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9 街へ行く

 次の日になると王子も普通に登校してきた。そして僕の要望通り、距離を置いてくれるようになった。

 朝は迎えに来なくなったし、昼食会には呼ばれたり呼ばれなかったり。会えば挨拶くらいはするけれど、長話はしない。

 僕の代わりに、アイリーザがぴったりくっついている、なんてこともなく、王子はこれまでの過ちを正すように色々な人と交流している。


 廊下を歩いていたら、外を歩いていた王子と窓越しに目が合った。彼はわずかに目を細める。

 僕は足を止めて、背中を見送ってしまう。

 ――いや少女マンガかよ!

 しかも、姉のじゃなくて母の蔵書にありそうなヤツ。脳内で盛大にツッコミを入れたあとで、じわじわと恥ずかしさがこみ上げた。

 ダメだ、ほんとダメだ。

 寂しくなってどうすんだよ!


「ノエム、明日は街へ行くのか」

 食堂で顔を合わせたときに、王子のほうから声をかけてきた。なんだか王子は、拍子抜けするほど落ち着いている。僕のほうはなんとなくモヤモヤする。

「はい。そのつもりです」

「リャニスランも一緒か」

「はい、殿下」

 リャニスのきっぱりした返事に対して、王子はほんの数秒、思案顔をした。


「ほかに誰が行く?」

「彼も一緒に行く予定です。サンサール」

 僕が呼びかけると、サンサールは一瞬ギョッとしたようだった。

 サンサールは声をかけた僕ではなく、リャニスのほうを見てアイコンタクトをとった。


 緊張しているのだろうか。そっと見守っていると、突然変なことを言い出した。

「サンサール・ハンバルトです。微力ながら、ノエムート様の護衛を勤めさせていただきます」


 え? 初耳だけど?

 驚きすぎてかえって反応が遅れた。サンサールの顔を確認する前に、王子が僕に声をかけてきた。

「そうか。ノエム、気を付けて。二人ともしっかりノエムを守るように」

「え?」

 僕は思わず王子を見つめた。王子はわずかに首を傾げ「うん?」と笑顔を浮かべた。


 その顔を見て、僕は自分がどれほど恥知らずなことを考えたか自覚した。

 一緒に行くという言葉を期待してしまったのだ。

 とたんに顔中に血が集まって、それを隠すためにガバッと頭を下げる。日本式のお辞儀になってしまったけど、礼は礼だ。


「いいえ、なんでもありません! 失礼します!」

 退くことを許されてもいないのに、勝手に逃げ出した。

 夜になって、ベッドの中で僕はぎゅうっとうずくまった。

 そうか、王子、来ないのか。

 それにサンサール。友人として来てくれるわけじゃなかったんだ。一人で浮かれて、バカみたいだ。


「僕って友達いないみたい……」

 つぶやいてみたら、ますます切なくなった。


「坊ちゃま、おはようございます。本日のご予定ですが、変更はございませんか」

 翌朝、侍女のヘレンが起こしに来たとき、僕はしょんぼりした気持ちを顔に出さないように気を付けた。どうかするとお出かけ自体が中止になりかねない。


「うん。予定通り街で奉仕活動をしてくる」

「では、同行者は全員男性ということですね。今回も、坊ちゃまには安全のため男子生徒の制服を身に着けていただきます」

「うん」

 前もそうだったから、別に驚きはない。

 ヘレンがやけにニコニコしていることには、多少ポカンとなったけど。


「男性ばかりのところへ侍女がついて回るのは違和感がございますよね。そこでご提案いたします! ライラに男装させてはいかがでしょうか!」

 パシッと顔の横で手を打ち鳴らし、ヘレンは満面の笑みを浮かべる。

 それ、伺いを立てる(てい)で、もう決定しているヤツでしょ。いや、女子の制服を用意しましたとか言われるよりはずっといいけどさ。


「……あー、うん。ライラが嫌がらないならそれでいいよ」

「もちろんでございます! 坊ちゃまのためですもの、ライラも(いと)いませんわ!」


 ササっとヘレンが扉を開けると、そこには従者風の衣装をまとったライラが待機していた。ほらー、もう着てるし。ちょっと誇らしげだし。細身でキリリとした雰囲気だからサマになっちゃってる。

