17 勝ってどうする
「あの、殿下」
「アイリーザ、まだなにか用があるのか? すまないが遠慮してくれないか。ノエムに話があるんだ」
王子はやんわりとアイリーザを遠ざけ、僕の肩を抱き寄せた。
僕はとっさに、アイリーザから目をそらした。いま絶対怖い顔してるだろ。目を合わせちゃダメだ。だが、それは明らかに判断ミスだった。僕がおびえたと思ったのか、王子が声を怒らせアイリーザを叱ったのだ。
「なんだ、その顔は。ノエムになにかしようというのなら、私は絶対に君を許さない」
「ご、誤解ですよ!」
僕は慌てて顔をあげた。
するとどうだろう、言葉にはしてないものの、リャニスまでアイリーザを睨みつけていた。
マズい。これ以上ふたりを刺激しちゃダメだ。王族が集まる中、彼女に恥をかかせたら可哀そうというか――、ごめん、正直なところ恨みを買いたくないんだ。
「む、向こうからすごくいい匂いがしますね!」
僕は無理やりにでも話を変えようと決意した。
「リャニス、パーティーだよ! せっかくだからなにか食べたいな。ね? キアノも」
下手か!
って自分でも思うけど、ここは押し切る。僕は二人ににっこりと笑いかけ、それからダメ押しの恥じらうフリをした。
「あ! 食い意地が張ってるって呆れちゃいますか?」
頼むから、捨て身の演技をスルーしないで!
必死に念を送ると王子は苦笑し、リャニスは居心地悪そうにもぞりとした。
ごめんね、ぶりっ子する兄なんて弟としては見たくないよね。かわいそうに、ちょっと赤くなってる。
こたえてくれたのは王子だ。
「わかった行こうか。たしか君の好きなイチゴのケーキがあったはずだ」
「楽しみです!」
「さあ、リャニスランも一緒に」
リャニスはまだすこし不服そうだった。アイリーザをちらりと見て、かすかなため息をついた。
「……はい。殿下、兄上。まいりましょう」
「アイリーザ様、申し訳ありません。そういうことなのでおはなしはまた今度」
禍根を残したくない僕は、去りぎわ念のため声をかけた。アイリーザは唇をかんで震えているように見えた。
この状況、悪役令息としては大勝利だけど、僕は別に勝負がしたいわけじゃない。勝ってどうすんだ。
僕はため息をこらえた。
いまごろ本物の悪役令嬢はなにをやってんのかな。すっかり鳴りを潜めているじゃないか。
少々恨めしく思いかけて、その気持ちを無理やり追いやる。
「それにしても、リャニスも一緒にと言ってくださるのは珍しいですね」
僕はコソっと王子に話しかけた。すると王子は片方の眉をあげる。できの悪い生徒に説明するような顔つきだった。
「あの場に残しておいては面倒なことになるぞ。リャニスランを介して君に取り入ろうとする輩もいるだろう」
「それは困りますね」
「そうだろう」
王子は頷いたあと、じっと僕を見つめた。
褒めてほしいのかな?
「ありがとうございます、キアノ。助かりました」
感謝を込めて微笑めば、王子は嬉しそうに目を細めた。まぶしっ。
「殿下、兄上、近すぎます。牽制ならもう充分でしょう」
背後から聞こえるリャニスの声に怒りを感じて、僕は王子の腕から抜け出そうとしたのだが、王子は意地になったのか意地悪をしたいのか、ますます僕を引き寄せた。
まあいろいろあったけど、王子がおススメしてくれたイチゴのケーキはバッチリ僕の好みだった。おいしすぎて、本当に食いしん坊みたいになってしまったけど、場が和んだから良しとしよう。
ガーデンパーティーを皮切りに、いつもならあちこちでお庭自慢が始まるはずだった。ところが僕の周りに限ってはとても静かだ。
我先にとお茶会を開催するはずのアイリーザが沈黙し、ほかの紋章家も動かなったものだから、やりづらかったのかもしれない。
レアサーラはおそらく、動く気がないのだと思う。姿を見かけないと思ったらあのガーデンパーティーすら、彼女は欠席していたそうなのだ。
そしてクリスティラはもともと何かを主催するということがない。彼女はいつもぼんやりしているから。
そこで僕が、ババーンと派手なお茶会を主催すれば周りがどう思うか。たぶん、アイリーザとの対決を期待するんじゃないかな。
そんなのごめんだね。
そんなわけで僕も沈黙しようと思ったんだけど、誰も我が家の庭を見てもらえないんじゃ、庭師が可愛そうだね。って父上がしょんぼりしちゃったものだから話が変わった。
で、いま男ばかりで庭を眺めている。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
ほれぼれするような良い声で挨拶するのはイレオスだ。
王子は僕のとなりで、なぜか招いた側みたいな顔して頷いている。まあいいけど。
自然、リャニスがイレオスを僕が王子を案内する係となり、我が家の庭を連れだって歩いている。
「オダマキの花言葉をご存じですか?」
イレオスは銀髪をさらりと揺らして、地面の花を指さした。うつむくように咲く青い花は、彼の瞳の色とすこし似ている。
「いえ」
と答えたのはリャニスで、僕も首をかしげた。僕なんてそもそも名前も知りませんね。
「愚か、だそうですよ」
意外な答えに僕はパチリとまばたきして、足元の花を見つめた。可憐な花に見えるけど、ずいぶんと辛らつな言葉をつけられてるんだな。
「道化の国でこの花が愛されるのは、どこか示唆的とも思えますね」
たんに形が面白いからなんじゃ?
