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28 打ち合わせと悪だくみ

 合唱の時間はつつがなく終わった。

 僕、歌にはちょっと自信がある。ポメじゃなくてもね。

 ただ気になるのは、ソプラノに配置されているってところだ。来年には男子パートに行きたいものである。


 意外だったのはサンサールで、彼もソプラノだった。なんとか少年合唱団に入っていそうな、天使の歌声である。

 ふだん野生児のくせに僕のライバルになろうとは。ぐぎぎ。


 ハッ、いかん。悪役令息感出ちゃうところだった。

 無性に張り合いたくなるんだよね。


 そんな余裕があったのも、アイリーザが欠席していたからかもしれない。

 ドードゴラン家の姿は会場にない。あそこの一家は全員縦ロールらしいから、そろうと圧巻って噂なんだけどな。

 怖いもの見たさである。


 式が終わると、見学に来ていた家族も帰り、次いで卒業生たちも旅立っていく。


 一年生と二年生は残って、もうすこしやることがある。

 たとえば進級試験の結果を見る、とかね。

 顔を見回す限り、みんな無事に二年生になれるようだ。

 なにを隠そういちばん危なかったのは僕だけど、ポメ化していることもあり、そんな些末は気にもかけず、僕はリャニスの腕の中でふんぞり返った。


「うむ! みんなよくがんばったね!」

「はい、ノエムート様」

 みんなで和気あいあいとしたところで次の仕事だ。


 寮の部屋の引っ越しである。

 僕は今の部屋に残留なので、特にやることはない。

 寝てよ。


 例の石の入った袋を、前足のあいだに挟んでゆるゆるしているうちに時間は過ぎる。

 しまった、ペロペロしちゃった。あとで洗ってもらわないと。


 昼食後は打ち合わせだ。

 場所は教室。リャニスは僕を抱えて教壇に立ち、議長を買って出た。

 議題は、新一年生を迎え入れるためのパフォーマンスのことだ。


 剣術は当然リャニスが選ばれる。どうせなら五対一くらいでリャニスを囲おうぜって話になってる。

 対戦相手として、剣術上位五人の男女の名が挙がる。サンサールとマスケリーがここに入る。こっちはあっさり決まった。


 問題は、ギフトのパフォーマンスのほうである。

 僕たちが新入生だったときは、王子が大活躍した。


 アイリーザとその手下たちを相手取り、彼女らが出現させた火球を、ひらりと消してみせ、また出現させたかと思うと上空で爆発させた。

 ド派手な演出にすっかり度肝を抜かれてしまった。


 みんなの心にも、よぎるものがあったのではなかろうか。

 アレには敵わない。


「いっそのこと、バトル形式やめちゃう?」

 僕の何気ない発言に視線が集まったのは、そういう事情もあったのだと思う。


「どういうことですか、兄上」

「ようはギフトでこんなこともできるよって示せばいい話だから、別に危ないことをしなくてもいいんだよね。そのほうが全員で取り組めるし。たとえばそうだな、花――」


 花火と言いかけて、取り扱いによっては危険かなと思い直す。レーザー光線もちょっと説明が難しい。迷っているうちにリャニスが僕の言葉を引き取った。


「花ですか。兄上らしいご提案です」

 微笑ましげな顔されちゃった。

 けど、案外女の子たちの興味を引いたようだ。


「本物の花は難しくとも、氷を出現させて花のように見せることなら可能ですわね」

「でしたら、色とりどりの灯りで照らしても美しいかもしれませんわ」


 きゃっきゃと盛り上がっているところに、犬好きの子がポツリと爆弾を落とした。

「ポメを増やすとか」

 話し合いの場が一瞬凍り付く。


「ポメを増やす……?」

「お花と、ポメ……」

「それに、光とダンス……」

「いや、あの、当日僕がポメかどうかはわからないよ?」


 むしろ、初日くらい人間の姿でいたいな。

 僕のとまどいをよそに、話し合いは白熱し、そのままの勢いで練習が始まってしまった。


 そんなこんなで、ようやく夕方だ。

 夕食前の短い時間を利用して、僕は悪だくみ中である。


 といっても、コソコソと出かけて、見つかる前に帰ってくるだけなんだけどね。

 人の姿に戻ったタイミングもちょうどよかった。リャニスには着替えるから時間がかかると言ってある。



 着替えは最速で済ませて、ライラに運んでもらって、更なる時短とする。

 僕が向かったのは礼拝堂だ。


「ライラはここで待っていて」

「先に中を検めませんと」

 言われて僕は中をひょいとのぞき込む。

「大丈夫、誰もいないよ。あとは手はず通りたのんだよ」

「承知しました」


 礼拝堂の中は薄暗く、静かだった。

 あまり怖さは感じない。神像や供物の類がないからかもしれない。それに半円形のステージを見るたび僕は漫才でもしたい気分になるのだ。残念ながらネタはない。


