31 一年の終わり
「ここじゃ狭いよね、広間を使っちゃおうか」
わあっと使用人たちのあいだで歓声が上がる。僕の侍女、リャニスの従者、留守を任された子たち、料理人や下働きの子。年若い人間が多いから、はしゃぎ過ぎないようにここはキチンと管理しないと。
「片づけが大変だから、飲食禁止。ダンスが終わったら解散。父上と母上には内緒。どうせだから、身分云々は言いっこなし! あ、でも、羽目を外しすぎないこと。あとほかに注意事項あるかな」
僕はリャニスとクロフに確認を取る。
僕たち兄弟を含めても十五人にも満たない小さなパーティーだけれども、バレたときは、僕が責任を負いましょう。兄としてね!
僕の魂胆を見抜いたのか、リャニスは片方の眉を上げた。
「では、俺は先に準備のほうを進めてきますね」
叱られるときは一緒ですよっていう、副音声が聞こえた気がする。
じゃあ僕のほうは着替えてこよう。
侍女たちが取り出したのは、温かみのあるオレンジ色のヒラヒラした衣装と、もうひとつは薄いグレーの衣装。
オレンジのほうは、例によって男でも女でもない偽の花嫁仕様でグレーのほうは男物。
「こっち」
僕はもちろん、男性用を指定する。
「そうですわね。殿下にお見せするわけではありませんし、リャニスラン坊ちゃまがお相手なら、こちらのほうがふさわしいでしょう」
侍女たちのOKも出た。
着るものさえ決まってしまえばあとは早い。
髪はシンプルにうしろでまとめてもらおうと思ったのだが、みつあみハーフアップにされてしまった。せっかくめったに着られないカッコイイ系の衣装なのに、やっぱり性別不詳になってる僕。ふっ、弄ばれるのはいつものことさ。
まあひとまず、弟の衣装に見劣りしないくらいにはしてもらったんだから良しとしよう。
「ライラ達は着替えないの?」
「ライラは着替えます」
「ライラだけ? ヘレンとジョアンは?」
順に見ていけば、ヘレンはニコッと笑って答えてくれず、ジョアンは「ここにはめぼしい殿方がおりませんので」などと白けている。ひどいなあ。
「それにわたくし、楽団のほうで参加しますので」
ジョアンはそそくさと出ていった。ジョアンって意外となんでもできるよな。
ちなみにヘレンの事情については、なんとなく察しはついている。
入学式の頃より、ヘレンは少々ふっくらしたように見えるのだ。
しかし突っ込む気はさらさらない。もしかしなくても、僕の食事が不規則になっていたせいって気もするし。
「あの、あたしも別に――」
辞退しかけたライラを、ヘレンが有無を言わせぬ感じで連れて行った。
そして戻ってきたときにはライラはババーンと男装していた。明るめのブルーのスーツが良く似合っている。僕より凛々しいじゃないか。ヘレンは生き生きしているし、ライラもまんざらでもなさそうだ。本人達がそれでいいならとやかく言うまい。
リャニスは広間の前で僕を待っていた。一緒に入場するところから始める気らしい。
楽団は即席だし、ごちそうもなし。
身内だけの、いわば舞踏会ごっこだ。それでもやるとなれば本気でやる。リャニスと彼の従者クロフはこういうところで馬が合うようだ。
妙に感心してしまう僕に対し、リャニスがエスコートのために手を差し伸べる。
「兄上、今日の装い、とてもよくお似合いです」
そつなく褒めるね。
「ありがとう。リャニスもかっこいいよ。髪を上げていると、大人びて見える」
「そうでしょうか?」
「うん。もうすこし子供でいて」
つるっと本音出ちゃった。
リャニスは一瞬嫌そうな顔をした。そりゃそうだ、背伸びしたい年頃だもんな。
「もうすこしだけで、いいからさ」
リャニスはなにか言いたそうにしていたが、そのとき会場内から声がかかった。
「ノエムート様、リャニスラン様、ご入場!」
これも言うんだ。僕が笑いをかみ殺していると、リャニスに「兄上」と小声でたしなめられしまった。はいはい。顔も作りますよっと。
堂々と、美しく。
なんなら悪役令息モードで行っちゃおうか。
僕らの入場を見て、使用人たちが一瞬でも、本物の舞踏会かと錯覚するくらい。
華やいでいた会場内が一瞬しんと静まり返り、やがて拍手が巻き起こる。
悪くない反応だ。
そのまま会場の中央まで進み出ると、楽団が緩やかな音楽を奏で始めた。
リャニスと僕は向き合う形で立ち止まり、リャニスがすっとその場に片膝をつく。
「兄上、俺と踊っていただけますか」
返事はもう決まっているのに、僕を見上げるリャニスの瞳にわずかな緊張がうかがえた。なんだか、こっちまでドキドキしてくる。
「共に楽しみましょう」
僕の返事を聞いて、リャニスは瞳を輝かせた。
互いにお辞儀をしたところで、音楽がダンス用のものに変わる。
