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22 ポメ、学校へ行く

 僕はリャニスと手をつないで父上の部屋にやってきた。ろくに手立ても打てぬまま、明日にはスクールに戻らなければならないという状況だ。


「僕だけなら、休学するのも手だと思うのですが……」

 僕はチラッとリャニスを見た。

 リャニスはなにも言わずじっと僕を見下ろしている。キュッと握られた手から、離れる気はないという意思は伝わってくる。

 うん。無理だよね。


「このところ、朝起きてから眠るまでずっとリャニスと一緒なんです。そんなの幼いころ以来だから僕としてはすっごく楽しい!」

 あっと、本音出ちゃった。父上が白目をむいているじゃないか。


「えーと、そうじゃなくて、そうまでしてもギリギリだってことです。手を離せばすぐにでも力が抜けてしまいます」


 実際に手を離して見せると、リャニスはもう不安そうな顔をしている。


「あ、そうだ! 抱っこ紐とかどうでしょうか」

「だっこ……」

 父上はつぶやいて深い溜息をついた。

「わざわざそんなことを言いに来たのかい?」

「いいえ、いまのはただの思い付きです。寮の件できました。僕の男子寮への移動は叶いそうでしょうか」


「ノエム、それは難しいと言っただろう。男子寮に移ったとして、リャニスと同じ部屋にしてもらえるわけではないんだよ。それに、移動となれば侍女も置けない。今の君の状況で、彼女らの手助けがないのは困るだろう」


「まあ、この状況じゃなくても困りますね。では、リャニスを一時的に僕の寮に住まわせることは」

「そっちはもっと無理だ!」

「兄弟なのに」

「たとえ君たちが実の兄弟であったとしても許可なんて下りないよ。あそこはそういう場所だ。今でも充分融通してもらってるんだよ」


 うーむ、そうなるとどうにも手詰まりだ。

 現状打破が難しいなら他人を巻き込むしかない、というのが僕の結論だった。

 授業の始まる前日の夜、僕は寮の自室にレアサーラとサンサール、そしてマスケリーを招いた。


 日本の感覚でいうなら、今は午後六時半を過ぎたくらい。そして七時以降にほかの寮を訪れてはならないという規則があるから、ちょっとギリギリだ。


「みんな、きてくれてありがとう」

 ポメ化した僕はリャニスに抱えられた状態で、三人を見あげた。


 レアサーラはいつも通り嫌そうな顔。

 サンサールは僕がしゃべれるようになったことを事前にリャニスから聞いていたのか、好奇心いっぱいで今にも僕をつつきそう。


 かわいそうなのはマスケリーだ。緊張した様子でやってきたのに、僕がポメ化していたせいで驚いて、リャニスの様子にギョッとして、鯉みたいに口をぱくぱくさせている。


 とりあえず座ってもらって、僕は自分たちの置かれている状況を彼らにかいつまんで話した。ポメ化を治そうとして実験に失敗したこと、リャニスにくっついていないとすぐにポメになってしまうこと。リャニスのことは、少々落ち込みやすくなっていると伝えておいた。


「授業もあるし、ずっと一緒にはいられないだろう? そういうときに僕らのことを手助けしてほしいんだよ」

「……お話はわかりました」


 と、声を絞り出したのはマスケリーだ。

「けど、なんでコイツがいるんですか!」

「それはこっちのセリフだよ」


 かみついたのはもちろんサンサールだ。

「ノエムート様、コイツ信用できるんですかあ?」

「なんだと!」

 サンサールとマスケリーは互いに指を突き付けて変顔対決している。僕も混ざりたい。


「なんでって言われても、サンサールはリャニスと同室だし、仲もいいんだから隠すよりは頼るほうがいいよね。マスケリーのことは、少なくとも僕は信用しているよ」


 マスケリーはサンサールに対してあたりが強いけど、貴族として押さえておくべき常識だったり礼儀だったりを教えようとしているだけなんだ。それにそれは、本来悪役令息である僕が、聖女に向けて発するはずだったセリフなんだよ。つまり僕にとっては、彼も気に掛けるべき存在ってことだ。


