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4 最速じゃないですか


「おはようございます坊ちゃま」

 ライラが起こしにきたとき、僕はベッドの上でちんまりしていた。


「くううん」


 きのう母上に言われた、リャニスと引き離すという言葉が重くのしかかっていた。母上はわかっていない。

 僕が貴族としての体面を保てるかは、今やリャニスにかかっているのだ!


 うっかりそんなふうに考えて、その超絶情けない思考に僕は落ちこんだ。いや、リャニスに頼りきりなのは自覚している。


「リャニス、今の問題どういうこと」

「リャニス~、左にうまく回れないんだよね。ダンスの練習つきあってほしいんだけど」

「リャニス絡まるよ。どうしても絡まるよ!」


 最近リャニスとかわした会話の一部を思い出しただけでもこうだ。護身術の勉強なんて本当にたいへんだった。ロープをほどかなきゃいけないんだけど、最終的に髪とか服とかまで絡まって身動きできなくなるんだよね。子供だけで練習してはいけませんって禁止されたくらいニガテだ。


 そういう細々した失敗だとか、リャニスの助言で得た成功体験などがぐるぐるまわって、起きたらポメ化していたってわけだ。


 僕とライラは三秒ほど見つめあった。

「……リャニス坊ちゃまをお呼びしましょうか?」

 ライラはかがんでひそひそと尋ねた。


 母上にしかられていたときも、リャニスがポメをなでたいと言っていたときも、彼女は僕のそばに控えていた。だから判断に迷ったのだろう。

 僕は弱弱しく首をふった。ここはたぶん、王子を呼ぶのが正解だ。




   ◇

「息子のためにご足労いただき、誠に申し訳ありません、殿下」

 母上がキリっとした態度で王子に頭をさげた。顔つきがね、王子についている護衛と一緒ですよ、母上。


「いや、構わない。よく呼んでくれた」

 王子はどこかうれしそうですらあった。身をかがめて僕を手まねく。

「ノエム、こちらへ」

「わふ」


 本当にポメが好きなんだね。顔のまわりをわしゃわしゃなでる王子を見ていたら、人間にもどるのが申し訳ないくらい。


 リャニスもポメをなでたいって言ってたんだよな。それなのにこの場にすら呼ばれていないし、朝食も別だったから今日はまだ顔も見ていない。っていうか僕の朝食、ヤギのミルクだけだからね!


「ノエム? なぜそんな顔をしている」

 王子が僕の顔をそっと上向けた。とまどうように揺れる瞳がずいぶんと近くにある。

 あ。僕もう元にもどってる。


「あ、わ! 殿下!?」

 王子になでられながら、ご飯のことを考えていたとは言いづらい。

「……このようにポメ化してしまうのはなぜなのか、考えておりました」

「ポメ化? そう呼んでいるのか」


 僕がうなずくと、王子は眉をよせ僕の後頭部をやさしくなでた。


「すまない、ノエム。その件はこちらでも調べているのだが……、原因も対処法もまだつかめていない。幼いころはギフトが安定しないので、そのせいではないかと思うのだが……。不安だよな、ノエム。それなのに、君があんまりかわいいから、少々楽しんでしまった」


「あ、いえ。それはそれなので。どうぞ好きなだけなでてください」

 王子が固まったのを見て、僕は自分がなにを口走ったか自覚した。

「ポメ! ポメ化してるときのことです!」

「そ、そうだよな。と、当然だ!」


 なんかふたりでごまかしあってしまった。ふふ。おもしろいや。

 ……というか、王子のほうでも調べてくれたんだ。うーん。悲しくなると変身するようですと言うべきなんだろうけど、なにが悲しかったのか聞かれるとピンチなんだよね。

 うなりそうになったけど、王子の視線に気づいてひっこめた。


「ノエム、もしかして体調がすぐれないのか? 変身は体に負担がかかると聞く。私はもう行くから、ゆっくり休んだほうがいい」

「体調は大丈夫です!」


 わざわざ僕のために駆けつけてくれたのに、お茶もださずに帰してしまってはあまりに申し訳ない。


「あの、実は朝食がまだでして……。なにかつまみたいのでお急ぎでなければお茶につきあっていただけませんか」

 こういうときは、ぶっちゃけちゃうのもひとつの手だ。




 僕のななめ向かいで王子は優雅に紅茶を飲んでいる。

 僕はマフィンにポーチドエッグをのせた、エッグベネディクトみたいなものと静かに格闘しているところだった。おいしいけど、なんでこんな食べにくい料理考えついちゃったんだろう。


 王子が「私に構わずまず食べてしまえ」と言ってくれたのでまだすこし難易度がさがるけど、ちゃっかりマナーの練習をさせられている気がする。

 我が家での失敗なら、多少は目こぼししてもらえるもんね。

 でも僕は王子にみっともないところを見せたくない。悪役令息の名にかけて!

