18 ポメ化について考えてみた
「君がそんなふうに切り出すときは、たいていろくでもないことなんだ。そばにいられないとか、距離を取りたいとか」
「ああ、いえ、今回は僕のことではないのです」
「今回は?」
サラッと流そうとしたら、そうはいかないとばかりに睨まれた。
婚約者と婚約者候補では距離感が変わって当然なんだけど。
今の関係では王子が僕に衣装を贈れないように、僕だって立場をわきまえなければならない。
「キアノ、聞いてください。アイリーザ様のことです」
「周りになにか聞いたのか? 言っておくが私は彼女と婚約などしないからな」
「あ、はい。聖女がいますしね」
王子が顔を引きつらせたので、僕は慌てて言葉をつづける。
「たとえドードゴラン家のゴリ押しで婚約を推し進めたとしても、キアノは彼女を好きになれないでしょう? 聖女のことは脇に置いたとしても、どうあがいても僕はアイリーザ様の邪魔になるんです」
「排除するか」
「じゃなくて!」
深刻な顔でなに言いだすんだ。
「そうではなくて、彼女を守って差し上げてほしいんです」
「理由がない。アイリーザが今まで君にしてきたこと、私が知らないとでも思うのか」
僕はギクッとしたけれど、今のところ嫌味を言われたり、舞踏会で王子と踊るなと言われたりしたくらいで実質的な被害はなにもない。
とはいえ、予防線くらいは張っておきたいんだよ。
僕はチラッとライラの立ち位置を確認し、声を落とした。
「神のシナリオです、キアノ」
聞きたくないとばかりにそっぽを向いていた王子が、ハッと僕に視線を戻した。
いや、知らないんだけどね、本当のところは。
僕の知っている原作と神のシナリオがイコールだってことは証明できていない。
だが僕は嘘つきの悪役令息なのでお得意の「そういうことにしておこう!」を発動する。
僕がさらに言葉をつづける前に、王子はさりげなく風の流れをギフトで変え、内緒話にふさわしい舞台を整えてくれた。
ふわりとなびく髪を手で押さえ、僕は王子の瞳をじっと覗き込む。
「キアノが秘密を打ち明けてくれたように、僕も秘密を告白しましょう。神のシナリオの中で僕に与えられた役割を」
「ふうん?」
あれ? 疑いのまなざしだね。王子は笑顔だけど、目元が冷ややかだ。
「一応、聞こうか」
好きだと言われてはいるけど、無条件にぜんぶ信じてもらえるわけじゃない。その辺の線引きが頼もしくもある。
変な話ではあるけれど、疑われたことでかえって、僕のほうは力が抜けた。自然と笑みを浮かべていた。
「僕の役割はキアノに恋をして、そして振られることです」
「前半だけでいいんじゃないか」
「いえいえ、むしろ後半がメインでして」
「じゃあもう失敗だ。話すことはなにもない」
王子は話を畳もうとしたけど、それではわざわざ打ち明けた意味がない。
「もうすこしだけ聞いてください。僕はね、キアノに振られてやけになり、聖女に様々な嫌がらせをするんです。――ちょうど、今のアイリーザ様のように」
正確には、アイリーザは悪役令嬢の代わりを務めているのだから、僕の代わりではない。だが、それを説明しだすとややこしい。レアサーラも巻き込まれるより省かれるほうが怒らないはずだ。
「つまり君は、神のシナリオのせいでアイリーザの行動が変わったと言いたいのか」
さすがは王子、話が早い。嬉しくなっちゃうね。
「はい。僕が悪役をサボっているせいで、彼女にその役割が移ってしまったのではないかと」
「悪役? 君が?」
とっておきの冗談を聞いたときみたいに、王子は笑い声を立てた。
「似合わない。君が嫌がらせをするとして、具体的にはどんなことをするんだ」
「え? 具体的にですか?」
君がと言われて思わず、ノエムートとしてではなく僕として嫌がらせを考えてしまった。アイリーザの嫌がりそうなこと。
「そうですね、たとえば読書するアイリーザ様の前で歌い踊るとか、数学を解いている横で関係ない数字を言いまくるとか、大事な場面で変顔するとかですかね!」
堂々と言い放ったあとで、いや、あまりにも子供っぽすぎるだろうと恥ずかしくなった。
「……なんでもないです。忘れてください」
「ノエム、それ……。ぜんぶ私の前でやってみてくれないか」
「なんで興味を持ったんですか! 無理です。さすがにキアノにお見せするのは忌避感がありますよ」
なんせ、王子の前では気高く美しくと言われて育っているんだから。
熱くなった頬を、なんとか冷まそうと手であおぐ僕を見て、王子は目を細めた。
「やはり、まったく似合っていないな。君に悪役は無理がある。このまま代わってもらったらどうだ?」
「いいえ、それではダメなんです!」
悪役令嬢の代わりを務めたなら、良くて追放。でも彼女が本当に僕の代わりも務めてしまったなら、その先に待っているのは死だ。
結末を知ったうえで彼女に役を押し付けたら、僕は悪役令息通り越して悪魔になってしまう。
それに、すこし前リャニスが調べてきてくれたんだけど、彼女のうちは今、お家騒動的なことでゴタゴタしているらしい。
親の不倫が発覚したとか、従兄による乗っ取り計画が進行中とか、アイリーザはちょっとつらい立場なのだ。
誰かに当たり散らしたくなったのかもしれない。僕が原作通り嫌われ者の悪役令息だったなら、彼女の行動は特に問題にならなかったはずなんだ。
二重の意味で僕は責任を感じていた。
「キアノ、お願いです。この先アイリーザ様と僕がもめたとしても、大事にはしないで欲しいんです」
「それは、黙って見ていろと言うことか」
「そう捉えてもらって構いません。僕だって紋章家の一員ですし、このくらいのこと、うまくあしらえなくてはなりません」
王子はすごく不満そうだった。
こういう場合はどうしたらいい?