 マスケリーは意外だったのか、ぽかんとした顔で僕を見た。でも僕いまポメだから、反応に困っている様子だ。それでも不満は引っ込んだようだった。

 サンサールのほうは、まだ口を尖らせたままだけど。


「同じ班なんだし、仲良くしようよ」

「おなじ班って言うなら、あのぼんやりお嬢様は?」

「クリスティラ様のこと? あー、別に仲間外れとかじゃないんだよ。ただ、クリスティラ様は、僕がポメ化してても気づかなそうなとこあるから。気づいたとしても、途中で僕の存在を忘れて一人でどっか行っちゃいそう」


 それぞれ思い当たることがあるのだろう、サンサールとレアサーラが遠い目をした。

 マスケリーだけは、ほかのことが気になるようだ。


「ノエムート様、殿下にはお願いしないのですか?」

「王子は学年が違うので」

「それはそうでしょうけど、お話は通しておいたほうがよろしいかと。そうでなくては、わたくしたちが叱られます」


 レアサーラの言葉に三人はコクコクと頷いた。


「まあ、話はするけれど。サンサールとマスケリーにはね、リャニスのことを頼みたいんだよ。こんな状態だし」


 顔を上に向けると、リャニスはじっと僕を見下ろしていた。話は聞いていると思うんだけど、すごーくおとなしい。今は僕を最優先ってかんじかな。もうすこしでリャニスゲージが貯まるから、そうなれば彼も調子を取り戻すだろう。


 体感からすると、だいたい六割くらいのチャージで僕はヒトに戻る。四割切るとポメ化する。そして今の時点ではどんなに頑張っても八割くらいしかチャージできない。


「なるべくリャニスを一人にしないでほしいんだ。それから王子のことだけど、僕に関わらなければうるさいことも言わないと思うよ」

 二人ともあからさまに胸をなでおろした。王子がやっかいな人みたいに扱われてておもしろいね。


「え? わたくしは?」

「レアサーラは、リャニスもライラもこられないときに僕と一緒にいて欲しいんだよ。僕もひとりになりたくない。レアサーラと僕はぜんぶ一緒の授業だから、そこまで手間でもないと思うんだけど、ダメかな? 王子がきたらそのまま押し付けていいから」

「まあ、それくらいでしたら」


 しぶしぶとはいえ、レアサーラが了承してくれてホッとした。

「よかった、ありがとう! 僕あんまり素早くないから、割とすぐに捕獲されちゃうんだよね。今なら誘拐し放題かも!」


 そう口にしたら、リャニスが僕を抱える手にぎゅうっと力を込めた。

「イテテ! 痛いよリャニス。冗談、冗談だから!」

「前科があります」

「そうだね!? ごめんね、もう、さらわれないから!」


 リャニスは力を緩める代わりに、自分の胸に押し付けるみたいにして僕を抱いた。

 僕は抵抗せずに、体を安定させて一息つく。

 チラッとみんなをうかがうと、物騒な話をしているからか落ち着かない様子だ。

 なにかフォローをと思った瞬間、ちょうどリャニスゲージがたまって、僕は人の姿に戻った。


 パチッと至近距離で目が合ったと思ったら、リャニスは焦った様子で僕を引きはがし、床に下ろそうとした。

「待った! リャニスラン様、素足素足!」

 レアサーラは慌てた様子で叫びながら、サンサールとマスケリーの頭をひっつかみ、無理やりうしろを向かせている。


 何事かと思ったら、僕寝間着なんだね。リャニスも体ごと顔をそむけてギュッと目まで閉じている。この徹底したご令嬢扱いよ。もちろん僕には恥じらいなんてない。足くらいで大げさなって感じ。だけどおかげでこっちは宙ぶらりんだ。

