1 ポメポメショータイム
◆ ◆ ◆
「神々が英雄の国ザロンに求めるのは、もちろん英雄譚。ドラゴン、巨人、魔王、見事に討ち取ってみせなさい。 魔女の国チャウィットに求めるのは愛憎劇。揉めれば揉めるほど愛おしい。 道化の国ピエルテンに求めるのは悲劇。裏返れば喜劇。 神々を飽きさせてはなりません。――古き歌にあるように、今宵は趣向を凝らし、特別な演目を神々に捧げたく存じます!」
朗々と歌い上げて、黒衣はピエロのような大げさな身振りで膝を曲げた。
「今からノエムート様のお命を頂戴いたします」
僕に死なれちゃ困ってるって言ったじゃないか。聞きたいことがあるんだろう。
それなのにそんな選択をするのか――。
◇
寮のホールには緊張した面持ちの新一年生たちが集まっていた。二年生になった僕らには彼らを案内する仕事がある。男子は男子寮へ、女子は女子寮へ。
まあ僕は特別寮なので、案内する後輩はいないんだけどね。
ってことで僕も新一年生と一緒に男子寮を見学してこようかな。
コソコソと行列に混ざろうと思ったら、王子に捕まった。
ひょいっと手を取られ、騒ぎから遠ざかる。僕は一応、リャニスには合図を送っておいた。探されると困るから。
王子はそのまま特別寮へ向かうつもりらしい。と思ったら途中、人気のない廊下で立ち止まった。
「ノエム、今日はポメ化していなんだな」
「あ、はい。ここのところ安定しておりまして」
「ならなぜそう言わない」
ムッとした王子をなだめるつもりで、僕はニコリと笑う。伝えなきゃなと思ってはいたんだよ。
「様子を見てました」
ポメ化はいつだって予測不能だ。安定したよって書いたとたん、言ったそばから変身するとかもあり得るぞと僕は判断に迷った。そうこうしているうちに日々は過ぎ、直接言った方が早いかー。となって放り投げてしまったのだ。
で、今身体チェックを受けているところ。王子はすっかりジト目だし、腕組までしているから本当にそれっぽい。なにも隠し持ってませんよって気分で、僕は両手をあげた。
彼の脳内にいったいどんなチェックリストがあるのか知らないが、頭のてっぺんからつま先までじっくりと見たことでどうやら満足したようだ。
「では、私の知らないところでリャニスに撫でられまくっていたわけではないんだな」
してないしてない。
真顔で首を振ったら、どうしてかさらに疑わしげな目つきになった。
彼の手がすっと伸びてくる。
そこに耳はありませんが、ってあたりを撫でてるね。あ、やめて。人の姿のときに顎の下をわしゃわしゃしないで。ほっぺを挟まれるのも困りますお客様!
「キアノ、ダメです、あんまり撫でないで!」
「なぜ」
いや、なぜじゃないよ。
リャニスも侍女のいないからといって、ずいぶん野放図な。
「次にポメ化したら撫で放題していいですから!」
それでようやく王子は僕を解放してくれた。
次の日は入学式だ。
その翌日から授業が始まる。そして今日はとうとう、一年生に剣術とギフトのお手本を見せる日だ。
ここで問題が生じた。ポメ化している前提で企画をしたのに、僕いま人間なんだよね。
クラスメイトも落胆している。
表面上はなによりですと言ってくれるけど、この日のためにはポメのほうがよかった。しょんぼりの気配に居たたまれなくなった僕は「僕その辺走ってくる!」と飛び出した。
「ちょっ、待って、ノエムート様! どこへ行くんですか」
追いかけてきたのはサンサールだ。リャニスは打ち合わせで動けないから代わりに遣わされたようだ。二年生になっても僕の行動にはまだ監視が必要らしい。
僕は職員室を目指している。
そこにいなければ、練習場。会場の設営とか手伝っているはずだ。
こういう時はイレオスを探せ、だ。彼に会うと高確率でポメ化するんだ。それが僕に残された希望だった。
果たしてイレオスは、練習場にいた。
そのままぶつかる勢いで駆け寄ると、彼は銀髪をふわりとなびかせて振り返り、転びそうになった僕を紳士的に支えてまっすぐ立たせると、青い目を細めた。
「ノエムート様、そんなに慌ててどうなさいました?」
「いえ、その……」
ダメかあ。
どうやら今日のイレオスはただのイケメンらしい。
無駄に顔面がいいだけで、怖さがまるでない。これではポメ化できない。
「なんでもないです、間違えました」
深々と頭を下げて、そのままとぼとぼと立ち去る。
「誰と?」
サンサールが首を傾げているが、聞きたいのはたぶんイレオスのほうだと思う。
いや、しょぼくれている場合じゃない。イレオスがダメなら走って体力を消耗しポメ化するまで。ここまで全力疾走したせいですでに足元がフラフラだけど構うもんか。
「ノエムート様! ちょっと待ってって! そんな思い詰めなくても、別にみんな怒ってないから」
周りに誰もいないからだろう。サンサール口調は友人に対するそれだった。普段から遠慮のない彼の言うことだし、クラスのみんなもいい子ばかりだ。
だからたぶん、彼の言う通りなのだろう。
わかってはいるのだけど、僕の気が済まないんだ。
それでも、僕は足を止めてしまった。
「……だって、せっかくみんなで準備を進めてきたのに」
今回、僕の役割と言えば中央で踊るだけなんだけど、僕が踊るのとポメが踊るのとじゃだいぶ意味合いが変わってしまうと思うんだ。可愛さ、半減。いや、十分の一だ。
「大丈夫だって。教室に戻ろう?」
サンサールはぽんぽんと軽く頭を叩いて慰めてくれた。
そうしようかなと思ったその時だ。
「ノエム?」
王子の声が聞こえて、僕はギョッとそちらを向いた。サンサールが青ざめ、その場にザっと膝をつくのが横目に見えた。
「君はどうしてそう浮気者なんだ。私には撫でるなと言いながら、他の男には気安く体を許すなんて」
「言い方!」
サンサールが超小声で突っ込んだのが聞こえたのかどうか、王子は冷ややかに彼を見おろした。
「ハンバルト、なぜノエムといる」
「リャニスラン様は今日の発表の打ち合わせで抜けられず、代わりに俺――私がノエムート様のお供をしております」
おー。しっかり受け答えできるようになってるね。一年ころは野生児みたいだったのに。って感心している場合じゃない!
