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10 常習犯だな 

 弟を愛でるのは兄としての権利であると、声高に主張したいところではあるが、それよりも今のうちに尋ねておかなくちゃ。


「そういえば、サンサールの行きたい場所ってどこなの? ついてきたいと言うからには、なにか目的があるんだよね」

「リャニスから聞いてたんじゃなかったの? それで東のほうに行くのかと思ってた」

「いや、たんにシュ……興味本位だよ」

 趣味と言いかけて、僕はさりげなく言い直す。サンサールが納得したかは知らないが、質問には答えてくれた。


「俺が行きたいのは、モーラスの泉なんだ」

「モーラスの泉? 島から出たいってこと?」

「いいえ、兄上そうではありません」

 無知をさらす僕を責めるでもなく、リャニスは生真面目に教えてくれた。


「モーラスは生涯で七つの泉を見つけたとされています。わが国にはそのうちふたつの泉があるのです。ひとつは、兄上もご覧になりましたね。そしてもうひとつは、この島にあるのです」


 ほへー、そうなんだ。全然知らなかったな。

「なるほど。じゃあ、そこを二か所目にしようか」


 最初の目的地はどこかと言えばもちろんアレだ。馬車の集まるところには僕の求めるものがある。そう、馬糞変換装置である。


 原材料はともかく、装置の力ですぐさま利用価値の高い岩石上の物質に変わり、臭いもなくなるのだから、そこまで厳しくする必要もないと思う。だけどやっぱり近寄ることは許されないのである。無念。


 せめて全方位から眺めたいとぐるりと周囲を回っているところだ。白い目で見られたところで気にするもんか。自分でもよくわからないが、僕はとにかくこの装置が気になるのだ。なにかとんでもない秘密が隠されている気がする。


 そういえば、以前中央街のモーラスの泉を見に行った時も装置を見せてもらったな。その時見つけた、『ウマノフン』と書かれた落書きのことをなんとなく思い出していたら、段差につまずいた。両脇から、ライラとリャニスの手が伸びてきて支えてくれたので、転ぶことはなかった。


「うん?」

 二人の支えが安定しているのをいいことに、僕はそのままの姿勢で地面に目を凝らした。一瞬日本語を見つけたと思ったのだ。どうやら見間違いのようだ。

 まあ、見つかるほうがびっくりだよな。


「兄上! どうかなさいましたか」

 リャニスは僕を支えたまま、器用に顔を覗き込んでくる。紫の瞳が揺れているのを見て、僕は無精したことを恥じた。

「いや、ごめん。大丈夫。ちょっと考え事してた」

 自分の足でしっかりと立てるよとアピールする。

 僕が強制送還されたら。このあとの行程に差し支える。それではサンサールに申し訳が立たない。


「うん、満足した。じゃあモーラスの泉に行こうか。サンサールは何か願い事でもあるの? あ、中身までは言わなくていいよ。言いたいなら聞くけど」

「いやそうじゃなくて。実は、知り合いから妙な手紙をもらってさ」


 モーラスの泉まで歩きながら、サンサールはいつものお気楽な調子で事情を話しはじめた。王子の寄こした護衛の騎士がいまもどこかにいるはずだが、姿が見えないので気を抜いているのだろう。


「泉の装置に、いくらギフトを込めても見に行くたびにギリギリになってるんだって。満杯にすれば、ふた月はもつはずなのに」


「え、まって。モーラスの泉って装置なの?」

 いきなり話の腰を折ってしまった。だが捨て置けない。

「ああ、うーんと。泉の水に微量の毒が含まれるとかで、浄化装置がついてるんだよ」

「毒!? 癒しの泉じゃなかったの」


 がっつり食いついてしまった。サンサールが引いてるし、リャニスとライラは僕の暴走を警戒している。


「いや、そんな大げさなものじゃなくてさ。切り傷には効くけど、飲み水には適さない、みたいなやつ? まあ装置がつく前も普通に飲み水として使ってたみたいだし、死にはしないと思うんだけど。子供が飲むから念のため、みたいな?」