「ライラ!」

 リャニスが呼ばわると、ライラが残像を残す勢いでやってきて僕を受け取る。


「そういうわけだから、みんなお願いね!」

 寝室へ連れ戻されながら、そう言い残すのがやっとだった。

 身づくろいを終わらせたときにはリャニスまで退出していた。


「坊ちゃま、今のうちにお食事をなさってください」

「うん」

 頷いたものの、僕はその量にじゃっかん引いてしまった。

 僕はポメ化しているとき、あまりものを食べられないから、足りない栄養をせっせと取らせようというのだろう。


「しっかり食べてくださいね」


 侍女たちが言うからがんばるけど、三食分いっぺんに食べるのは無理だって。

 現実逃避というわけでもないが、もぐもぐ口を動かしながら別のことを考えた。

 リャニスと過ごす時間が足りない。授業が始まればもっと状況は厳しくなるだろう。


 朝、目覚めれば僕はまたポメに戻る。今は食べなきゃっていうのも理解できるんだけど、なんだかこれでは、ごはんのために人間に戻っているようなものだ。いや、ごはんは大事だけど。

 このままじゃジリ貧だ。


「坊ちゃま……」

食事の手が止まってしまったことを侍女たちに咎められてしまった。

「なんか太りそう……」

 僕のつぶやきは当然のように黙殺された。はいはい、がんばって食べますよ。


 次の日、僕は教室の椅子の上でクラスメイト達に挨拶した。

「どうも、ノエムートです! しばらくこんな感じでいくからよろしくね! 撫でていいけど大勢に囲まれるとちょっと怖いから順番にね! わふんっ!」

 僕のテンションだけが高くて、みんなぽかんとしてるのがおもしろい。楽しすぎて最後ちょっと変な声出ちゃった。


 適当すぎる挨拶が終わると、リャニスはすかさず僕を抱える。そしてそのままリャニスの席に連れて行ったので、周囲はますます目を丸くする。僕は笑い出したいのを必死にこらえた。しっぽのほうはこらえが聞かず、ぶんぶん振っちゃってたけど。

 本当ならその辺くるくる駆け回りたい気分。

「兄上、あまり暴れないでください」

 小声でたしなめられてようやく、僕は慎みというものを思い出す。


 リャニスも今はおかしくなってるはずなんだけど、一見普通に見えた。

 泣き虫リャニスからいつものリャニスに戻ると一気に冷静になるらしい。そのたび恥ずかしい思いをするもんだから、だんだん取り繕うのがうまくなる。

 彼がやたらと堂々としているせいもあるのだろう、僕を膝に乗せたまま授業を受けても誰も突っ込めないでいる。


 ちなみにスクール側への説明は、父上が済ませてくれているから、もちろん教師もなにも言わない。たぶん父上のことだから、泣き落としたんだろうな。


 授業をふたつ終えたころには、好奇心のほうが勝ったのか、女の子たちが近づいてきた。

「ノエムート様、その、もしよろしければ……」

「あ、撫でたい? いいよ~」

 僕は頭を突き出した。


「兄上、安請け合いはダメです」

 そう言って、リャニスが僕をキュッと抱きしめる。

「どうして? 嫌がられたり怖がられたりするよりは可愛がってもらえたほうが嬉しいよ。僕こんな姿だけどみんなと仲良くしたいんだ」

 そう言って僕はクラスメイト達を見あげた。


 夜になり、ベッドで横になっていた僕は自分の言動を振り返り、我ながらあきれてしまった。

 すごくナチュラルに、打算で動いているな。


「とりあえず、クラスに犬アレルギーの子がいなくてよかった……」

 そんなわけで僕はクラスメイトを味方につけた。これで学校生活もかなり過ごしやすいものになるはずだ。


 心配なのは、やはりアイリーザのことだ。

 彼女はポメ化したままスクールに通う僕が、貴族としての品位を貶めると訴えたのである。


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