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26 実験の甲斐あって

 次の日、僕はしっぽを振りながらリャニスを待ち構えた。寮の外には出ちゃダメって言われているので、応接室のソファーの上でおとなしくしている。

 あ、来たみたいだ。

 パッと駆け出したいところだけど、今日は我慢。


「兄上、まいりましょうか」

 リャニスは僕のそばまでくると、片膝をついて手を差し伸べた。

「待って。まず確認してもらいたいことがあるんだよ。ライラ、例のものを」

「はい。リャニス坊ちゃま、こちらをどうぞ」


「これは?」

「お守りだよ。握ってみて。どうかな、僕のギフトを感じる?」

「……はい。わずかに兄上のギフトが流れ込んでくるのを感じます」

「やった。実験成功だね!」

「いったいこれは――」


 中身はもちろん、例の石だ。リャニスならすぐに意図を理解してくれるはずと、しっぽが期待でパタパタ動いた。


「兄上?」

「昨日それを握りしめて眠ったんだ」

「兄上が?」

「そうそう。あ、リャニスのぶんもあるからね、おそろい!」

「……おそろい」


 彼はすっと表情を凍らせた。これは怒られるヤツか。いや違う。

 リャニス、フリーズしてる!

 

 僕はあわあわとリャニスの足に頭をこすりつけた。ぐりぐりぐり。それでも彼は微動だにしなかった。周りを二周してもまだ固まったままだ。僕、またその石について力説するべき?


「リャニス~?」

 三度呼びかけると、ようやくこちらを見て……ないな。微妙に視線が合わない。


「申し訳ありません、すこし、その、理解が及ばないのですが」

「えーとね、僕がギフトをその石に貯めておいて、それをリャニスが持つでしょ? そしたら離れていてもギフトを補えるんじゃないかと考えたわけだよ」

 リャニスはハッと顔をあげたが、やはり視線は僕を素通りし、そのままなにか考え込んでいる。


「つまり兄上は、この石の、ギフトを貯める性質を利用しようと考えたのですね。――さすがは兄上と言わざるを得ません。このようなこと、俺では思いつきもしませんでしたから」


 褒められてるんだろうか。

 メチャメチャ苦々しい感じだけど。


「そうですか。そしてすでに試してしまわれたのですね」

 いや、だから、なんでそんな魂が抜けたみたいな声を出すかな。

 疑問を口に出せずにいたのは、リャニスが硬く目をつぶったからだ。やがて彼はゆっくりとまぶたをあげる。その瞳には並々ならぬ決意が宿っていた。


「わかりました。俺もお供します」

 ようやくこっちを見たと思ったら、これだ。んな死地に赴くみたいな雰囲気出さなくても……。

 じゃっかん呆れた僕は、空気を換えようとあえて明るく言った。


「あ、うん。そういうことだから、今夜はその石を僕の代わりに抱いて寝てね!」


 そのとき、リャニスのうしろでガタっと激しい音がした。いつの間にやってきたのか、王子が扉にもたれかかっている。


 あれ、誰か取り次いだ?