「へえ……」


 毒というから驚いたが、温泉に飲用可とか不可とかあるようなもんかな。薬と毒は紙一重というし。それにしても、がぜん興味が出てきちゃった。


 モーラスの泉には聖人像がつきものらしい。サイズは小さいがつくりは凝っていて、聖人の手のひらから、水が流れ落ちるようになっている。


「ライラ、水を汲む容器かなんか持ってきている?」

「お答えできません」

 ぐう。持ってても出さないってことか。せめてひと口。そろりと泉に近寄ろうとして首根っこをつかまれる。

「くぅ!」

 こらこら。ポメ化もしてないのに犬みたいな声出ただろうが。


「うーん、どっからか漏れてるのかなあ」

 サンサールはこちらには構わず聖人像の裏に回った。僕もひとまず水はあきらめて、一緒に見物する。するとなるほど、目立たない位置に黒くて四角い箱が取り付けられていた。


「本当に装置なんだ」

 充電具合を確認すると、空だ!

「急いでギフトを」

「あ、リャニスちょっと待って」

「なにをする気だ?」

「確認だよ」


 短いやりとりのあと、サンサールは懐からなにか取り出した。握りの部分のないマイナスドライバーみたいなやつだ。


 そして装置の側面を指先でなでる。彼が探り当てたのは、下のほうにあるほんの小さなへこみだ。そこにマイナスドライバーもどきを当てる。

 パカッとかすかな音を立て、ふたが開いた!


「そこ、開くの!?」

 僕は慌ててリャニスとライラの顔色をうかがう。ライラの表情は読めなかったが、リャニスは驚いているようだ。

「そんなことをして大丈夫なのか」

「うん。へーきへーき」


 彼はギフトで明かりを出して、中をのぞきこむ。ダメだもう我慢できない。

「僕にも見せて!」


 額がくっつくくらいサンサールに近寄ると、彼のほうが「うわっ」と悲鳴を上げて身を引いた。

 ヒドイな。だが、抗議よりも好奇心を満たすほうが先だ。


 装置の中を一目見て、僕はそちらにくぎ付けになってしまった。な、なんか、基板? 電気回路? みたいなものが入ってる!

 本当に、ロストテクノロジーだったのか。放心のあまり、しりもちをつきそうになった。寸前でキャッチされたけど。


「リャニス」

「兄上、なにが見えたのですか」

「あ、うん。リャニスも」


 もう一度見たい気もしたが、弟にも譲らなくては。ちなみにリャニスがひょいと近づいても、サンサールはまったく嫌がらなかった。扱いの差に少々ムッとしてしまう。


「まって今取り出すから。そのほうが見やすい」

「取り出せるの!?」

「うん。ちぎらなきゃ平気」

 ちぎるってなにをだ。ドキドキを通り越してヒヤヒヤしてきた。やんちゃすぎるだろ。そして常習犯だな? 用意がよすぎるよ!


 サンサールは宣言通り、基板のようなものを取り出した。日の光の下でみれば、それほどSFの香りはしない。黒色の板に、数ミリほどの宝石がはめられ、線ではなく細かな文字が描かれている。その様子は、どちらかというと魔方陣っぽいかもしれない。

