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16 無視するつもりはなかった

 つるバラのアーチをくぐったとき、ふわりとよい香りがしたので、僕は可憐な花に目を止めて微笑んだ。

 会場はこっくりとした色合いの、秋の花で彩られている。


「きれいだね」

「はい、兄上」

 リャニスのエスコートで会場入りした僕が平和を感じられたのは残念ながらそこまでだった。


 三人の男が早足に近づいてきたので、警戒したライラが僕の前に躍り出た。今日はパーティー仕様なので、彼女は侍女服ではなく背中が開いたネイビーのドレス姿だ。せっかくきれいな格好をしているのに、怖い顔してちゃもったいない。


「ライラ、二人は王子のところの騎士だよ。もう一人は……」


 誰だっけ。非番なのか騎士服じゃないけど、雰囲気的には全員騎士。

「詰所でお会いした騎士です」

 リャニスがコソっと正解を教えてくれた。


「ノエムート様、お願いいたします。我々にすこしばかりライラ殿とお話する機会をくださいませんか!」

 騎士たちは僕とライラに許しを願った。


 こ、これは、告白の雰囲気!

 三人もいっぺんにくるなんてすごいね。ライラは美人だからなあ。

 なんとなく誇らしい気分になったけど、前に彼らと会ったときってライラは男装していたような。……いや、深くは考えまい。


 ライラのほうは……まるっきり覚えてなさそうだね。


「突然言われましても……。困ってしまいます。ライラは僕の護衛中ですし」

「それでしたらご安心ください。我々が交代で、ノエムート様の護衛を務めますから!」


 対策を練ってきているだと!

 熱意がすごくて僕は少々ひるんだ。

「兄上、よろしいのではないですか。ライラにもそういう機会は必要でしょう」

 いや、本人めっちゃ嫌そうな顔してるけど。だがリャニスはコソっと付け足した。

「それに、母上が心配なさっておいでですので」

「あー」


 そうだった。侍女たちに良い嫁ぎ先を見つけるのは女主人の義務とかで、母上が燃えてるんだった。僕の在学中に、なんとか婚約だけでもキメておきたいみたいにギラギラしてるもんね。

 王子の騎士なんてまさに優良物件(うってつけ)だ。

 こういうのは、変な横やりが入るより、当人たちで決着をつけるほうがいいか。


「ライラ」

 ライラにも会話が聞こえていたのか、僕が呼びかけたときにはすっかり覚悟を決めた顔をしていた。

「坊ちゃま、大丈夫です。キッチリ片をつけてまいります」

 あれ? タイマン勝負に挑まれたんだっけ?

 僕はライラの迫力にのまれ、まばたきしつつ頷いた。


「う、うん。わかった。行ってきていいよ。あ、でも目の届くところにいてほしいかな」

「はい、もちろんです!」


 答えたのは騎士のほうだった。あらかじめ取り決めでもしてあったのか、一番手は詰所の騎士らしい。


「では、ノエムート様、どちらにまいりましょうか」

「そうですね、すこし移動しましょうか。いつまでも入口をふさいでいては迷惑になりますし」


 って、なんかこれ、王子の騎士を従えて歩いているみたいに思われないかな。

 無駄に視線を集めている気がする。そんなふうに考えた矢先、ひときわ強い視線に射抜かれ、思わずそちらを見てしまった。


「アイリーザ様……」

 なんて顔してるんだ。

 扇でさっと口元を隠したとはいえ、青ざめてんのは隠しきれない。


 母の蔵書の少女漫画にあった、ライバルのキラキラしたドレスを見てショックを受けたご令嬢って感じの顔をしている。

 そんなふうに思ってしまったのは、彼女がかなり気合の入ったドレスで盛っていたからだ。八重咲のバラみたいなボリュームのあるデザインが迫力だ。


 とはいえ僕のほうは別に盛ってないんだし、やっぱこの人たちのせいだよね。アイリーザも王子の護衛の顔くらい当然把握しているだろうし、王子が彼らを僕に遣わしたのだと勘違いしたのかもしれない。


「ごきげんよう、アイリーザ様」

 えっと、どうしよう。当たり障りのない誉め言葉は……。

「ドードゴラン家にふさわしい華やかな装いですね」

「ありがとうございます。ノエムート様もたいそうお可愛らしいですわ。ですが、侍女はどうしました? 殿方ばかりに囲まれて、少々はしたのうございますよ」


 出た。ハシタナイ。

 言われるとイヤな言葉ナンバーワン。

「ライラならそこに――」

 ふりむいたそのとき、風切り音がここまで聞こえてきそうな勢いで、騎士が地面に叩きつけられた。


 な、なにが? 投げたの? ライラ、騎士を投げたの?


 なにやってんのおおおおお!?

