無理な相談だった。
「本当にすごいよね! 動作も綺麗だし、背も高いし、隙がないよ。何よりあの顔! 完成度高すぎだろ!」
「ふうん、そんなにか?」
「そうそう、あれはきっと、腹筋も割れてるな――」
そこまで言って、僕はハッとした。
なんかいま、王子の声がしたような。
幻聴かなっと思ってレアサーラの体越しにひょいと後ろを覗き込む。
するとニッコリしている王子と目が合った。
「腹筋?」
「ふっきん……」
おうむ返しに呟いてしまったあと、僕は首を傾げて「くうん?」と鳴いた。
知らないよ、僕はただの通りすがりのポメだよ。って顔でうまくやり過ごしたいところだけど、無情にもレアサーラは僕を王子に手渡した。
「れ」
名前を呼ぶ前に彼女残像を残して駆けだしていた。いや、途中で転んだ。そして転がりながら遠ざかる。
彼女が無事に帰れるか見守りたかったが、王子は僕を抱き上げて、彼の顔しか見えない位置まで持ち上げた。
「すこし話そうか」
「きゃうん」
「話せないふりをしても無駄だ」
寮のソファーに僕は一人で座っていた。王子に撫でまくられて、ぐしゃぐしゃになった髪もそのままで。
僕は考えている。やっぱ、イレオスは聖女じゃないな。
それにしても、思い出すと気になってしかたない。
朝、寮から教室に向かう最中。僕はさりげなくあたりに気を配り、授業中は聖女を捕らえる箱罠を想像し、餌は何がいいか考えた。やっぱり王子かな。
そしてギフトの授業の最中、ぼんやりしていた僕は、うっかりやけどを負ってしまった。
といっても、指の先がちょっと赤くなった程度だ。周りが騒ぎ立て、文字通り医務室に担ぎ込まれてしまったけれど。
「先生、痕など残りませんか?」
リャニスが心配そうに覗き込む。
医務室のおばあちゃん先生は「あらあらあら」とか言いつつ手早く冷やしてくれた。
「癒しは使わないんですか」
不服そうなリャニスに対してのんびりと答える。
「このくらいならこれで充分。過度な癒しはかえって体に毒ですよ」
その会話を聞いて僕はピンときた。
「先生は聖女ですか?」
そんで大笑いされた。
いやでも、これは大きなヒントだぞ。だって、聖女なら癒しの力を持つはずだ。
僕の知る限り、他にも癒しの力を持つものがいる。
僕は授業が終わると侍女のヘレンを呼び出した。
「ヘレンは実は聖女だったりする?」
そして困惑されてしまった。どうやら彼女でもないらしい。
癒しで思い出すのはサンサールのことだけど、この勢いで突撃するのはやめておいた。
なんとなく可哀そうだし、彼が聖女だとはちょっと考えづらい。
このあいだなんて、マスケリーとへびを捕まえて遊んでたし。カード探しの最中になにやってんだろうね、まったく。
ちょうだいって言ってもくれなかったし。