 祈りの日以外なら、礼拝堂は静かなのだと教えてくれたのはリャニスだ。僕では思いつきもしない場所だった。


 片手で椅子の背にとんとんと触れながら、通路を半分ほど進んだところで、背後の扉が薄く開いた。

 そして小柄な人影がよれよれと崩れ落ちるように入ってきた。


「れ、レアサーラ! どこで一戦交えてきたの」

 僕は慌てて彼女に駆け寄った。一瞬ライラを疑いそうになるが、すぐに否定した。内緒話の相手は伝えてあるのだから、排除しますとはならないハズだ。


「転んだだけです。わかっているくせに聞かないでくださいませ」

 レアサーラはめんどくさそうに、ツインテールに引っかかった葉っぱをぺぺっと取り払った。


「それより、お話を」

 言いながら、礼拝堂の中をぐるりと見回した。

「ほかに人はいませんね? 王子が乗り込んできたりしないでしょうね」

「それは大丈夫。王子は午後から用事があるって言ってたから。リャニスには着替え中と言ってある。抜かりないよ!」


「……アイリーザ様は?」

「そちらの動向はつかめませんね。やめて、白い目で見ないで。――というか、つかめないからこそレアサーラに聞こうと思ったんだよ。最近見かけないから」

「そうですね、だけどごめんなさい。わたくしも知らないのです。積極的に情報収集を怠っているので」


 知りたくもないってことだね。

 ちょっとしょんぼりしちゃうけど、ここで諦めたら危険を冒した意味がない。

「レアサーラにはレアサーラの野望があるってわかってはいるんだけど、それでもどうしても協力してほしいんだ!」


 レアサーラはそこで大げさなため息をついた。

「ノエムきゅん。今度はなにを企んでいるの?」

 それを同意ととらえて、僕はしっかりと頷いた。


「彼女を悪役令嬢の運命から救うには、本来の悪役である僕たちが前に出るしかない。血で血を洗う争いをしようじゃないか」

「ふつうに嫌ですけど。だいたい、ノエムきゅんに傷でもつけようものなら、こっちが消されちゃうでしょうが。わたくしのことはどうでもいいのですか!?」


 本気で怒ってる気配を察して、僕はぶんぶん首を振った。

「そうじゃなくて! 僕だって痛い思いは嫌だよ。一緒に茶番を演じてほしいんだ。争いと言っても、なんかこう、指相撲とかさ」


 するとレアサーラは、無言ですっと手を差し出してきた。ゆるめのグッドサインみたいな形だ。

 反射的にその手を取って指を組む。


 心の中でコングがなったその瞬間、僕は親指を押さえられてしまった。

「え、早っ!」

 しかも全然動けない。嘘だろと思ってやり直しを申し込んでも瞬殺される。

 そうだった。レアサーラはドジっ子だけど身体能力が高いんだよ。


「勝負にならないだと!」


「……ねえ、これダメじゃないかな。俺の嫁の手をにぎにぎするなとか言われそう」

「王子はそんな言い方しないから!」

「嫁の自覚はありますのね」


 からかいを含んだその声に、僕は頬が熱くなるのを感じた。


「な、ないし!」

「まあ、ノエムきゅんと王子のことは、もう好きにすればって感じだけど。確かにアイリーザ様が私の代わりに退学になっちゃうのは困るわね。私はもう退学になった後のこと考えてるし、なんなら楽しみにしているし」


「え、さみしい」

「そう言わないで。美味しいハムができたら、ノエムきゅんにも送ってあげるからね」

「いや、ハムは嬉しいけれども」

「いいわ、やりましょう、茶番」


 レアサーラはやる気になったけど、僕としては複雑だ。どうせなら退学しない方向で頑張って欲しい。

 そうすれば、僕のデッドエンド回避にも弾みがつくというものだ。


 そんなふうに考えたその時、ふいに第三者の声が割り込んだ。


「話は聞かせてもらったー」

 聞き覚えのない少女の声だ。抑揚がなく、棒読みしてるみたいだ。


「誰!?」

 僕とレアサーラは驚きのあまり、無意識に両手を握り合っていた。


 椅子の下、というか通路のあたりからのそりと起き上がったのはよく知っている人物だったのだが、僕らのパニックは収まらない。


「あなたたちのわるだくみは、しっぱいするでしょー」


 ヘロヘロとどこか定まらぬ感じで指を突き付けてきたのは、一族総ふしぎ系。白の総レースが似合う『時の紋章家』ご令嬢。

 ようするに、僕らのクラスメイトでもある、クリスティラ様だった。


「しゃ、しゃべったああああ!」


 思わず叫んでしまってから、いや、そうじゃないと我に返る。

「クリスティラ様、いったいいつからそこに?」


 彼女は薄紫の髪を揺らしながら、こてりと首を傾げた。


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