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25 隠密行動


 トントントンと王子は扉を叩く。

 周りからすれば、誰もいないのに音が聞こえるという状況だろう。僕と王子はいま透明になって隠密行動中なのだ。僕は王子に抱きかかえられているせいか、時々うっすらと彼の姿が見えるけど、一度離れたら見つけ出すのは困難だと思う。


「はーい。誰~?」

 気の抜けた声で扉を開けたのはサンサールだ。

「あれ? 気のせいか」

 首をかしげる彼の腕の下を潜り抜けて、王子はリャニスとサンサールの部屋に踏み込みパッと姿を現した。


「邪魔をするぞ」

「うわっ!」

 突然の王子と僕の登場に、サンサールがのけぞった。

 机に向かっていたリャニスは声もなくこちらを凝視した。

「リャニス、ごめん。攫われちゃったよ」

「なんだその言い方は」

 王子はムッとしたけど、状況的にその通りじゃないか。


「兄上!」

 我に返ったらしいリャニスが迎えに来てくれたので、僕は安心してその腕に抱かれる。別に寂しかったとかじゃないけど、頭ぐりぐり押し付けちゃう。そのまま腕の隙間にもぐりこみたくなって無理やり鼻面を突っ込んだ。

 僕がもぞもぞしてようと関係なしに、彼らは話を続ける。


「君にしかできないのだから、責任をもってノエムをもとに戻せ」

 不愉快を隠さない王子に対し、リャニスは真摯に礼を言った。


「殿下、感謝いたします。本来ならばお諫めすべき行動なのかもしれませんが、今は兄を連れてきてくださったこと、心よりありがとうございます」

「ふん。ノエムのためだ。ノエムにひもじい思いなんてさせられるか」

 ぬおう。王子に食いしんぼ認定されてる。


「わかっております。それでも……。どうやって兄上の部屋に忍び込もうか考えていたので」

「え!?」

 僕は慌ててリャニスの腕から頭を引っこ抜いた。

「それはダメだ。次も私が連れてくる」

 王子の言葉に今度ばかりは賛成だ。


「そうだよリャニス! リャニスはマジメに生きなきゃ! 王子はすでに手練れだし、手遅れかもだけど」

「ノエム?」

「わうん?」

「犬のフリをしてもダメだ。ちゃんと聞こえたからな。あとで見てろ」

 最後のほうは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でつぶやいた。なんの警告だ。


 まあ、いまはそれよりも、なんかそろそろって感じがするんだよな。リャニスもそう思うのか、王子の言葉はひとまずスルーして、目を閉じてギフトの流れに集中しているように見えた。