 ふしぎに思っているうちに、王子はふらつきながら近づいてきた。


「いま、なにか妙な言葉が聞こえたが?」

「なんのことですか?」

「抱いて寝るとかなんとか」


 王子はひょいっと僕を顔の高さに抱き上げた。目が据わってるね。


「君は誰の婚約者だ」

「いまは宙ぶらりんですね」

 王子はものすごくなにか言いたそうな顔をしたけど、結局黙った。


 それから、王子にも状況説明をして、やっぱり盛大にため息をつかれたあと、三人で石の使い方を相談した。


 石ひとつにどのくらいギフトが貯められて、どのくらい引き出せるのか。

 エネルギーをチャージしながら同時に引き出すことはできないか。

 石を経由すれば他人のギフトでも受け入れられるのではないか。


「え!? まさかキアノまで試す気ですか?」

「君が手段を選ばないから、こんなところになっているんだろう」

 王子はちょっと眉をあげ、僕の前足を捕らえてふにふにした。

 みんな文句を言うけど、いまのところ最善策だと思うんだけどな。


 そんなわけで、検証には数日を要した。

 そしていくつかわかったことがある。


 たとえば、僕とリャニスがくっついて、お互いのギフトを補っているときは、石へのチャージはできないってこと。

 また、ギフトを込めた石を持っていると、別の石にギフトをチャージできないということ。

 どうやらギフトの流れは片側交互通行らしい。


 ちなみに石を通すことで、王子のギフトも吸収できるようになった。ただし、吸収率は劣るので、予備として持つこととなった。

 予備と言われて王子が落ち込んじゃったものの、総合的には僕、褒めてもらっていいと思う。

 実験の甲斐は、確かにあったのだから。


「制服に袖を通すのも久しぶりだなあ」

 僕は感慨深く鏡を覗き込んだ。

 侍女たちが念入りに整えてくれたから、ポメラニアンとして駆け回ってるなんて思えないくらい、品位あるご令息って感じに仕上がっている。


 いやあ、長らく犬の世話をさせて悪かったよ。解決したわけじゃないから、その言葉はぐっと飲み込んだけど。

 それにしても、やっぱり制服を着ると気が引き締まるね。


 応接間に出ると、王子とリャニスが待ち構えていた。

「ノエム!」

 ソファーから立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた王子は、まぶしいものを見るみたいに目を細めた。

 壁際で待機していたリャニスは、反対に涙を堪えるかのようにぐっと口を引き結んだ。

 だけど感想は一緒らしい。


「ノエム、痩せたんじゃないか」

「すこしお痩せになったのではありませんか」


 僕は「そうですか?」などと気にしてないフリをしたものの、実のとこ自分でもそう思う。妙に体が軽くて、ふわふわというよりフラフラする。


 はたから見てもそれがわかってしまうのか、歩き出した途端、両側から支えられた。

「抱えていこうか?」

「いえ、歩きます。運動不足だと思うので」

「つらくなったらいつでもおっしゃってください」


 リャニスまで抱える気だ。

 騎馬戦みたいな感じで、二人に運ばれる想像をしてしまい、僕はぶるぶると頭をふった。


「大丈夫です!」


 どちらにしても、教室につくと僕はみんなの視線を集めまくった。

 ワッと駆け寄ってきたのはサンサールとマスケリーだ。


「ノエムート様! 今日は人間だ!」

「もう大丈夫なのですか!」

「それが、まだ治ったわけじゃなくて」


 説明しようとしたら、きゃわきゃわしていた教室内がふっと静まり返った。

 あ、王子の仕業か。軽く手をあげみんなを黙らせたようだ。


「ノエムはまだ本調子ではないんだ。ポメ化も収まったわけではない。これからも気にかけてやって欲しい」

「はい殿下!」

 みんなが口をそろえたことに満足して、王子は去っていった。


「そこまで大げさにしなくていいからね」


 僕が遠慮がちに声をかけると、むしろなんか苦笑された。


「殿下がおっしゃられなくても」

 と進み出たのはマスケリーだ。

「ノエムート様のことはクラス一丸となってお守りします」

「そうですわ。クラスメイトじゃありませんか」


 みんな頷いてくれている!

 どうやらポメ化のせいで僕の好感度はうなぎのぼりらしい。

 ポメ化のせいばかりでもないか。みんないい子だもんな。

 すなおに認めてしまえば、自然と笑みがこぼれた。


「ありがとう、うれしいよ」


 まあ中には、ポメじゃないことを、あからさまに残念がってる犬好きもいたけどね。




 その日から、僕は人間とポメラニアンのあいだを行ったり来たりしながら過ごしていた。

 そして当然のことながら、僕は人間のときは人間らしく振る舞う。

 人の姿のときに、リャニスの膝に乗っかって授業を受けるわけにはいかないもんね。


 それにしても、クラスの子たちが協力的で本当によかった。

 いつも誰かしかに囲まれているせいで、廊下や食堂でアイリーザに会っても、睨まれる程度ですんでいる。

 このまま、おとなしくしてほしいものである。

 そう考えたこと自体、ある種のフラグだったのかもしれない。


「兄上、やはり教室までお送りします」

「大丈夫だって、みんな一緒だし」


 一年生で固まってぞろぞろ教室移動している最中、リャニスが先生から呼び出された。僕はそのとき人間の姿だったし、だいぶふらつかなくなっていたので、余裕って思った。

 そこでリャニスと別れ、階段をのぼった。


 アイリーザとすれ違ったのはちょうど踊り場にさしかかったあたりだ。彼女は取り巻きも連れておらず、一人だった。彼女が孤立していることに僕は動揺した。

 その視線こそが不愉快というように、アイリーザは顔をそむける。

 同時に、トンと軽く押されるような感触があった。


「あ」


 と思ったときにはバランスを崩していた。


 ――落ちる!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ポメ化のお話で一番好きな物語です。 読んだあとほっこりするので、更新楽しみにしています。 ポメの姿でなくて残念になってる犬好きのクラスメイトがきになります。 アイリーザが辛そうなのも心配…
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