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14 まっすぐすぎて突き刺さる

 僕の動揺を知ってか知らずか、彼はまたふっと話題を変えた。いや、戻したのだ。


「彼らに、やってもらいたいことがあるんだろう?」

「あ、は、――え!?」

 思わず頷きそうになって、僕はぎょっと王子を見た。

「なにを驚いている。先ほど自分で言っていたではないか。善意だけではないと」


 言った。言いましたね。だけど、さっきの発言といい、どうにも探られているようで落ち着かない。バレたら困ることばかりなんだよ。装置荒らしの犯人たちを手下にしようとしたこととかさあ!

 僕は逃げ道を探したが、ソファーの端までジリジリ後退するくらいしかできなかった。


「ノエム、あまり逃げると内緒話の意味がなくなる」


 彼は面白がるような顔つきで、僕を手招いた。ホント逃げたい。けど王子の真意を確かめなきゃ。


「例の石と言って通じるか?」

「はい。変換後のばふ――」

「うん。言わなくていい」

 途中で口をふさがれてしまった。わりと日常的にポロポロ言ってるんだけどな。いや、王子の前ではさすがに控えてるっけ?


「その石にギフトを貯める性質があることがわかったんだ」

「ギフトを貯める?」

 王子の手を口から剥がして僕は聞き返す。この手どうしよう。イタズラされないようにこのまま捕まえといたほうがいいだろうか。


「そうだ。彼らはその性質を利用して、装置からギフトを盗んだんだ」


 僕は首を傾げた。そんなことができるのか。でも、そんなものを盗んでいったいなにを?


「第三スクールでは、装置にギフトを込めることは懲罰の一環だということは知っているか」

「はい、侍女たちに聞きました」

 僕はチラッと壁際に控えるライラを盗み見た。あんまりしっかり見ると危険だ。すぐさまこちらへきてしまう。


 王子は僕の気を引くように、空いたほうの手で座面をトントンたたいた。その割にさっきから視線を微妙にそらすのはなんなんだ。


「彼らは割り当てられた装置を満たすため、ほかの装置からギフトを盗んでいたようだ」

 僕はやっぱり動揺しているらしい。ようやく意味を理解して、王子の手をぎゅっと握ってしまった。


 それって、とんでもなくマズいことじゃないのか?

 神から授かった力を、国民のために装置に込めているわけだから、それを盗むのは神への冒涜であり、国への反逆であると捉えられてもおかしくない。


「そんなこと、到底許されることでは……」

「そうだ。普通なら許されない。だが、今回は見逃すことにした」

「なぜですか」


 好奇心に負けて身を乗り出すと、彼は再び僕の耳元に顔を近づけた。


「石を置けばギフトを盗めるのだと、彼らに教えた人間がいる。今回はそちらをあぶりだすほうを優先させた」

 主犯がいるってことか。もしかしたら、ほかの実行犯も。


「あ」

 そう言われれば、僕にも思い当たることがあった。王子の手をパッと離し、彼の耳を両手で囲ってささやいた。


「はじめて一緒に奉仕活動に行ったあの日も、橋のところの浄化装置が一か所だけ妙に減っていましたね。あれもそうでしょうか」


 あの日のハイライトは、聖女ゆかりの施療院で見たゴツゴツした装置と、それにギフトを込める王子の姿だった。派手な出来事に紛れて忘れていたが、あのときすでに、不審なことはあったのだ。


 新たな発見に、僕は興奮を隠しきれない。ところが、王子は頷くどころかじわじわと身を引いた。


「あの――」

「いや、すまない。くすぐったくて」

「いや、同じこと人にもしておいて」


 なに言ってんだこの人、みたいなテンションで突っ込んでしまった。ダメだった、この人王子だ。


「と、とにかく! まずは彼らの話だ」

 王子は軽い咳払いのあと、普通の声で話しだした。


「本来なら、預言の塔に送るのが妥当だろう。罪人として預言の塔に入れば、貴族籍をはく奪されるのはもちろん、二度と外へは出られない。だが、彼らはまだ学生だ。機会を与えてもいいと思っている」


 これはつまり、表向きの理由ってことなんだろう。僕が聞きたいのは裏の理由だから、まだ声を潜めることにした。


「僕が減刑をねだったから、それにこたえて甘い裁可をくだしたと思わせるのですね?」

「利用する形になってすまない」

 そうだという代わりに、王子は謝った。僕はゆっくりと首を振る。


「いいえ、あの三人にやってもらいたいことがあったのは本当です」

「人を探させたかった。――そうだろう?」

 僕は唾をのみ、そっと目を伏せた。

「そうです」

「君が言うところの、私の運命の女だな」

「はい」


 すなおに認めると、王子はふっと息を吐いた。ため息のような、苦笑いのような。


「いいだろう。彼らにそれとなく探させよう」

「感謝します、殿下!」

 どうやらノエムートの手下は王子の手下になってしまうようだけど、彼らのためには却ってよかったのかもしれない。しっかりと更生しますように!


