24 周りも慣れてきた
氷の動物園みたいだ。
リャニスに抱えられて、ぐるっと氷像を見て回ると、申し合わせたわけでもないのに班員全員なんらかの動物を作っていた。
いや、クリスティラ様のは動物かなあ。猫と言えば猫だけど隕石にえぐられた月みたいにも見えるし。でも、体がついているようにも見えるし。
うん、猫って思っておこう。そのほうが楽しい。
マスケリーは聖騎士を目指す者らしく、一角獣を作った。滑らかさはあまりなくて、ポリゴンみたいだけど、なかなか特徴を捉えてるね。
サンサールは猿。表情とおんなじポーズをして僕を笑わせた。レアサーラはもうすぐ出荷されそうな豚を見下ろし満足そうだ。
うわあ、自由!
いいなあ、楽しそう。僕もなにを作ろうか考えてはいたんだよ。だけど、無難に花でも作ろうと思ってた。
なんてつまんないこと考えていたんだろう。
このラインナップに加えるなら、僕はなんの動物にしたらいいかな。鶏かな、キジかな、バジリスクかな。
「今年の一年生は、なんというか……」
先生は、どうしてか頭を抱えちゃったけど。
ちなみに芸術点はマスケリーがいちばんだった。「モチーフの選択がすばらしいですね」だって。
リャニスは不服そうに僕の背中をなでた。
「兄上だって素晴らしいモチーフです」
「再現度はリャニスがいちばんだったよ。持って帰りたいくらいだった」
午前の授業が終わると、リャニスとはいったんお別れだ。
僕は体調不良ということにして、寮に戻って昼食をとる。ライラに僕を引き渡すと、リャニスは不安そうに眉を寄せた。
「すぐにお迎えに参ります」
「ゆっくりでいいよ」
なんせね、ヤギのミルクをぺちゃぺちゃなめてるところは、さすがに見せちゃダメだと思うんだよ。僕のメンツが丸つぶれだからね。
ポメ化しててもナイフとフォークが持てたらよかったのに。
床で食事ってのもダメなので、僕のために特別に設えた食事台の上にちょこんと乗っかって、ミルクを飲む。
飲み終えて、口の周りを拭いてもらっているあたりで外からタッタッタと軽い足音が聞こえてリャニスが戻ってくる。
驚きの速さだ。
侍女の取次ぎを待たずに入ってくるなんて、これもいつものリャニスなら考えられないことだ。
「兄上、もどりました!」
「早いね。ちゃんと食べた」
「はい!」
怪しいけど、突っ込むには眠すぎる。
リャニスの腕に収まれば、大きなあくびがでた。
「ちょっと、昼寝」
そうしてスヤスヤ眠っているうちに授業が始まっちゃってた。半端な時間だしこの際もうちょっと寝ちゃおうかな、なんてずるいことを考えたのがバレたのか、リャニスは僕の喉のあたりを指でなでた。起きるよ。
本能のままに伸びをしたあとは、しっかり聞いてますよって顔をしておいた。実のとこ、あんまり聞いてない。
夜は刻限ギリギリまで粘ってリャニスゲージを貯める。僕が人間に戻ると、リャニスは慌ただしく自分の寮に帰っていく。
僕の一日はそうやって終わる。
……ハズなのだが。
「気にせず食べてくれ」
と、夕食を食べる僕のとなりで、王子がちゃっかりお茶を飲んでいる。
「あの、いくら王子でも叱られますよ」
僕は時間を気にしてソワソワした。だけど王子はしれっと言い放った。
「バレなければいいんだ」
「柔軟ですね」
「君と付き合っていると自然にそうなる」
「はあ……」
それって僕のせいで不良になっちゃったってこと? とんでもない言いがかりと思わなくもないが、なんかほかに言わなきゃならないことがあったように思う。
僕はナイフを置いた。
「そうだ、今朝はありがとうございます。アイリーザ様とすれ違ったときのことですが」
「ああ、気持ちよさそうに歌っていたな」
聞かれていたかー。
「忘れてください」
「どうだろうな。あれは少々忘れがたい」
笑いを噛み殺すように、口元を隠すので僕は恥じ入ってうつむきたくなるのをぐっとこらえた。食事の最中だし食べることでごまかそう。
無言でステーキを切る。
「君は花嫁教育なんて受けていなければ、案外もっとわんぱくに育っていたのかもしれないな」
「平民に生まれていれば、そうだったかもしれませんね」
「そうだ、君、虫は好きか」
「虫?」
王子が急に変なことを聞くので、僕は思わずテーブルの上の料理に目を落とす。
「食べろとは言っていない」
「そうですか。ええと、はい。嫌いではありません」
「たとえばどんな虫が好きだ」
「どんな?」
と言われてパッと思いついたのは、やっぱり毒のある虫だ。
「カメムシとか? ハネカクシや、ハンミョウもいいですね」
「そこはせめて、クワガタやカブトムシであってくれ!」
王子はガッと顔を覆って悲鳴じみた声をあげた。
え、なんでそんな切羽詰まった感じなの。僕のほうは、まばたきしながら言葉を選ぶ。
「ええと、その二択だと、僕はクワガタが好きですね。取った記憶があるので、思い入れがあります」
「君が虫取りを?」
指摘されてハッとした。そうだ、これは前世の記憶だ。ヤバい。
「失礼しました。この言い方では語弊がありますね。庭師が取ったものを見せてもらっただけです」
ニコッと笑って、なんとかごまかせたかな。
王子のほうも「クワガタだな」とつぶやいてそれ以上は深追いしてこなかった。
ポメとしてスクールに通うようになって一週間が過ぎた。周囲もどうやら慣れたようで、一年生はもちろん、上級生にも僕は可愛がられていた。なんだか、人間でいるよりも気さくに話しかけてもらえる気がする。
ポメの魅力が充分に伝わったおかげで、僕には味方が増えたのだが、そのぶんアイリーザは立場をなくしていた。
なんとかしたいけど、今の僕がなにをいっても火に油をそそぐようなものだ。
お茶会に誘えるわけでもないしね。
「キアノ、今日も来たんですか?」
夜になると、王子が訪ねてくるのも、もはや習慣のようになっていた。
「ノエム、ポメ化のままじゃないか。リャニスランはなにをやっている」
「あ、はい。今日はイレオス様と剣術の練習の日だったので」
一緒にいる時間が足りなかったんだよね。感覚的にはもうすこしってところなんだけど、時間切れで。
「いまは、君を優先するべきじゃないのか」
「リャニスもそう言ったんですが、僕が行かせました」
弟の才能を伸ばすほうが大事です。
僕は納得ずくなんだけど、王子は眉を寄せたかと思うと僕をひょいと抱えた。
「リャニスランのところへ行くぞ」
「ですけどもう」
「そのままではまともに食事もできないんだろう。責任をもって送り届ける」
後半は、侍女たちに向けて放った言葉だ。止めるかと思った侍女たちだが、どうやら王子の行動に賛成らしい。そろって頭を下げた。
「よろしくお願いします、殿下」
売られた気分。
「いや、待って下さい。それでは僕のせいで全方位叱られることになりませんか」
王子はもちろん、侍女たちやリャニス、たぶんリャニスと同室のサンサールまで巻き込むことになる。
「バレなければいいんだ」
イタズラっぽく笑った王子が、指を一本立ててみせたところで、ふっと王子の姿が消えた。
あ、僕もだ。透明になってる!
こ、これは……。
王子すでに結構やんちゃしてるな?




