23 氷像を作る
「ポメポメポメぽめらにあん、ふんふふ~ん」
リャニスに抱えられて廊下を行きながら、僕は気持ちよく歌っていた。
次の授業はギフトの練習だ。ポメの姿じゃなんにもできないけど、そんなことはどうでもいいんだ。よくわかんないけど楽しい。興が乗ってきてどんどん声も大きくなっちゃう。
一年生でぞろぞろ移動中だからみんなにも聞こえちゃう。むしろ聞かせちゃう?
「モフモフららーんきゅおーん」
盛り上がりも最高潮で、歌なのか鳴き声なのかよくわからなくなったところで僕は「キャウ!」と身をすくめた。
アイリーザがこっちを睨んでいる。めっちゃ睨んでる!
T字になっている廊下の突き当り、僕の行く先は左手、アイリーザがいたのは右手をすこし進んだあたり、せっかく通り過ぎていたのに僕が騒いだせいで注意を引いてしまったのだろう。
失敗したと身を固くしたそのとき、軽やかな足取りでやってきた王子が、サラッと僕の頭をひと撫でしてアイリーザと対面した。
後ろに回した手をひらめかせ、行けと合図をくれる。
あっぶない。確かにいまの僕は品位? が足りないかもしれない。
はー、ドキドキしちゃうね。
彼らから離れ外に出たところでリャニスがそっと囁いた。
「兄上、もう歌っても大丈夫ですよ」
なんか周りから「え?」って声が聞こえたけど、僕はそれより、笑いだしたくなっていた。
「ねえ、王子いま、すっごいタイミングで出てきたね」
「……待っていらっしゃったのではないでしょうか。兄上とここですれ違うだろうと」
「王子が僕の授業を把握してるってこと?」
「当然把握していらっしゃるでしょうね。俺が殿下の立場でもそうします」
リャニスはキッパリと頷いた。
「すごいねー。僕は無理だな。自分の予定とごっちゃになりそう」
王子もリャニスも優秀だからできることだよ。
そんな会話をするうちにギフトの練習場にたどり着いた。
今日は氷のギフトを扱う。
初級クラスはとりあえず氷を作ることを目指す。中級は決まったサイズの氷を作り出す。
そして僕たち上級者は氷像づくりだ。そのさいほかのギフトを併用してもかまわない。熱で表面をとかしたり、風で削ったり手段は問わない。最終的に評価されるのは芸術点だ。
ギフトの扱いがうまければいいというものではない。貴族だからね、遊び心も重要なのだ。
リャニスは氷の扱いが得意だし、本調子ならかなりの高得点を目指せたはずだ。今日はどうかなあ。
僕は隅のほうで邪魔にならないようにおとなしくしている。
いや、せっかくだし初級も初級、ギフトを体に巡らせる練習をしていよう。
うぬうぬ、こてん。うぬうぬ、こてん。
うまくできずに転がっている僕と違って、向こうは盛り上がってる。ドドドとすごい音がして、悲鳴もあがっている。また、レアサーラがずっこけたのかな。
うぬうぬ。
もはや転がっているだけになってきたところに、ぬっと影が差して困り顔のリャニスが覗き込んできた。
遊んでたわけじゃないよ!
僕は慌てて全身をブルブルして土を落とした。
だけどリャニスは叱りにきたわけじゃないようだ。
「兄上、うまくできません」
ぺしょっと顔をゆがめるので、僕は慌ててリャニスの足元に体を挟んだ。
「兄上がいないと……」
「リャニス大丈夫だよ、ここにいるよ! 一緒にやっていいか聞いてみようよ」
そう提案してまともにリャニスの作業していた場所を見れば、大量のつららが地面を串刺しにしていた。そこに魔獣かなんかがいれば、ひとたまりもない感じ。
「うわあ、すごいねえ」
「感心してないで、こっちを何とかしてくださいませ!」
よく見ると、隣で作業していたレアサーラが巻き込まれていた。器用に全弾かわしているが、身動き取れずに困っているようだ。
「アレに似てる。曲芸の」
「ナイフ投げ?」
ひょいとサンサールも覗き込んだ。そしてレアサーラに睨まれて首をすくめた。
いまの、顔だけなら悪役令嬢っぽいね。
「レアサーラ様、申し訳ありません。すぐに片づけます」
サンサールとマスケリーも手伝って、三人でずぼずぼつららを抜いていたら、ようやく騒ぎに気付いたらしい先生も駆け寄ってきた。
僕はリャニスの腕から抜け出して、軽く状況説明した。
「先生。ギフトの調節がうまくいかず危ないのでリャニスと一緒にいていいですか。そのほうが安定すると思います」
「そうですね、そのほうが良いようです」
先生に頭の痛そうな顔をされちゃった。
まあなんにせよ許可は取った。チラッと振り返ると、リャニスが紳士らしく手を差し伸べるところだった。
「レアサーラ様、お怪我はございませんか」
レアサーラはそれを辞退して自力でシュパッと起き上がった。
「この通り大丈夫です。ですが、お気をつけて。避けられない方もいらっしゃるでしょうから」
「わあ! レアサーラかっこいい!」
褒めたのに、なんでか睨まれる。
それでもそこから先はけっこう順調だった。リャニスは両手で抱えられそうなまるい氷を出現させて風のギフトでシュシュシュと削っていく。
そうして出来上がったのは、原寸大のポメラニアンだった。
「わあ! 僕だ! リャニス、近くで見ていい?」
完成品を見て、思わず周りをぐるぐる駆け回ってしまったのは仕方ないと思う。鼻を近づけて、冷たさにキュッとなってたら、再び抱きかかえられる。
「あ、ねえ。僕もギフトの練習をしたい。あっちの端っこのほうへ行こう」
「はい、兄上」
リャニスと一緒なら、うまくできるかもしれない。僕も氷遊びしたい!
集中して、ギフトを一点に集める。そうだな、前足のつま先にしておこう。
やばっ。鼻がムズムズしてきちゃった。
暴発したらリャニスが危ないっ。
でも結局へくちへくちとくしゃみが出ただけでやっぱり氷は出てこなかった。
「無力……。いや、わかってたことだよ。リャニスは問題なく使えるようでよかったね」
「もっと、大きいのを作れました」
と、リャニスは不服そう。まだ本調子ではないようだ。
「大きい僕か。それは興奮しちゃうね。巨大化は男のロマンだもんね」
「そうですね」
「リャニスを乗せて走れるくらい大きくなるんだ!」
「乗りませんよ」
「え?」
「サンサールたちも完成したようですよ。見に行きますか?」
なんかごまかされた気もするけど、興味はある。
短いですが、猛暑まじむり。