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20 別に変じゃないよ

 僕しゃべれるぞ!

 くるっとその場で一回りしてみたが、人間に戻った様子もない。相変わらずポメラニアンのままだ。

 すごく変な感じ。なんか大切なことを考えていた気がするのに、全然思い出せないし。


 けれどその違和感も、すぐにどこかへ飛んで行ってしまった。


「まあいいや。それよりリャニスは無事なの? しっぽが生えたりしてない?」


 いまだに立ち上がれずにいるリャニスの周りを僕はぐるりと回り、尾骨がありそうなあたりをペシペシ叩いてみた。

 それでもリャニスは怒りもしない。よっぽどだな。


「あのね、リャニス、とにかく一度寝るか食べるかしたほうがいいよ」

 と、言ってるそばからリャニスの体がぐらりと傾いだ。

「わー!」

 支えなきゃ! クッションになるほうがいい?

 騒いでいるうちにさっと手が伸びてきて、リャニスの体を支えた。誰かと思えばリャニスの従者、クロフだ。ぜんぜん気づかなかったけど、そばに控えていたんだね。

 僕はかなりホッとした。


「クロフ、リャニスをしっかり休ませてね。もし、目覚めてまた自分を責めるようなら僕を呼んで。添い寝しに行くから!」


「ノエム……」

 心底あきれた声にくるっと振り向く。

「あ、父上! 母上! リャニスが大変なんです」

「ああ、わかっている。クロフ連れて行ってやりなさい。私もあとで様子を見に行く」

 母上はリャニスについていった。


「ノエムはこちらへ。すこし話をしよう」

 僕はチラリとリャニスが去っていくほうを見た。

 弟の可愛い寝顔が見たいとか思ってたけど、あんな痛々しいのが見たかったわけじゃないんだよ。

 ぐずぐずしていたら、ひょいと父上に抱き上げられてしまった。

「ライラは外で待つように」


 父上と僕だけが礼拝室に残った。

 父上はリャニスがしていたように、部屋の奥のステージに向かって祈りをささげる。

 僕も祈っておこう。リャニスが元気になりますように。


 父上の祈りは長かった。祈りを終えたあとのため息も長かった。

「常々言い聞かせてきたつもりだが、やはり強引にでもリャニスと引き離すしかないのか」

 思いがけないつぶやきに、僕は飛び上がった。

「父上、それは!」

「ノエム、あの子には剣術の才能がある。ザロンへ留学させてはどうかという話もあるくらいなんだよ」


 ザロンと言えば母上の出身国だ。みんな脳筋と噂される国に、リャニスが!


「リャニスはそれを望んだんですか?」

「打診の時点できっぱり断わられたよ。ポメ化のこともあり、君が心配だから、そばを離れたくないと」

「僕が足を引っ張ってる!?」

「自覚があるのなら、すこしは自重しなさい。これ以上あの子を惑わしてはいけない」

「僕だって、好きでポメ化しているわけじゃないのに……」


 しっぽの先までしょんぼりだよ。


「いや、ノエムそうじゃない」

「確かに、ポメ化した僕って相当可愛いんじゃない? と常日頃から思ってはいたんですが。そんなに!?」

「きちんと聞きなさい」

「きゃうん」


 首根っこをキュッとつかまれてしまった。

 持ち上げることこそしないものの、父上がいつまでも首をつまんだままなので僕は落ち着かなかった。

「クゥン?」

 言葉忘れちゃうくらい。


「ノエム、これがわかるかい?」

「しつけですね」

「そうではなくて、いま君にギフトを流しているんだよ」

「え? 全然わかりません。位置が悪いのでは? 手でお願いします」


 父上相手にお手をして、もう一度試してもらってもやっぱりよくわからない。

「私と君のギフトは似ているから、余計にわかりづらいのかもしれないが、君がポメ化をしているあいだは、特にギフトが届きづらくなるようだ」


 そうなんだ。

 僕はこてっと首をかしげる。でもそれがどうしたの?