 それにして可哀そうなのはサンサールだ。めっちゃ居心地悪そう。

 彼のためにもさっさとチャージしなきゃね。集中したら早くなるとかはないんだけど、僕もそっと目を閉じてそのときを待った。


 王子はサンサールになにか話しかけている。口止めと、見つかったときの対策をしているのかな。もしもの時は遠慮せず私の名を出せみたいなこと。


 行動はやんちゃだけど、こうして周囲への気配りも忘れないから、やっぱできる子なんだよね。

 さっきは言いたい放題しちゃったけど、あとできちんとお礼をしなきゃ。王子にはお礼を、サンサールにはお詫びのお菓子でも送ろう。


 それからしばらくは、四人とも無言だった。どのくらい時間が経ったのだろう。僕は少々うつらうつらしていた。

 人間に戻ってるなあと思ったのだけど、なんとなく離れがたくて、リャニスにしがみついたままでいた。


 弟に抱き上げられてるなんて社会的にどうだろうか、とかこの時は考えられないんだよね。ボーっとしちゃって。

 ただただリャニスのぬくもりに安心しちゃう。


「ノエム、そろそろいいか」

 無理やり引っぺがすのではなく、王子が遠慮がちに尋ねたので、僕はのろのろと顔をあげた。

 王子はじっとこちらを見ながら、手を差し伸べている。


「あ、靴……」


 またしても、素足だから床に下ろせない問題勃発か。

 王子に靴を持ってきてもらえばよかったなと考えかけ、それはそれでダメかと思い直す。


 仕方ない。抱えられるのが僕の宿命だ。

 僕はそっとリャニスに視線を戻して、頷いてみせる。リャニスはすこし戸惑いを見せた。


「殿下、やはり俺も行きます」

「ダメだ。人数が増えれば見つかる危険性も増す。あとのことは私に任せろ。心配しなくても、間違いなく寮まで送り届ける」

 ここまでハッキリ言われたんじゃ断れないよね。

 リャニスから王子へ危なげなく受け渡される僕。慣れたもんだよ。


「戸を開けろ」


 急な命令に、サンサールは「ヒエッ」と声をあげ扉に駆け寄った。

 王子はそちらを見もせずに、再び鮮やかな手並みで姿を消した。彼はそのまま歩き始める。うしろをうかがうと、扉を閉めていいものかサンサールは迷っている様子だった。

 声をかけるべきか、僕も迷う。


「ノエム、じっとしていろ、見つかるぞ」

 耳元で囁かれると、ますます身じろぎしたくなるんだけど。

 しかもなんか、楽しんでない?


 薄暗い廊下を、王子は足音ひとつ立てずに歩く。僕を抱えてるってのに、なかなかすごい芸当だ。僕ならこうはいかないね。


 ふっと前方に光が差した時も、彼は慌てなかった。廊下の隅によって、見回りの先生が通り過ぎるのを待つ。


 靴音と共に光がゆらゆらと近づいてくるので、僕のほうは不安のあまり、王子の肩をキュッとつかんでしまった。

 息を殺して、目もつぶって、なるべく邪魔にならないよう縮こまる。なんで僕いま、ポメじゃないんだろうなんて、本末転倒なことまで考えた。


 足音が遠ざかっても、僕は動けなかった。

 なだめるように軽くゆすられ、ようやくまともに呼吸ができるようになった。どこからか漂う甘い香りを嗅ぐうちにすこしずつ落ち着いてくる。


 そして我に返ったとき叫びそうになった。心の中では「ぎゃーっ」と盛大に叫んでいた。


 いつのまにか王子にがっつり縋りつてた。そんで、うっかりちょっといい匂いって思っちゃったのは、彼の髪だった。


 どうやら彼は、湯あみを済ませてから来たらしい。

 対して僕はポメ化してはしゃぎまわったときのまま。

 やばい、僕いま汗臭いんじゃないかな。なんなら犬臭いんじゃなかろうか。

 そろっと離れようとしたらやんわりと止められた。


「ノエム、そのままのほうが抱えやすい」

 ううう、僕は荷物。そう荷物! せめておとなしくしてよう。


 玄関前で待機するライラを見たときは、心から安堵した。

 名前を呼んだわけでもないが、気配で察知でもしたのか、彼女はこちらにむかってまっすぐ進み出てくる。


「早いな」


 つぶやいて、透明モードから通常モードに切り替えた王子は、どうして不服そうなのかな?

 僕になにする気?