踊り始めるタイミングはリャニスに任せる。彼が一歩踏み出せば、僕はそれについていくだけだ。
ワルツみたいなダンスのステップを踏むうちに、少し余裕も出てきた。
そうなると笑いを堪えるのが難しい。
リャニスが怪訝そうな顔でこっちを見る。
「なんか王子が見たら、浮気者って怒りそう」
「……兄上、ダンスの最中ほかの男性の話をしてはいけませんよ」
おっと、僕ときたらこんな日までマナー違反の指摘を受けている。
ますますおかしくなっちゃうね。
「じゃあ、リャニスに言いたいことでも言おうかな」
「なんですか」
そんな身構えなくても、たいした話じゃないよ。
「今日、寂しい夜になるなって思ってたら、こんなことになっちゃってびっくりだよ」
「俺も、ここまで大げさにするつもりはなかったんですが……」
「あ、別に責めてるわけじゃないからね。どうせなら楽しんじゃおうよ」
「楽しんでいます。それに兄上が、俺のために着飾ってくれたのだと思ったら、それだけでもう、胸がいっぱいです」
「ははっ。大げさだなあ」
僕は笑ったのだが、リャニスは思いがけず真剣な顔をしていた。
本気だと伝えてくるように。
そんなに僕と踊りたかったのか。お兄ちゃんとられた、みたいな気持ちでいたのだろうか。
うちの弟、可愛すぎない?
「リャニス。今日一緒にいてくれてありがとう。――ううん。今日だけじゃないね。いつもそばにいてくれて、ありがとう」
貴族としてはあんまり綺麗な笑い方じゃないから叱られてしまうかもしれないけれど、僕は気持ちのままくしゃっと笑ってしまった。
って、あれ?
リャニス今、ステップ間違えた?
「今が、ダンスの最中で良かったです」
「うん?」
「――そうでなければ、俺」
言いかけて、リャニスは突然僕を持ち上げた。そのまま空中に放り投げ、くるっと回す大技を披露した。
危なげなく受け止めてくれたけれど、びっくりしたよ!
ぽかんとする僕を見て、リャニスは珍しいことに「ははっ」と声を立てて笑った。
そして、踊りたがってたほかの子たちにも、入ってきていいよと合図を送る。
曲の終わりまできて、ダンスの輪の中から僕を連れ出したリャニスは、晴れやかな顔をしていた。
「兄上、俺のほうこそありがとうございます」
「うん」
僕のほうはちょっとまだ衝撃が残ってる。
そのとき、テンションを上げたライラが挙手しながら進み出てきた。
「坊ちゃま、次はあたしと踊ってください! あたしなら、坊ちゃまをもっと高く投げてみせます」
「いや、投げないでね?」
「え!?」
え、じゃないし。そういう踊りじゃないからね。
あんまりポンポン投げられたんじゃ、驚きすぎてポメ化しちゃうよ。
ライラのリードで踊るダンスは妙にキビキビしていて、これはこれで面白かった。そしてうちの女性陣が、みんな男性パートを踊れるという衝撃の事実を知った。
なんでだよ、僕は女性パートしか踊れないのに。
そんなこんなで僕は結構踊ったけど、リャニスは僕とダンスしただけで、なんなら演奏のほうに回っていた。
そうやって楽しくすごすうち、解散の時間となった。
冬の儀式が終われば、雪の季節となる。
この時期は神々の恩恵が受け取りづらくなる。
ギフトが使えない、とかではないのだが、燃費は悪くなる。
一角獣も人を乗せたがらないし、魔獣も冬眠しちゃう。
となれば、貴族だって省エネモードだ。スクールもお休みに入る。
この現象を、この国では神々のバカンスと呼んでいる。寒さを嫌った神々が温かい場所でのんびりすごしているからだ、と云われているのだ。
それが決め手となったのか、僕とリャニスのあいだで呪いのように絡み合っていたギフトの糸は、冬のあいだに静かにほどけていった。
互いにギフトを譲り合わなきゃならないような緊急事態からは、どうやら脱したようだった。
春になれば、僕も二年生だ。
聖女を見つけ出し、王子に白黒つけてもらう。
そして悪役令息の死なない道を探すんだ。
三年生の三月。運命の時が来る。
僕はその日、荒れ果てた室内で孤独な最期を迎える。
うーん、でもなんだろう。
まったく想像できないな。
ベッドの周りで、みんなが大騒ぎしているのが目に浮かぶ。その中で、僕が一番に諦めちゃうってのはどうにもカッコ悪い。
だから、運命に抗っちゃおうと、やっぱり僕は思うわけだ。
ポメ化令息を読んでいただきありがとうございます。ここで第二章が終わりとなります。
第三章のプロット準備期間に入りますが、可能なら番外編を更新したいと思っております。
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