12 悪役令息の手下じゃないか
地面に少年たちが座らされている。丸、三角、四角といった印象の彼らを見て、僕は声をあげそうになった。
第三スクールの三人組と言えば、小説の中の悪役令息ノエムートの手下じゃないか!
孤独を抱えたノエムートは、スクールをちょいちょい抜け出すようになる。そしてこの悪ガキどもと出会い、悪役令嬢や聖女に対する嫌がらせの、下準備をやらせるようになる。
はじめは権力と実力で無理やり従わせていたのだが、なんせノエムートは美貌の悪役令息だ。悪ガキどもは次第にノエムートに心酔するようになる。そしてノエムートのほうも、彼らに対し、ほのかな友情みたいなものを感じるようになる。
だがその矢先、悪事が露呈して三人は預言の塔に送られてしまうのだ。これはいわゆる修道院送り、みたいなものだと思っていい。
彼らはノエムートをかばい、最後まで主犯の名を吐かなかった。そしてノエムートは、再び一人になってしまう。
さて、この出会い。むだにしていいものかな。
僕の中の悪役令息モードがオンになった。
「君たち、なにをして遊んでいたの? 僕とっても興味があるな」
僕は捕らえられた少年たちをニコニコと見おろした。
「兄上、遊びでは――」
律義に訂正しようとするリャニスに対し、僕はさっと手をあげて黙ってもらう。
少年たちの一人は、僕をにらみつけていた。一人は顔を伏せ、もう一人はキョロキョロしている。
できればこの子らには、僕の顔を覚えてもらいたい。
僕が身をかがめると、全員の視線がこちらに向いた。すかさず僕は笑みを浮かべる。彼らはポカンと口を開けた。おお、僕の顔面そこそこ効果があるかも。
「聞かせてくれる? あそこでなにをしていたのか」
「兄上」
「ここは僕に任せてくれないかな! たしかに彼らには、いろいろ聞かなければならないことがあると思う。だけど場所が悪い。僕としては、もっとゆっくり話をしたい。だからこの件、ノエムート・ル・トルシカが預かろう!」
少年たちはトルシカ家と聞いて青ざめた。ふっ、まさか紋章家が出張ってくるとは思ってなかっただろう。
「なにかお考えがあるのですね」
リャニスは神妙に頷いた。
「ですが、ダメです」
「ふえ!?」
そんなまさか! この流れでダメと言われるとは思っていなかった。
「兄上は彼らを捕まえた俺たちが、下手に恨みを買わぬよう、矢面に立とうというのでしょう」
「いや、そういうわけでは」
僕はさっと目をそらした。もっと別な下心ならあるけど。
「……違うのですか。でしたら」
リャニスはなにかを言いかけたが、「どちらにせよ」と首を振る。
「ギフトは神々が貴族に与えた力。そして装置は人々にその力をあまねく伝えるためのものです。街に設置された装置は国の管轄。害意を持って近づいたとすれば、罪は軽くないでしょう――」
おっとぉ。そこまで気が回ってなかった。
僕は血の気がスーッと引いていくのを感じた。
チラっと見た限り、彼らだってそうだ。そこまで考えていなかったに違いない。
「ま、まって、リャニス」
止めたはいいけどこれは人助けなどではなく、身勝手な打算にすぎない。正論を前に、うまい言い訳など出てくるはずもなかった。
あとはもう、薄っぺらい意地がひとつ残るだけ。かっこつけちゃったから、あとには引けないってヤツ。
「彼らの釈明を聞きたいというか、その」
「それは当然聞くことになるでしょう。ですが、我々の仕事ではありません。兄上もよくおわかりでしょう?」
リャニスは別に、怒っているわけではない。笑顔で圧をかけてくるわけでもない。静かに僕を諭している。
それなのになぜか僕はぞっとした。
背筋を伝う寒気のおかげでギリギリ感づいた。ここがラインなんだ。僕はいま、危ういところに立っているんだ。
「うん。リャニスが正しい」
僕はしょんぼりと少年たちを見おろし、声には出さずつぶやいた。ごめんね。
いま彼らを無理にかばって、トルシカ家の害となれば、そっちのほうが追放ルートに近づきそうなんだ。悪役令息モードはこうして終了した。
彼らのことは、ひとまず騎士にあずけることにした。港に行けば、騎士団の分室があるそうなのだ。僕らもそこへ向かう。
馬車で移動する際中、僕は考え込んでいた。