 と、一瞬身構えてしまったが、僕をライラに手渡すと、彼は手を振ってさっさと戻るようだった。


「しっかり食べろ」


 姿を消す直前に見せた一瞬の笑顔。それがまたすごかった。からかうような、それでいて温かみのある優しいまなざしだった。


 本日最大の甘くてスパイシーをまともに浴びて、すでにうろたえまくっていた僕は、顔から火が出る思いだった。


「坊ちゃま、おかえりなさいませ。さっそくお食事を」

 僕が人間の姿で帰ってきたので、侍女たちは喜んだ。

 さっそく食事を勧めてきたけど、待ってほしい。ちょっと冷静になりたい。


「先に湯を使いたい」


 一人になって、泡たっぷりの浴槽につかりながら、僕はため息をついた。

「ほんと、なんなのかなあの人」

 なんでいい匂いさせちゃうかな。

 なんで悪役令息に、ここまで優しくしちゃうかな。


 それに、怖い思いをしたせいか、去り際の笑顔がやたらと脳裏に焼き付いている。

 吊り橋効果って奴か。いや、お風呂は普通心拍数が上がるんだから、これは普通のことだ。


「……あ。そういや僕、今日お礼言ってないな?」


 王子の厚意を、当然と受け止めてしまっては大変だ。それは破滅のフラグである。

 ポメ化してるからって、甘えすぎなんじゃないか。


「どうにかしなきゃ」


 僕は考えた。お風呂の中で、ご飯を食べながら、歯磨きしながらずっと考えていた。

 今日みたいなこと、何度も繰り返しちゃダメだ。なんとかしないと。


「坊ちゃま、そろそろ冷えてまいりました。暖炉に火を入れましょうか」

 ベッドに腰掛け、腕を組み、眉間にギュッとしわを寄せていたせいか、ライラは心配そうに僕をのぞきこんだ。


「暖炉……」

 何気なくそちらを見て、僕は叫んだ。

「ああああああーっ! そうだ、そうだよ!」


 暖炉に駆け寄って、その横の燃料入れのバケツに手を突っ込もうとして、阻まれる。

 ライラはバケツを取り上げ、高く持ち上げた。


「坊ちゃま、コレはいけません」

 そこへ、バタバタとヘレンとジョアンもやってきて、侍女三人がそろってしまった。


「何事ですか!?」

 ヘレンが訪ねるが、僕はバケツから目をそらさなかった。

「ライラ、それを僕に」

「いけません、坊ちゃま。手が汚れます」


「原材料はともかく、それはもう変換されてるんだよ。燃料であり、肥料にもなる、ただのすごく役に立つ石だよ。あまり知られていないけど、それにはギフトを貯める性質がある。握りしめて眠れば僕のギフトが貯まるかもしれない」


 僕の言葉に侍女たちは青ざめた。


「繰り返すけど、それはもう馬糞じゃない。石なんだ。それにいまの僕に、選り好みなんてしている余裕はないんだよ。取れる手段はなんでも取らなきゃ! いつまでも王子に頼るわけにはいかないよ!」


 最後はほとんど叫ぶみたいになっていた。切実なんだって。


 侍女たちは顔を見合わせる。

「わかりました」

 頷いたのはジョアンだ。

「袋かなにか準備いたします。お待ちいただけますか」


 ジョアンはいったん下がり、小さなきんちゃく袋を持って戻ってきた。

 ちゃんとリャニスのぶんもある!


「坊ちゃまが使うには質素ですから、折を見て作り直しますね」

「そんなことないよ。ってこれジョアンがつくったの!?」


 二つのきんちゃくは対になっていて、黒地には白糸で、白地には黒糸で刺繍が施されている。モチーフになっているのはブドウの蔓と実で、丁寧ないい仕事だった。

 侍女の中でも変わり種、時々顔がホラーになるジョアンがこれを?


「あら、お屋敷の中でもジョアンはいちばん針仕事が得意なんですよ」

 ヘレンがニコニコと答えた。

「そ、そうなんだ」


 バトル担当ライラ、癒し担当ヘレン、変人枠ジョアンじゃなかったんだ。

 そして何気に、決定権はジョアンが持っているんだね……。


 しかしまあ、寝る準備が整い、驚きが過ぎ去ればワクワクがこみ上げる。

 何はともあれ、僕は秘密のアイテムを手に入れたわけだ。

 効果のほどは明日になればわかるだろう。


 僕は白い袋を僕のぶんと定め、握りしめる。

 中に入った石の、硬い感触を確かめながらベッドにもぐりこんだ。


「おやすみなさい」





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