王子の気持ちをそらしてしまいたいわけだ。それも、どうせなら僕の今後に役立つように仕向けたい。
「キアノにはほかにお願いしたいことがあるんです。以前申し上げましたよね。ポメ化を自由に操れるようになりたいのだと」
「できるようになったのか」
「いいえ、まったく!」
パチッと王子がまばたきした。しまった。素直に答えすぎた。
「あの、一応僕としても、忘れていたわけではないんですよ? ただ、今変身しちゃうとアレに差し支える、コレに差し支えると考え出すと、なかなか練習するのも難しくて」
やばい。やらない言い訳を積み上げてるみたいになっている。
ひたすら恥ずかしいが、王子は僕から視線をはずし考えるそぶりを見せた。
「そのことなら、イレオスにも相談してみるか?」
たんに今、イレオスが我が家にいるからそう言っただけなのかもしれないが、僕はたじろいだ。
自分でもよくわからないのだが、イレオスのことを恐ろしく感じてしまうことがあるのだ。それはいつも一瞬のことで、その時間さえ過ぎてしまえば彼はただの行き過ぎたイケメンなので、周りにも言えずにいる。
「えっと、僕のポメ化を治せるのはキアノとリャニスだけでしょう? もしかしたら、逆もあるのではないかと」
それは慌てたがゆえに出てきた、口から出まかせであった。そしてなんというか、とことん人任せな案であった。
僕にはできないけど、二人ならできるんじゃない?
というわけで後日、王子に再訪してもらうことにした。
王子が来るまで少々時間があったので、僕は鍛錬場で木刀をぽふぽふ振って体力を削っておく。
「相変わらず剣は苦手なようだな」
「キアノ! 早いですね。出迎えもせず申し訳ありません」
「いや、いいんだ」
そういやスクールに入学する前は、王子もこうしてひょいひょい家に来ていたっけ。なんだか懐かしいや。
「殿下、本日は兄のためにご来訪いただきありがとうございます」
リャニスがきちんと頭を下げたので、僕はハッとしたけどいまさらだ。いいって言われたし、さっさと本題に入ってしまおう。
木刀は侍女に預けて、僕たちはその場にとどまった。
ギフトを扱うからと鍛錬場を指定したのでお茶とかも後回しにしちゃう。
「まずポメ化について、僕なりに考えをまとめたので聞いてください。僕は、悲しいとき、すごく驚いたとき、ひどく疲れたときに変身してしまうようです」
これまでのことで、思い当たることがあったのだろう。王子とリャニスはそれぞれ頷いてくれた。
「そして、二人になでられると元に戻ります。負の感情が正の感情になることで人の姿に戻るのではないかと考えました」
「こうすると嬉しくなる。ということか?」
王子はにゅっと腕を伸ばして僕の頭をなでた。
「嬉しいというより楽しい、ですね。王子がとても楽しそうなので、つられてしまうんですよ」
僕は王子の手をそっと外して、リャニスに視線を向けた。
リャニスが腕を伸ばしてくれないので、僕は「ん?」と首をかしげて両腕を掲げた。
「え? 俺もですか」
「嫌ならやめればいい」
「検証ですから。だから、ね? リャニス」
重ねてお願いするとリャニスはようやく遠慮がちに手を伸ばした。
まどろっこしいので、もう自分からなでられにいっちゃう。
ぽすんと頭に手が乗せられると、僕は目を閉じてその感覚を味わった。
「うん。やっぱり安心する」
気持ちのまま微笑んでふと目を開けた瞬間、うしろにぐいっと引っ張られて、王子にホールドされてしまった。
「え? なんですか?」
まず王子を見て、それからリャニスのほうへ視線をもどす。なにやらリャニスは僕に背中を向けて頭を抱えているようである。
あきれられてる!?
弁解したかったが、王子に話を先に進めるよう促されてしまった。
「それで、ノエム。逆というのはどういことだ」
「あ、はい。二人で僕を殴ってみるとかどうですか?」