 いや、悪役関係ないかな。


 僕がフォークを置き、お茶に口をつけると王子は見計らったように、笑みをこぼした。

「満足したか」

「はい」


 正直に言えばもう一声ってところだけど。あとでなんかもらおう。

「それはよかった。またせてすまなかったな」

「そんな! わざわざ一角獣でおいでいただいたと聞きました。最速ではないですか!」


 この世界の移動手段といえば、馬、馬車、船、一角獣だ。彼らは馬に似ているが、体毛は黒のトラ柄で猫っぽい。野生では一メートルを超す長いツノをもつ生物である。


 王族や紋章家で飼っているものは、途中でツノが折りとられ、メッキや宝石で飾られている。いわゆるツノを取られちゃうと従うしかないってやつ。ちょっとかわいそう。

 でも強くて速くてカッコいい。空も飛ぶしね。


 まあ我が家にもいるんだけど、僕は近づいちゃダメなんだよね。王子に嫁ぐ身なので、においを覚えさせちゃダメだそうだ。

 そして原作でも、ノエムは一角獣と縁遠い。遠まきに王子を見かけて、距離を感じる切ないエピソードなのだ!


「見てみるか、ノエム」

「ひょえ!?」

「なんだ、嫌なのか?」


 しまった。はしたない声をだしてしまった。王子が眉をよせている。


「ち、違います! 見てみたい気持ちはあるのですが。王子もまだ乗りはじめたばかりなのでしょう? なじみのないにおいを、一角獣が嫌がるかもしれませんので」


 それにほら、いずれ破棄する婚約だからね。一角獣が僕を危険とみなさなくなっちゃうといろいろ困ると思うんだよね。

 王子の後に控えてる護衛を見たらうなずいてくれたし、間違ってない。


「……そうか。ならば今日のところはあきらめる」

 さては王子、自慢したかったんだな。がっかりしてらっしゃる。まあ、僕も本当は見てみたいんだけどね。


 猫の手ざわりの馬。なで放題だよ。それに、猫くさいのか馬くさいのかどっちだろう。気になる。

「その代わりこれからは、私のことはキアノと呼ぶように」


 ん? その代わり? なんの代わりだろう。

 僕がきょとんとすると王子がムッと口をとがらせた。


「どうしたノエム。まさか私の名前を忘れたか?」

「滅相もない。キアノジュイル殿下。お名前を忘れたことなど一度たりともありません」

 むしろ生まれるまえから存じておりますとも。


「だったら、呼んでみろ」

 頬杖をつき、王子は微笑んだ。僕はなにを試されているのかな?


「キアノ殿下」

「違う」

「キアノ王子?」

「そうじゃない」


 ええ? じゃあなにが正解だ?

 僕はすこし考えて、膝を打つ。わかった。

「キアノ様!」

 正解でしょ。ニコッとほほ笑んだ僕を見て、王子も笑みを深めた。


「キアノでよいと言っている」

 僕はポカンと口をあけてしまった。

「リャニスランをリャニスと呼ぶように、私のこともキアノと呼ぶように言っているんだ。わかるな? ノエム」


 これ、本当に呼んでいいのかな。聖女はなんて答えてたっけ。結構あっさりだった気がするな。

 そーですか。とかそんな感じ。


「き、キアノ……」

「聞こえない。もうすこし大きな声で」

「キアノ」

「ちゃんとこっちを見ろ」

「キアノ!」


 王子はポメ化した僕を見るときみたいな顔で笑った。

「うん。それでいい。ノエム」


 なんだこれ。ものすごく恥ずかしいんだけど。

 そのとき僕は、よせばいいのに思いだした。小説のなかで王子につけられたキャッチフレーズを。そう彼は、甘くてスパイシー。だめだ、ふきだしそう!


 それなのに、王子は容赦なくもう一度呼べと言う。

「……キアノ」


 消え入りそうな声になってしまったけれど、王子はもう文句を言わなかった。

 ただやけに満足そうな顔をして、僕を見つめるばかりである。


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