「まさかノエムに、分不相応な思いを抱いているわけではあるまいな」
王子、なに変なこと言ってんの!?
「違います! 俺は年上の女性が好きです!」
サンサールも好みのタイプまで答えなくていいから!
僕はオロオロと二人のやり取りを見上げることしかできなかった。
「くぅん……」
そう、驚きすぎたのか、気づけばポメ化していたのだ。
僕の鳴き声を聞き、王子が傍らに膝をついて手を伸ばした。素直に抱かれにいったものの、ナデナデは慌てて止める。
「あ、まだ撫でないでください。ショーが終わるまでは!」
「ショー?」
「あ、ちがった、ギフトの発表です」
「君のクラスは、君のその姿を見世物にする気なのか」
王子の声に怒りが籠る。リャニスランはなにをやっているんだ。と続けたので焦ってしまった。
「違うんです! この演目に決めた時、僕はポメが常態化していたので、そのままでも参加できるようみんなが考えてくれたのです!」
「本当か?」
問いかけられたサンサールもがくがくと頷いた。
その時、王子を呼ぶ声がしたので話は終わりとなった。
「送っていってやりたいが、もう行かなくては」
「はい。大丈夫です」
僕は自分で歩くつもりだったのだが、二人の考えは違ったようだ。
王子は僕を片手に持ち替えて、ハンカチで包んだ。それからサンサールに手渡す。ん、なんだコレ。
「では、またあとで」
そして自分は指先で僕の頭をひと撫でして去っていく。
彼の姿が遠ざかると、サンサールも逃げるようにその場を離れた。
僕たちが戻ると教室がざわめいた。歓声が半分、驚きが半分てところ。
「兄上、そのお姿は!」
「ははっ……。なんとかポメ化してきたよ。そんなに心配しなくて大丈夫!」
リャニスの顔を見て、僕は慌てて言った。
「ただ……、ショーが終わったら王子が迎えに来ると思うから」
「つまりそのお姿は殿下のせいということですか。いえ、その状況を見れば一目瞭然ですね」
「ん? ハンカチに名前でも書いてあった? なんかくるまれちゃったんだよね、とって?」
僕の頼みを無視したわけでもないのだろうが、リャニスは僕を見つめたまま、何事か考え込んでいるようだった。
「なにか、王子が悋気するようなことが――?」
「りんき?」
サンサールがまぬけな声を出す。
「やきもちってこと」
解説してくれたのはレアサーラだ。
「いやいやいや! 誤解だって!」
思わぬ飛び火をしそうだったので、僕も慌ててサンサールに賛同する。
「そうだよ。一緒にいるところを、王子がちょーっと誤解しただけだよ。サンサールは無理してポメ化しなくていいよって慰めてくれたんだ。――というか、王子も気にしすぎなんだよ。婚約者でもないのにさ」
「婚約者じゃなないからでしょう?」
これもレアサーラ。なにやら呆れた様子だ。
どういうことなのか、ポメ化中の僕にはさっぱりわからないんだけど、みんな納得してしまったようだった。
「あの、お話し中申し訳ありません。そろそろ時間ではないでしょうか」
遠慮がちなクラスメイトの声を受け、僕たちは慌てて移動を開始した。
ショーの前に剣術を披露することになっている。
僕はレアサーラに預けられ、その様子を見学していた。
五対一のバトル形式だったんだけど、リャニスが強すぎるせいでヒーローショーじみていた。なんにせよ、うちの弟はカッコイイ。大好評だったよ。
さすがリャニス。
盛大に褒めたあとはいよいよ僕の出番だ。
僕は舞台の中央で舞い踊った。まあ、ポメなので、なんとなく右へ左へ音楽に合わせて動いてるだけなんだけど。
僕の動きに連動して、大中小のポメも一緒に踊る。裏方の子たちが僕の姿を複写しているんだよ。仕組みはよくわかんないけど、ホログラムみたいなものを作り出している。その数、なんと二十匹。クラスの人数よりも多い。
舞台の上には氷で作り出した花が舞い散り、レーザーみたいな光が僕らを照らす。
良かった。僕いまポメでホントよかった。人間の姿の時にこれをやられたら、どんだけ目立ちたい人なのかと思われるところだった。
見学している一年生たちも、ぽかーんとしているよ。
ショーが終われば、王子によるナデナデタイムだ。
なんか久々だなー。
僕は現実逃避気味にポケーッとしていた。
王子は僕の寮まで来ていて、ソファーに深く腰掛けている。僕はすでに人の姿に戻っているのだけど、後ろから抱きかかえられたまま、全然放してもらえない。
「あとで撫で放題だと言った」
恨みがまし気に頭にアゴを乗せられても、いろいろと負い目のある僕は、おとなしく撫でられるしかなかった。