 脳内では大絶叫だったが、僕はなんとか品位を保った。


「トルシカ家では侍女まで所かまわずですのね。殿方に恥をかかせるなんて」

 彼女の言葉にかぶせるように、王子の騎士が感嘆の声をあげた。


「さすがはライラ殿。美しい投げ技だな!」

「ええ、本当に。相変わらず鋭い動きでほれぼれしますね」

 いま、相変わらずって言ったよね。


「……あの。お二人は以前からライラを知っているんですか?」

 どうしても聞き捨てならず、僕はそろりと騎士たちに問いかけた。

「はい。彼女、同世代のあいだでは少々有名なんです。狂犬の――」

「おい、よさないか!」

 いや、いまバッチリ狂犬とか聞こえましたが? まさかそれライラのことじゃないよね。


 口調からすると彼のほうが先輩なのだろう、いかにもフォローしてますという感じで教えてくれた。


「ノエムート様、実はですね。かつてスクール三校で合同試合が行われたことがあったのです。ライラ殿はそのとき、大変優秀な成績を残されたのです」

「その話、聞いたことがあります」

 そこでリャニスも会話に加わった。

「旅の紋章家のジレイシー様に、唯一傷を負わせたのがライラだと」


 僕はちょっと考え込んでしまった。旅の紋章家のジレイシー様、会ったことはないがもちろん名前は知っている。けれどなぜだろう、どこか別のところでその名前を聞いたような。


 僕がぼんやりしているあいだも会話は続く。


「ああ、イレオス様からお聞きになったのですか。その通りです。あのとき、ジレイシーさまは剣とギフトを封印して勝負に挑んだのですが、ハンデがあったとしても、第三スクールのものがあそこまで戦えると知り驚いたものです」


 ん? てことはこの人たち、ライラの出身もバトル系侍女だってことも、塩対応されることも知ったうえで申し込みに来たってことか。なかなか見込みがあるな。


「あ、戻ってくるようです。では、交代いたしますね」

 なんで嬉しそうなんだ。そしてふたりも代わる代わる投げ飛ばされ、妙にさっぱりした様子で去っていった。


「……花を持たせてくれたのかな」

「いえ、どうでしょう。あれは……」


 リャニスが言葉をにごしたところで、僕はようやく思い出した。

 ジレイシー様の名前を聞いたのは、リャニスが剣術の授業を初日で合格したときのことだ。同じように初日合格したのがジレイシー様なのだと女の子たちが話していたっけ。


「ライラって強いんだね」

 戻ってきたライラを一応チェックしてみたけれど、ドレスが乱れた様子もない。

「いいえ、まだまだです。奥様にはかないません」

 キリっと答えるライラに対し、僕のほうはなんだか気が抜けている。

「そっかあ」


「ですが少々面倒なことになりました。――また挑戦すると言われてしまいました」

 などと今度はしょんぼりするので、なんだかほっこりしてしまう。


 僕はふふっと笑いをこぼし、次の瞬間視界の端に入ったアイリーザの姿に凍り付いた。


 大変だ。アイリーザのことすっかり忘れてた!

 なにかフォローをと思ったのだが、僕の姿を見つけて、また別の集団が押しかけてきたのでそれもできなかった。

 わっと集まってきたのは王子たちだ。キアノではなく、偽物の花嫁を必要とする王位継承権の低い王子たち。


 五人、今増えて六人の王子たちがめいめい僕を取り囲む。

 彼らが相手では、アイリーザも下がらざるを得ない。


「ノエムート! あちらにうまい菓子がある。一緒に食べないか」

「ノエムートは来たばかりだろう。それよりすこし歩かないか」

「今日のその服、すごく似合っているな。可愛らしいぞ」


 いっぺんにしゃべらないで!

 対応できずに少々オロオロしていると、リャニスがすっと前に出た。

「申し訳ございません、殿下方。兄には先約がございますので」


 先約ってなんだっけ。と思いかけたところで明るい声が僕の名を呼んだ。


「ノエム!」

 パッと振り向くと、キアノ王子がこちらに向かってくるところだった。

 琥珀色の髪が日に透けてキラキラ光って、背後のバラがすこしぼやけて見えるくらい今日も全力で王子である。


 僕にとっての王子は、やっぱり彼以外にはいなくて、ほかの王子はモブみたい見えてしまうんだよな。


「なかなか来ないから心配した」

「すみません、いろいろあって」

 僕が答えると、王子はちらりとモブ王子たちを見やり、ゆるめに編んだ僕の髪に目を留めた。そして髪を飾るリボンに優しく手を触れる。


「これ、つけてくれたんだな」

 あんまり嬉しそうに笑うから、つられて僕もはにかんでしまう。

「はい」

「よく似合ってる」


 褒めることと周囲に牽制することを王子は同時にやってのけた。

 嬉しいよりも恥ずかしいよりも、僕は今、アイリーザの視線が怖い!


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