ちっちゃい妖精さんがそのままドレスにしてそうだ。
首を傾げたわけでもなかったが、気づけばイレオスが僕を見てなにやら微笑んでいた。
彼の視線に気づいたのか、王子とリャニスまでこっちを向いて、僕は内心「うぐっ」とうめいた。美形ばかりそろっていてなんていうか――。
「画面がうるさい」
「兄上?」
リャニスが不思議そうに聞き返す。
しまった声に出ちゃったか。僕は慌てて言い直す。
「ああ、いえ。――そうして三人が並んでいると、花もかすんでしまうなと思いまして。この場に招かなかったことを、あとでご令嬢たちに知られたらうるさく言われてしまいそうです」
ははは、乾いた笑いでごまかそうとしたら、それまで黙っていた王子がふと口を開いた。
いつもみたいに「君のほうがキレイだよ」みたいなの言われるのかと思って身構えたが違った。
「イレオスもリャニスランも、そろそろ退屈なのではないか? もともと、剣の稽古をつけに来たのだろう。もう行っていいぞ」
って、あからさまに二人を遠ざけようとしているし。怒るかと思ったリャニスには、申し訳なさそうな顔を向けられた。
あう。イレオスに負けた……。いや、違う! たぶんこれはあれだ、訪ねてきてくれたイレオスの顔を立てるってことだ。証拠にライラにはキッチリ指示を出している。
「ライラ、兄上のことをしっかりお守りするように」
「承知しております」
「兄上も、自分の身は自分でしっかり守ってください」
「気を付ける」
手を振ったものの、僕は少々不服だった。王子には言わないの?
そりゃ言っても聞かないけどさ。
リャニスとイレオスをその場で見送ったあと、王子は僕の顔をひょいと覗き込んだ。
「なにに気を付けるんだ?」
面白がってるな。
僕はにっこり笑って答えを避け、薔薇園のほうへ足を向けた。
トルシカ家の薔薇は白系で統一されている。派手さには欠けるがそのぶん上品な仕上がりだ。
ふわっと甘い香りが漂ってきて、僕は知らず口元に笑みを浮かべていた。
「キアノが追い出してしまうから、イレオス様にいちばんの見どころを紹介し損ねましたよ。代わりにしっかり見てくださいね」
いまは庭を見る時間ですよって主張しておく。ついでに僕もゆっくり眺める。
はー、しかし本当に見事だな。
秋の庭を美しく保つには日ごろの世話が肝心だ。うちの庭師はよくやっている。心の中でしきりに頷いていたら、ポツリと王子がつぶやいた。
「格別だな」
「え?」
思わず振り向くと、王子は数歩うしろで立ち止まっていた。
「君の髪には、赤い薔薇より白い薔薇のほうが映える」
僕は髪を一束手に取って、薔薇と見比べてみた。
そうかも。
王子は、どっちかというと赤い薔薇のほうが似合うよな。
そう思ってもう一度王子に視線をやって、僕は慌てて自分の髪で顔を隠した。
なんか、だって、僕に見とれているみたいだった。
うわあ、そんな目で見ないで!
顔を隠すだけでは足りない気がして、かかとを軸にしてさりげなく体の向きを変える。
そのあいだに、王子は追いついて僕のとなりに並んだ。
「どうして隠すんだ。褒めてほしかったんじゃなかったのか?」
「な、なにも言ってませんが」
「あの二人を褒めただろう? 花もかすんでしまうなどと言って」
王子はかなり不服そうだけど妙だな。
「キアノも含めましたが」
「一緒くたにするな」
王子が子供っぽいことを言うので、照れより笑いが勝る。自分だけを褒めてくれってこと?
指摘してやろうと開きかけた口元に、指先をピッと押し当てられ、言葉を封じられてしまった。
「本当にキレイだ。だけど、私以外の誰かが君を褒めるのは聞きたくないんだ」
「えっと、なんの話をしてますか?」
僕は彼の指をそっと押しやり首をかしげた。
「わからないのか? あの流れでは全員で君を褒めちぎらずにはいられなかっただろう。なにが花もかすむ、だ」
根に持ってんなとか思っていたら、王子はふいに瞳を潤ませ切なそうな顔をした。
「あの場でいちばん君が、――いや、何人集まろうとも君がいちばん、私の目を引くくせに」
薔薇! 背後にうちにはないはずの赤い薔薇が見えたぞ!
「キアノは本当に、どこでそういうの覚えてくるんです!?」
「そういうのとは?」
「その、口説き文句みたいなヤツ……」
「感じたままを口にしているだけだ」
僕がぷるぷる震えるのを見て、心外だ、みたいな顔をしたあとで王子はくすっと笑った。
「王族としては粗野かもしれないが、花や星に例えて詩を贈っても、君が心を動かすとは思えないんだ。だから、口説いていると受け取ってもらえたなら、なによりだ」
やぶへび。
ダメだダメだ。これ以上王子が王子ムーブぶちかます前に僕も要件を言わないと。
「あのですね、キアノ。実は、お話があるのです」
「嫌だ。聞きたくない」
「ええっ!?」
そんなまさか。断られるとは想定外だ。




