2 カード探し
二年になってポーション作りの授業が始まった。
回復薬や化粧品、糊みたいなものまで、ギフトを込めて作られたものをポーションと呼ぶ。
その一環で、ちょっとわくわくするような課題が出た。
学校の敷地内に先生がトランプくらいのカードを隠したそうだ。まずは二、三人の組に分かれてそれを見つけ出せって。
僕はその相手にレアサーラを指名した。聖女が学園内にいるのならそのほうが探しやすいと思ったからだ。そりゃもちろん、すんごい嫌そうな顔されたし、リャニスも何か言いたげだった。
「リャニスと組んだら全部リャニスが見つけちゃうだろ。リャニスはクリスティラ様と組むといいと思う!」
その一言でみんな納得した。
だってクリスティラ様、なんにもしなさそう。でもリャニスなら問題なさそう。
「……わかりました。兄上がそうおっしゃるなら。レアサーラ様、兄上のことをくれぐれもよろしくお願いします」
「あ、はい」
どこまでも真面目なリャニスに対し、レアサーラは投げやり気味に頷いた。おっと揉め事の気配。
「まあまあ、そんな心配しなくても校内のことだし」
「兄上も、どうか無茶をなさらぬように」
「あ、はい」
ということで僕とレアサーラ、リャニスとクリスティラ、サンサールとマスケリーという組み合わせになった。ほかのクラスメイト達も問題なく組を作り出す。
さて、カードを見つけるためにはギフトの波動みたいなものを感知しなきゃいけない。
ギフトの波動だって!
笑ってしまいそうになるけど、真面目にやらなきゃ。
期限は一週間。カードには見つけにくくなるよう術がかかっていて、これは隠されたものを暴く訓練でもあるわけだ。
一日目、僕はその波動をうまく捕まえることができなかった。
気持ちを入れ替えて二日目。校舎の外を探し回ったけれど、やっぱり見つけられない。
そこでレアサーラからのアドバイスである。
「目に頼り過ぎなのではありませんか。いっそ目をつぶるとか。あ――待った!」
言われたとおりにギュムッと目をつぶったら、袖を引っ張られた。
「そのまま歩かない! 転びますよ」
「レアサーラじゃあるまいし」
「わたくしはいいんです。転んでも怪我なんてしませんから」
「転ぶ前提だね。前から思ってたけど、なんでレアサーラはそんなに頑丈なの」
「ノエムきゅんが繊細過ぎるのでは」
「んぐ」
なかなか反論しづらいところをついてくる。
確かに僕はわざわざ人と比べなくてもか弱い。
「焦らずゆっくり探してみてください。置いて行ったりしませんから」
珍しく優しい言葉をかけられて、僕はじんわり感動したのだが、彼女の言葉には続きがあった。
「そんなことをしたら、あとが怖い」
僕は思わず口を尖らせた。
やみくもに探すより、ありそうな場所に行ってみようってことで、僕らはスクールをぐるりと囲む生垣の近くまで来ていた。
青々とした葉に手を添わせるようにしてカードの気配を探る。しばらくそうやって歩くと反応があった。
「ここだ!」
ようやく見つけた一枚目のカードを、僕はうっとりと見つめた。
ちなみにレアサーラはすでに三枚ほど持っている。僕のお守りをしながらついでみたいにあっさり探り当てるもんだから少々悔しい。
カード探しは基本的には授業中にするのだが、だけどまあ、休み時間も探すよね。これは僕だけでなく割とみんなそう。一枚見つけるとコツをつかんでポロポロ見つけられるようになったので余計だ。
二枚目のカードは階段で見つけた。三枚目は校舎のそばの花壇で。
面白いぞ、コレ。ずっとやっていたいくらいだ。普通の授業もあるからそうもいかないけどね。
それでも教室内の話題は、カードのことに集中していた。
授業が始まるまでのあいだ、僕も手元のカードを覗き込んでいた。
裏面には鳥や鉱物や蝶などの自然モチーフなどが描かれていて、表面には意味ありげな文字が一文字入っている。
目を凝らせば、中央の文字を囲う飾り枠に数字が隠されていることにも気づく。
「順調ですか、兄上」
「まあまあかな。リャニスは?」
尋ねるまでもないかも。リャニスならもう全部揃えていてもおかしくない。明言を避けるように彼はニコッとした。
放課後も一時間くらいはカードを探している。最初こそ嫌な顔を見せたレアサーラだけど、案外乗り気でつき合ってくれる。彼女も楽しいのかな。
「王子もようやく、わたくしを警戒しても無駄だと悟ったようなのです」
あ、そっち?