「それで、いったい誰を探すんだ。それがわからないと探しようがない」

「聖女です」

「やはり断言するんだな」

 王子は視線をさげ、ふっと短く息をはいた。


 やはり!? あれ、僕いまマズったかな。キョロキョロしたくなるのをこらえ、ニコッとしておく。

 王子はまぶたを半分下ろしたまま、僕を見る。探られてる最中でしたね。うっかり忘れてたよ。


「君の様子があまりにもおかしいから、私もすこし調べてみたんだ。スクールを休んで、預言の塔にも行ってみた」


 預言の塔と聞いて、僕はパチッと目を見開いた。

 預言者とは、神の言葉を預かる者たちだ。たとえば魔獣の出現を告げたり、天災への備えをうながしたり役に立つこともする。だが、彼らは預言の全容を明かさない。神がそれを望まないのだという。


 罪人として送り込まれれば、二度と外には出られないというのもこれが理由だ。秘密を知るものは終生閉じ込められる。


 罪人ではなく預言者として地位を成せば話は変わる。秘密を握っているぞと王族や貴族を脅したり騙したりできるわけだ。

 神の名のもとに情報を小出しにしたり秘匿したりする、わりと胡散臭い連中だ。


 そうとわかっていても、未来を知りたいと望むものは多い。あるいは過去の罪を恐れるものも。そんな人たちが預言の塔の門を叩くという。


 王子がそんな場所に行っただなんて。


「なにか、教えてもらえたんですか?」

「三日粘って、一言だけ」

 うわあ、やっぱりすごい出し惜しみをするんだ!

 怪しすぎてわくわくする。


「知りたいか」

「それはもちろん」

「私はそれを聞くために対価を払った。なら君も、私に支払うべきだろう」


 来た。

 僕は内心身構えた。きっと王子は僕の秘密を話せと言うだろう。どこまでなら話せる? どこまで話せば、彼のもつ情報を引き出せる?

 これは駆け引きだ。

 平静を装って、僕は口元に笑みを浮かべた。われながら悪役令息っぽいと思う。


「なにをお望みですか、殿下」

「名前」

「名前?」


 ぽかんと聞き返してしまった。一度素に戻ってしまっては、悪役令息スイッチを入れなおすことも難しい。

 え、なに? どういうこと?

 ハテナをふりまいていると、王子は僕から視線をそらし、ムッと口をとがらせた。

 指先がソファーの布地をひっかいている。


「名前だ。昨日は呼んでくれたのに、また殿下に戻ってしまったではないか。知りたければ私のことは今まで通り、キアノと呼んでくれ」


「……それだけですか」


「それだけとはなんだ。大事なことだ。私がどれだけ傷ついていると思ってる。君に殿下などと呼ばれるとつらいんだ。嫌われてしまったみたいで」


 僕は思わず王子を見つめた。

 王子のためとか保身のためとか、いろいろ理由とつけてとにかく王子と距離を置こうとした。王子もそれを理解してくれたのだと思っていたが、とんだ独りよがりだったのかもしれない。王子を傷つけてまで、無理に殿下と呼び続けるのもおかしいように思えた。


 実際、言い出した僕のほうこそ寂しいって思っちゃってるわけだから。

 名前くらいなら、いいよね?


「嫌ってなどいません。嫌いになれる人なんています? 殿下、いえ、キアノのこと」


 言いながら、少々照れが入ってしまった。そっと見上げれば、今度は王子がぽかんとまぬけ面をさらしていた。

 そうかと思えば目元を抑えて天井を仰ぎ、小さくうめいた。


「君は本当に、ズルいな」

「いまは別に、ズルいことなんてしてませんよ。でも本当に、名前を呼ぶだけでいいんですか? もっとほかに聞きたいことがあるんじゃないですか」


 ぐっとくちびるを噛んで、彼は顔を正面に戻した。まだすこし怒っているのか、眉根を寄せている。


「ノエム。私が欲しいのは信頼だ。取引なんかで聞き出したくない。それに命令で聞き出したのでは、君の答えを信じきれないかもしれない。だから、君の信頼を勝ち得て、君の口から、君が抱えていることを明かしてほしいと思っている」


「キアノ……」


 どうして。僕の心はその言葉で埋め尽くされる。

 本当にどうしてなのか、王子はこんな僕を好きだと言ってくれる。彼の言葉もまなざしも、まっすぐすぎて突き刺ささる。


 僕が悪役令息じゃなければ、もっとすなおに受け止めることができたのかな。


「正直に申しあげれば、言ってしまいたいです。ですがまだ、役者がそろっていませんから」


 まだ見ぬ聖女を前にして、僕がどんな気持ちになるのか、僕はまだ知らない。だから怖いのだ。

 聖女に出会って、王子が真実の恋に落ちたとき、どんな気持ちになるのか。


「聖女が見つかるまではダメということか」

「はい」

「だったら、私も探す」

「それはよいお考えです!」


 僕は力強くうなずいた。

 なんせもともと、王子と聖女は偶然ばったり出会う系だからね。それがいちばん自然というものだ。


「キアノならきっと見つけられます。運命のあ――」

「勘違いするな、ぜんぶ君のためだ」

 話している途中だというのに、ぺいっと鼻をつままれた。


「運命とやらを片付けない限り、君に近づけないというのなら、退治してしまうまでだ」

「聖女は魔獣じゃないですよっ!」

「似たようなものだろう」


 たいへんだ! 王子の中で聖女が討伐対象になってしまった。

 笑い事ではないはずなのに、気づけば僕は王子と一緒に笑ってしまっていた。


 その笑いを、王子はふと引っ込めた。そして僕もようやく、肝心の答えを聞いていないと気が付いた。


「私が預言者に尋ねたことはただ一つ。君の名が、神のシナリオに記されているか否か」

「神の、シナリオ……?」


 ――ってなんだ?


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