「リャニスと殿下は君がポメ化していても、ギフトを届けられるようなんだ。けれど今回ばかりは、二人の力もうまく作用しないようだ」


「つまり僕、寝てるあいだにいっぱいなでられていたってことですか? 寝ていたから受け取れなかったということはないのでしょうか」

「わからない。だが、じきに殿下がいらっしゃるはずだ」


 なるほどそのときなでてもらって確かめろと。


 父上の言う通り、ほどなく王子がやってきた。例によって一角獣で飛んできてくれたらしい。




 応接間に場所を移し、僕と父上は王子を迎えた。椅子の上におすわりする僕を見て、王子は挨拶もそこそこに僕をひとなでした。


「まだ戻れないのだな」


 彼になでられると、いつもなら楽しさが伝わってすぐに戻っちゃうんだけど、今日は変だ。なーんにも感じない。

 王子まで不安そうな顔をしているからかな。けど、それだけじゃない気もする。


「キアノ」

 呼びかけると、王子は驚いた様子で僕の頭から手をどけた。

「ノエム?」

「はい。えーと、なんだかしゃべれるようになりました。もとに戻ってはいませんが、一歩前進ってとこですね!」


 王子はそれを聞き、苦笑いを浮かべた。

「まったく君は、前向きというかのんきというか」

 それですこし気が抜けたのか、再びなでられたときにはほんのりと暖かいものが伝わってきた。それでも、僕は人の姿に戻らなかった。


「やっぱり、リャニスじゃないと……」

 僕がポツリとつぶやくと、王子はナデナデの手をピタリと止めた。


「どうしてそう思うんだい?」

 そこで父上が口を挟んだ。それから改めて王子に椅子を勧める。


「僕にもよくわかりません」


「殿下が教えてくださったんだよ。君たちは、ポメ化を操る練習をしていたそうだね。そして、リャニスが君にギフトを流している最中、異変が起こったと。君の口から改めて聞きたい。いったいなにが起こったんだい?」


「ナメクジが」

「ナメクジ?」

「ああ、いえ、ナメクジは関係なくて。けど事前にナメクジのことを考えたせいなんじゃないかって。黒っぽいなにかが体にまとわりついて地面の底に引きずり込まれそうな感覚がしたんですよ」


「……君が言うと、まったく怖くなさそうだな」

 王子があきれているが、それはそうだ。

 僕、ちっとも怖くない。

「なにか怖がる要素ありましたか?」


「だが、あのときはあんなに怯えて……。あのリャニスランでさえ」


 王子の顔色がみるみる悪くなる。

「あのとき、私が君たちを無理やり引き離したから、いま君はこんなことになっているんじゃないのか?」


 とうとう彼は自らの顔を覆ってしまった。

 ヤバ。もしかして僕、リャニスだけじゃなく王子にまでトラウマ作っちゃった?


「大丈夫です、キアノ。いまはちっとも怖くないですから! それどころか万能感がありますよ。今なら剣だって上手に振れそうです」

「どうやって」


 王子のツッコミはまっとうだけど、なんせテンションがやたらと低い。場がしんと静まり返ってしまった。扉の外のほうは騒がしいみたいだけど。


 とか思っていたらノックの音がした。

 王子の護衛が入室し、王子になにやら耳打ちする。

「屋敷の周りで不審な動きをしていた者を捕らえたのですが……」

「連れてこい」


 青い顔でその場に連行されてきたのはレアサーラだった。

「屋敷の周りで不審な動きをしていましたので!」

「誤解です! わたくしはただ、殿下がいらっしゃるなら日を改めようと! なんなら今すぐ失礼いたしますので」


 淡いオレンジ色のツインテールをぶんぶん振って、レアサーラは必死に王子に弁明している。僕は彼女を見た瞬間、椅子から飛び降りて駆け寄っていた。


「レアサーラ! レアサーラ! レアサーラだ!」


 子供みたいにはしゃいでぽーんと彼女に突撃したら、レアサーラはバナナもないのに足をつるんと滑らせた。キレイに一回転したからケガはないけど驚いて僕は笑い転げてしまった。


「すごいね、レアサーラ! サマーソルトキックみたい! 今のもう一回」

「ノエム」

 父上にたしなめられて、僕は我に返った。そうだった、王子の前だった。


「殿下、レアサーラ様はノエムートのために私が招きました。レアサーラ様にもノエムートを治せる可能性があるのではと」

「レアサーラ、ノエムと親しいのか」

「いえその、ほら、殿方には話せないこともございますでしょう? おほほほほ!」


 やけっぱちのレアサーラに付き合って、僕も「おほほほほ」と笑ってみた。

 ダメだもう、なにやっても楽しい。


「レアサーラ! レアサーラは見たことあったっけ? ほら、これがポメ化だよ? 可愛い? 可愛いよね」

「ノエムート様は熱でもあるんですか? それともポメ化したときはいつもこんな感じなのでしょうか」


 レアサーラは実に嫌そうだ。抱えたままの僕を、なるべく遠ざけようと腕を伸ばした。

 もうそれすら面白い。

「えー、なでてよう」


「確かに、なにか様子が変だな」

 つぶやいたのは王子だ。


 ええ?

 僕、なんか変かな?


 そのとき、ふと笑いが引っ込んだ。そして、自分の意志に反して体がぷるると震えた。

「え? なんですか?」

「レアサーラ、下ろして」


 床に下ろされると、僕はまた身震いしてしまう。

 今度はものすごくソワソワしてきたぞ。


「あの、僕そろそろリャニスのところへ行っていいですか」

「なんだって? なにを言っているんだ、ノエム。殿下の前で」

 父上がたしなめるが、そんな場合じゃないと思う。


「だけど、リャニスが泣いてます」

「ノエム!」

 怒られても、ソワソワは止まらない。それどころか不安が強くなる。

 僕はジーっと父上と王子を見比べる。


「いい、許す。ノエム、行ってやれ」


 トラウマのせいか、王子はあっさり許可をくれた。


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