 侍女たちが楽しそうでなによりだよ。


 待ち合わせ場所はスクールの前庭にしておいた。すでに疲れた感はあるけれど、リャニスの顔を見ればホッとする。

「待たせたかな」

「いいえ、兄上。ちっとも。――ライラか」

 リャニスはライラの男装姿を一目見ただけで受け入れてしまう。彼はもうこの程度では動じない。

 サンサールだけが、なにか言いたそうに僕とライラを見比べた。


「それより兄上、顔色が優れないようですが」

「そう? じゃあ、疲れたらすぐリャニスに言うね」

 寝不足が秒でバレた。さすがリャニス、浮かれた侍女たちより厳しいね。でもこうして約束しておけばとりあえずは大丈夫だ。


「ところでサンサール。昨日護衛がどうとか言っていたけど、僕にはライラがいるんだから、君の助けなんて要らないんだよ。なにかあったとしても、君は自分の身を守るように」


 いつになく偉そうな感じになっちゃったのも仕方ないと思う。僕の機嫌はあんまりよくない。

 サンサールとはなんとなく通じるものがあると思ったのに。友達としてじゃなく、護衛としてついてくるとか言われて結構なショックだった。

 昨日はうやむやになってしまったが、やっぱり顔を見ると腹がたった。


「あ、いや、それは……」

「兄上、歩きながら話しましょう。人が増えてきました」

 リャニスに促されてしかたなく歩きはじめる。

「あの、ノエムート様」

 サンサールがなにか言いかけたとき、校門の陰から、騎士が二人進み出てきた。


「失礼します。本日、キアノジュイル殿下よりノエムート様の護衛を仰せつかりました。すこし離れたところから、見守らせていただきますので」

「殿下が?」


 確かに、王子の周りで見たことのある顔だ。それにしてもさらに護衛が増えるなんて、街に行くだけなのにずいぶん大げさだ。

 王子が行くならわかるけど。いや、まさか、自分の代わりに騎士を遣わせたとかじゃないよね。ないと言い切れないところが恐ろしい。君を守ると言われたこと、結構あるもんな。

 そっか。大げさなのは、もともとかあ。


 はは。脳内で乾いた笑みを浮かべて、それでも僕はなんとか取り繕った。これ以上余計なことは考えまい。王子に命令されているなら、この人たちは僕が断ったところで勝手についてきちゃうだろう。