 それに、装置と基盤をつないでいるものも、ビニール線ではなく植物の根みたいに見えた。


「うーん。故障じゃなそうだけどなあ」

「見てわかるものなの?」

「質問攻めだな」

「そりゃそうだよ! サンサール、君、もしかして」

「そうだよ」


 まだなにも聞いてないのに、肯定されてしまった。そして彼はあっさりと言い放った。


「こんなもの、そばにあったら、徹底的に調べまくるだろ。チビのころ、周りに隠れてありとあらゆる装置のふたを開けまくったし、ひとつふたつちぎって壊したね!」

「堂々と言うようなことか」


 リャニスがあきれたようにつぶやく横で、僕はまずまずの衝撃を受けていた。装置を片っ端から開けてみただって! なにそれ、おもしろそう。

 彼に聞きたいことがあったはずなのに、全部ふっとじゃった。


「う、うらやましい!」

「はははっ! ノエムート様にもうらやむとかあんの?」

「あるよ! そりゃいろいろあるけど、今はなにより、その遊び僕もしたかったぁ! あ、まさか、馬糞変換装置も開く? どんなのだった?」

「兄上」


 ポンと肩に手が乗る。そちらを見なくても、リャニスが冷ややかな目をしていることがわかってしまった。リャニスはしたいって思わないのかな、こんな楽しそうなこと。うらやましいって思わない?


 僕はふりむきリャニスを見あげた。そうしたら、今度はさっき言えなかった『いろいろある』のほうがこみあげた。

 リャニスと僕は実の兄弟ではないとはいえ、成長度合いがまるで違う。たとえばこの身長差。リャニスはどんどん背が伸びて逞しくなっていくけど、僕は小さくて華奢なままだ。


 じっと見つめたせいか、リャニスがたじろぐように手をどけた。

 その手には剣だこできてる。勉強にしても運動にしても、リャニスが誰より努力していることを知っているから、うらやましいよりも、すごいって感情のほうが上回るんだけど。


 何気なく視線を下げて、腹のあたりまできたとき、あるおそろしい可能性に気が付いてしまった。リャニスの両腕をぐっとつかんで僕は彼の腹のあたりを凝視した。

 まさかと思うけど、リャニス、もう腹筋割れてるとかないよね? そこまで差がつくと、さすがに凹むんだけど。


「な、なんですか?」

「リャニス、今日帰ったら、一緒にお風呂に入ろうか」

「はあ!?」


 耳がキーンとなるくらいの大声だった。思わず耳をふさぐと、リャニスはすばやく三歩うしろにさがった。彼がわなわなと手を震わせるようすを、僕は茫然と見つめる。


「あ、兄上! ご自分がなにを言っているのか理解しておられるのですか!?」

「そんな騒ぐことないだろ、兄弟なんだし。男子寮ではみんなでワイワイ入ってるんでしょ?」

「ありえませんっ!」


 リャニスはまた叫んで、両手できつく顔を覆ってしまった。

「え、ちょっ、リャニス?」

 僕が半歩足を前に出せば、リャニスは一歩下がる。これじゃあ近づけない。

 彼は指のあいだから、血走った眼を片方だけ見せて、「ああ……」とうめくようにつぶやいた。


「――そうでした。兄上は男子寮に入りたいとおっしゃっていたのでしたね。今はっきりしました。なにがあってもそれだけは絶対に阻止します」

「んなっ!」

 なんでそうなった!?

 リャニスに阻まれたら完全に無理じゃん。僕まで青ざめてしまった。


「いや、ノエムート様。さすがに紋章家の方々は個室というか、仕切りがあるからね? 風呂」

「え、そうなの?」


 小説の中でノエムートが個室を使っている描写はなかったけどな。彼は男子寮に入れられたことを憤ってあたりに当たり散らし、風呂の時間も「誰も入ってくるな!」と人を追い出し、広い浴槽をひとりじめしていた。


 ふだん侍女に世話をされていたこともあり、さすがに自分で体ぐらいは洗えるんだけど、着替えの準備とかまでは気が回らず、汚れた服をもう一度身に着ける羽目になるんだ。

 それを周りに笑われて、部屋に戻ってから悔し涙を流す。


 えー。誰かノエムートに教えてやってよ。彼が横暴だって責められるの、風呂の件もあるんだぞ。

 憤っているところに、護衛の騎士が抜身の剣を携え走ってきた。


「ご無事ですかっ!」

「あ、ごめんなさい。なんでもないです」


 ライラはうしろ向いて肩を震わせているし、サンサールは他人のフリをするし、リャニスは――。まだ顔を覆ってぶつぶつ言ってる。


 なんかすでに、ぐだぐだなんだけど。


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