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13 報告

「それで、いったいなにがあったんだ」


 王子はリャニスとサンサールには席をすすめなかった。自然、彼らはソファーのうしろ、王子と向かい合うように並び立つことになる。

 ちなみにライラは部屋の外で待機だ。


 リャニスは今日の出来事をかいつまんで王子に話した。装置にギフトを込めていたら、奇妙な点に気付いて調べてみたこと。そして、不審な行動をしている少年たちを発見し捕らえたことを。


「ことの発端は、サンサールが知人から受け取ったという手紙です」

 リャニスはサンサールを示して続ける。

「モーラスの泉の装置がおかしい。いくらギフトを込めてもすぐに空になってしまうという内容でした。様々な装置を見たいという兄の意向とも合致したので、ともに確認してきたところです」


 はい、その通りです。僕は頷くだけ。

 楽でいいや。落ち込んで、ポメ化して元に戻って、自分で思ってる以上にこたえていたらしい。

 顔に出したつもりもないのに、「ノエム」と王子が呼びかけてきた。

「つらいのなら、頭を乗せるといい」


 王子の声はとても小さくて、僕は聞き逃してはいけないと体を傾けた。それが敗因だった。軽く肩を押されただけなのに、王子の膝の上にポスンと頭が乗っかってしまった。


 いや、ここに!?

 膝枕じゃないか。こういうとこだぞ、王子!


 しかしなんかもう、起き上がるのも面倒だ。やんわりと頭を押さえられてるし。王子も「続けろ」と命令をくだしてしまうし。


 リャニスはすうっと息を吸い込んで、動揺を押し込めた。だけどじゃっかん早口になっていた。

「……俺たちが確認したとき、モーラスの泉の装置は空になっていました。サンサールによると、通常なら満杯までギフトを込めればふた月はもつそうです」


 サンサールが手紙を受け取ったのはひと月ほど前のことなので、まだ余裕はあるはずだった。それが空っぽになっていたという話である。


「そこで、装置になにか異常が起きているのではないかと考えた彼はふたをあけ、中を検めました」


 王子はピクリと指を動かした。疑問はあったのだろうが、ひとまず最後まで話を聞くつもりらしい。


「それで?」

 と続きを促した。こういうの、この年でなかなかできることじゃないよね。僕はひそかに感心した。

 僕の頭をナデナデしながらじゃなければもっとサマになっただろうに。


「素人目には異常はないように見えました」

 サンサールが答え、リャニスが説明を引き継ぐ。一度その場を離れ、ほかの装置を巡ったこと。水路の装置にギフトを込めたとき、サンサールが違和感に気付いたことを話していく。


「違和感というのは?」

「はい。ギフトを込めたとき、余計に力を吸い取られたように感じたんです。そこでその装置もふたを開けてみることにしました。そして中にコレが入っているのを見つけたのです」


 僕にとっては知っている話ばかりだし、なでられて犬の気分だし、僕はウトウトしかけていた。


「二度とも、彼が開けたのか」

「その通りです。ですが、彼がこの石を入れたわけではありません。そばにいたのでわかります」

「では、知らせをよこした知人というのは?」

「……それは」


 ここでサンサールは口ごもった。

「心配せずとも、この件で咎めたりはしない。装置を開けたという話は、褒められたものではないが今回ばかりは、異常に気付くことができた」


 王子の言葉を聞いて、サンサールはホッと息をはいてその人の名前を告げた。


「彼とは、同じ孤児院で育ちました。それぞれが養子として引き取られた今、孤児院のことを気にかけるのはご法度だとわかってはいます。ですが孤児院の子供たちは支え合って生きています。すべて忘れろと言われても難しくて」


 ギフトを持つ平民の子供を貴族に、ギフトを持たない貴族の子を平民に。この国ではよくあることだ。

 サンサールに守りたい弟や妹がいて、彼らなりにうまくやっているのだとしたら、その関係を壊したくないなあ……。


 僕が覚えているのはそこまでだった。

 信じがたいことだが、王子の膝枕で眠ってしまったらしいのだ。


 次に目が覚めたとき、僕はライラに抱えられて移動中だった。よくよく人の世話になる日である。


 なにやら「きゃあ」と悲鳴なのか歓声なのかよくわからない声を聞いて、目を覚ましてしまった。そこはちょうどスクールの前庭を抜けたあたりで、僕はといえばライラにお姫様抱っこで運ばれているところだった。