あの子らは、いま僕の手下ではないし、顔を見るまで存在すら忘れていたわけだ。
それでも、中途半端に手を差し伸べかけ、見捨てるという判断をくだしてしまったことに、胃のあたりがキリキリした。
僕はただ、彼らと仲良くなっておけば、のちのち役に立つんじゃないかと考えただけだ。たとえばトルシカ家を追われたあと、彼らが自分の助けになるかもしれないって。
僕は結局、善人にもなり切れず、悪役に徹することもできない。
「どうして僕はノエムートなんだろう」
「兄上?」
リャニスの心配顔を見て、僕はようやく自分が妙なことを口走ったと気が付いた。訂正しようにも僕の体はシュルシュルと縮み、モフモフになってしまっている。
ポメ化した僕を、リャニスがそっと抱えあげた。
「申し訳ありません。兄上の願い、できれば俺が叶えて差し上げたかった」
いやいや、それじゃダメだよ。
僕はぷるぷる頭を振る。通じたのかどうか、リャニスはふっと微笑んだ。
騎士団の建物につくまで、リャニスはずっと僕を抱えたままだった。
どうしてもとに戻してくれないのだろうとか、座席においてもいいんだよとか思ったが、途中で考えるのが面倒になった。
リャニスの腕の中があたたかいので、それだけでもかなり落ち着いた。
馬車が停まると、リャニスはようやく僕を座席におろした。そして自身は通路に膝をつく。
ライラとサンサールはすでに降りていて、馬車に残っているのは二人だけだ。
優しくなでられて、僕は人の姿に戻る。リャニスはすっと腕を伸ばして、僕がみっともない恰好にならないよう整えてくれた。
馬車から降りようとしたリャニスをそっと引き留め、僕はお礼を口にした。
「さっきの話だけど……。リャニスが止めてくれて助かったよ」
リャニスはすこし、とまどっているように見えた。ここはキッパリ言っておかないと。
「あのね、リャニス。リャニスは自分の正しいって思うことを貫いてね」
いつもみたいにキリっと頷いてくれると思ったのに、リャニスはなかなか返事をしなかった。なんだか焦ってしまう。
「もしもまた、僕がまちがったことをしたら、そのときは今日みたいに指摘してほしいんだ! それでも僕が聞き入れず、リャニスの――トルシカ家の害になるようならきっちり切り捨てるんだ。わかるね?」
「嫌です!」
びっくりするほど大きな声だった。彼はぎゅっと眉を寄せ、僕の両肩に手を置く。
「その場合、聞き入れてもらえるまで説得しますから!」
「……なるほど」
ものすごーく正論だ。
納得して、ホッとして、とうとう笑いがこみ上げた。
「そうだね。それなら安心だね」
そりゃリャニスだっていやだよね。兄を追放する役目なんて。
僕が笑ってしまったせいか、リャニスはちょっとムッとしている。
彼のエスコートで馬車から降りながら、僕の笑いの発作はふと引っ込んだ。
怖い想像をしてしまったのだ。
いま僕が追放されたら、リャニスまでついてきちゃうんじゃないかって。あの日の誘拐事件のときのように。
騎士団の詰所は二階建てのシンプルな建物だった。あまりに飾り気がなさ過ぎて、とても貴族が使っているようには見えない。
そばで一角獣が三頭休んでいるのが、なんだか不思議に思えた。
少年たちは騎士によってどこかへ連れていかれ、僕たちは別室に案内された。そこもまたシンプルでソファーが二台あるだけだ。
それよりも驚いたことに、その部屋で王子が待っていた。
あの一角獣、王子のか!
「ノエム!」
王子と目が合ったと思うと、彼はこちらに駆け寄ってきた。
「顔色が悪い。座って」
王子いま、瞬間移動した?
窓辺にいたはずなのに、いつのまにか僕の隣に立って手を取っている。とまどっているうちにソファーまで連れていかれて、僕はストンと座ってしまった。
「キアノ? どうしてここに?」
「あ……」
王子は一瞬、顔をゆがめた。泣きそうに見えて、僕は慌てる。なんかマズった?
「いま、名前を」
「え? あ!」
無意識だった。呼びなおそうと「で」と口にした瞬間、手でふさがれる。
「そのままでいい」
「殿下、兄に対するお気遣い、感謝いたします。ですが、近すぎます」
リャニスのまっとうな指摘を受けて、王子はあからさまに不服そうだった。けれど、僕の口から手を外してくれた。