偽とはいえ悪役令嬢が退場したので、彼女の役割も終わったのかもしれない。うらやましいことである。
遠い目をしそうになったそのとき、反応があった。
「ここだ!」
自信満々草むらをかき分けたのに、見つけたのは装置だった。
カード探しを始めるまで僕はほとんど気にしたことがなかったのだが、装置のコネクタ部分は、景観のため隠されていることが多い。置物がかぶせてあったり、鉢植えの陰になっていたりして、僕は結構それに引っかかる。がっかりだ。
「あ」
「見つけました?」
「いや、向こうにイレオス様がいるなって」
「カードを探してくださいませ」
よそ見を叱られてしまった。あの人は目立つし仕方ないじゃないかと考えかけて、なるほど僕は視覚情報に頼りすぎているのかもしれないと理解した。
集めたカードだが、同じ柄を必要枚数集めれば、どうやら素材の名前になる。
もっとも一般的な回復薬の材料といえば、ヒーリングローズだろう。生徒の多くがそれを狙っている。
自分たちの不足分が、相手にとっては余剰分かもしれず、となると地道に探すよりも交渉の方が早いという場合がある。
学年によっては、この段階でバトルが生じることもあるそうだ。僕のクラスメイトたちと言えば、せいぜいじゃんけんする程度だった。平和である。
僕らのところにもさりげないお伺いが来たものの、期待に応えることはできなかった。出てこないのだ。一枚も。
ヒーリングローズのポーションは切り傷によく効き、作りやすいことで有名だ。ただし、服用後三日ほど副作用でなにを食べてもほんのりバラの香りがする。
それはそれで楽しそうだと思うけど――。
僕は額縁の裏側から見つけたカードを手に取りしげしげと眺めた。
「また毛染めの材料だ」
「あー、そういえばありましたね。ノエムきゅんのピンク髪事件」
そう、どうやら原作のエピソードが始まろうとしているようなのだ。
ノエムートは聖女の髪色を真似て王子の気を引こうとする。ついでに聖女の髪をドブ色に変える嫌がらせをする。
ところが彼女はけろりとして、「どうせ一日でなおりますし」と気にしないし、王子もまた「そのくらいで君の魅力は損なわれない」などと言ってノエムートに聖女への愛情を見せつける。
自分の浅はかさに恥じ入るノエムートは、もちろんすぐにでも髪色を直したかったのだが、薬の効きやすい体質が災いしたのか、なんと一週間もピンク髪で過ごす羽目になるのだ。周囲の嘲笑に耐えながら。
「強制力か……。てことはレアサーラが一日ドブ色に?」
「別に一日くらい」
「聖女みたいなこと言ってる。まさか、レアサーラ!?」
「そんなものまで掛け持ちしておりません」
聖女なのかと尋ねる前に全否定されてしまった。
さすがに、ドジっ子ちびっこ悪役令嬢と聖女を兼ねるのは無理があるか。
というか、ここ数日カードを探すのが楽しくてすっかり聖女のこと忘れていたな。
もうちょっと周りを見なくては。自分を戒めようと頷いたところで、誰かが窓の外を横切った。
「イレオス様だ……」
最近、なんだか妙に彼の姿を見かける気がする。
彼は今や、リャニスに剣術を教えるだけでなく、臨時教師のような立場になったからスクールにいること自体はおかしくないのだけど。
なんとなく、気になるんだよな。