 なんでだ? いつもの荷物みたいな抱え方じゃないのはどうしてなんだ。

 ケホっと小さくせき込んでから、僕は一応言ってみた。


「ライラ、もう起きたから自分で歩く」

「いけません。このままお運びします」

 今日一日、無駄に男装しているライラが、キリっとした顔をするものだから周りの子たちがさらに色めき立った。


「兄上、殿下のご指示でもあるのです」

 遠慮がちに、リャニスが言った。

 なるほどぉ。そりゃ寝ちゃった僕が悪いね。


 しかしまさかこんな騒ぎになるとは。朝、悪ノリする侍女たちを止めるべきだったかもしれない。古今東西、男装の麗人っていうのは妙に受けるものなのだ。


 しかし『お姫様抱っこ』だなんていったいどこで覚えたんだ。寝たフリを決め込みながら、僕は内心で毒づいた。同時に思い出した。

 そういえば、以前彼女がレアサーラをさらってきたときに、僕が言ったんだった。

 荷物運びはかわいそうだから、次からはお姫様抱っこにしてあげてって。


 完全に自爆だった。




 次の日の夕方のことだ。久々に、王子が僕の部屋を訪ねてきた。


「ノエムたちが捕まえた、装置荒らしの犯人の件だが――」

 王子は僕の耳元でささやいた。

 ソファーで、僕らは横並びにピタッと並んで座っている。


 どうしてこうなったかというと、侍女を排して二人きりになるか、内緒話ができるくらい近づくのがいいか選べと言われたからだ。



 ライラが退室を拒否したため、王子は悠々と僕のとなりに座った。それから僕の髪をすくいあげ、耳にかけ、内緒話をはじめたってわけ。

 

 王子の甘くてスパイシーを至近距離でどばーッと浴びることになって、僕は息も絶え絶えって感じだ。恥ずかしんだよ、とにかく恥ずかしいんだよ。もう勘弁して!


 うう、悪化してる。王子と距離を取る作戦は失敗だったのかもしれない。

なんだか王子耐性が弱まっちゃった気がするよ。


「ノエム、聞いているか?」

「は、はい。えっと、彼らの処分が決まったのですね」

「ああ、本来なら預言の塔に送るところだが――。君は彼らの情状酌量をのぞんでいたのだったな」

「え!? なぜそれを」


 僕がバッと振り向いたせいで、王子の鼻と僕の鼻がこすれあった。


「すすす、すみません」

「うん……」


 互いにジリジリっと距離を取り、咳払いで気も取り直す。


「その、確かにそう望んではおりました。ですが口に出してはいないはず」

「うん。言っていたのは、リャニスランだ。装置に興味を持つ少年たちに対し、君が親近感のようなものを覚えたのではないかと。そして、彼らだけが捕まるという事態に心を痛めているようだと」


 なんという名推理。僕の側の事情も知らずに、なんとなくつじつまを合わせてしまったぞ。さすがうちの弟。さすが――。

「めいたんてい……」

「ん?」


「ああ、いえ。大筋はあってます。ですが善意だけで助けたかったわけではありません。リャニスは僕が聖人かなんかだと勘違いしている節がありますから」

「聖人? 私には小悪魔だな」

「小悪魔!?」


 気になる彼を翻弄(ほんろう)しちゃお。小悪魔系メイクがいま話題! などと一瞬、女子中高生向けのファッション雑誌の表紙を飾ってしまったが、違うそうじゃない。


「いやいやいや!」

「実際そうだろう。心を許してくれたかと思えばするりと逃げる。だが、こうして瞳をのぞきこめば――」

 言いながら、王子は僕の髪に指を差し入れる。


「私のことを嫌ってなどいないと訴えかけてくる」

「ひょえええ」

「ははっ!」


 彼は明るい笑顔を見せた。


「なんだその声は。君は、本当に可愛すぎて困るな」

「困ってんのはこっちだよ!」

 しまった、素が出た。

 あわわと口元を押さえていると、王子はふっと表情を消した。そして僕だけに聞こえるようにささやいた。


「君に事情があることはわかっている。役割があると言ったほうがいいのかな」

「――え?」


 ふいをつかれて、動揺をそのまま顔に出してしまった。


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