「殿下の心遣いに感謝いたします。よろしくお願いします」

 作り笑いは、あまりうまくいかなかったかもしれない。


 今日の目的地は、街の東側のほう。ひとまず馬車で行くことになっているのだが、あの辺りは少々ガラの悪い地区だったりする。レアサーラを呼ばなかったのはそのためだ。


「リャニス、ライラも。知ってた? 王子が護衛を寄こすって」

「いいえ、兄上」

「あたしも聞いていません」

 ふたりの返事を聞いて、僕はため息をつきたくなった。行き先だって別に知ってたわけじゃないはずだ。


「どうして王子は、ここまでするんだろう。……傷つけるようなこと、言ったのに」

 最後の一言は、明らかに余計だった。ポロリとこぼれた言葉を、拾ったのはサンサールだ。


「それ、本気で言ってる? いや、おっしゃってます?」

「言いなおさなくてもいいよ。身内しかいないし、むしろ今日はお忍び的な感じなんだし崩しているほうが自然だと思う。……いや、護衛に徹したいんならそれでもいいけどさ」


 僕はまだ、多少むくれている。

 せっかく出かけるんだし、楽しまなきゃって気持ちはあるんだけど、どうにもうまく切り替えられない。

 ところがサンサールのほうは、あっけらかんとしていた。


「あの王子様の前で、ノエムート様と遊びに行きますなんて言えるわけないって。おっかねえ」

「怖い? 王子は怖くなんてないよ。公式な場ならともかく、私的な場面でうるさいことは言わないし、身分にもこだわらない人なんだ」

 だから平民出身だろうと、聖女と仲良くなるんだし。


「そりゃノエムート様はそうかもしれないけどさ。なんせ、王子に愛されてるし?」

 サンサールは半笑いで片方の眉をあげた。からかわれてムッとしたのも手伝って、僕は声を荒げてしまった。


「それじゃダメなんだよ!」

「なんで?」

「なんでって……」

「俺も知りたいです、兄上」


 リャニスまでそんなふうに言い出して、僕はたじろいだ。馬車の中では逃げようもなく、僕は黙り込んだ。リャニスはそんな僕を正面から見つめて、いたわるような声色で続けた。


「……兄上、殿下は悪い相手ではありません。いいえ、これ以上もないほど兄上にふさわしいのではないかと、俺は思います」


 いつも王子に対して怒っているので、リャニスの発言は意外に思えた。するとやはり彼は言い過ぎたとでも思ったか、キュッと眉をよせ、「節度さえ、守っていただければ……」と小声で付け足した。

 それで、ふっと気が抜けた。


「殿下が悪いとは言ってないよ。ふさわしくないのは、僕のほうなんだって」

「兄上でふさわしくないというなら、いったいこの国の誰が、殿下の花嫁としてふさわしいというのでしょう?」

「無垢な瞳でなに言ってんの! リャニスは僕に対する評価が高すぎるんだよ!」



 兄弟の会話を聞いて、サンサールは笑いをこらえるような顔で口をはさんだ。

「じゃあさ、逆にノエムート様は、どんな人なら王子様にふさわしいって思うの?」

「そりゃもちろん、聖女だよ」

「ぐっ!」

 サンサールは今度こらえきれなくなったらしい。盛大に吹きだして、むせ始める。

 本気なのに、笑うことないだろ。


「の、ノエムート様ってさ、王子のこと好きなんじゃないの?」

「僕の好きは、そういう好きと違う。なんていうか、弟みたいなものなんだよ」

「は? 弟?」

「そう! そういう意味ではサンサール。君も弟みたいなものだよ!」


 バーンと宣言したはいいが、サンサールがドン引きしている。彼は口元に手を当てて、横目でリャニスをうかがった。つられてそちらを見ると、リャニスはすっかり顔を伏せていた。


「……兄上にとって」

 絞り出すような声を出し、リャニスはゆっくりと顔をあげる。

「弟とは、そんなにも、むやみやたらと増殖するものですか?」

 笑顔でもなく、怒りでもなく、彼の顔は青ざめて見えた。


 失言にヒュッと息が詰まった。

「も、もちろん、リャニスのことは!」

「坊ちゃま、立ち上がっては」


 ライラが警告を発した矢先、ガタンと馬車が揺れ、僕は前方にポンと放り出された。

 リャニスがすぐさま僕を抱き留めてくれたから、なんとか無事だ。ちょうどいいのでそのままリャニスに半身を預けるようにして彼の頭を抱きかかえた。

「リャニスは特別。世界でいちばん大事な弟だよ」


 伝われと心から念じる。伝わったのかどうなのか、リャニスはポスッと僕を席に戻した。

 そのときポカンとした顔のサンサールと目が合って、僕はハッとした。


「ごめん、友達の前で。恥ずかしかったよね」

「あ、兄上は……」

 リャニスは顔を隠すように腕を掲げている。

「軽々しくそういうことをおっしゃるから」

「リャニスが大事ってことも、特別なのも本当だよ」

 けど、今のはちょっとまずかったか。


「サンサール。今見たことは黙っててもらえるかな」

「言わないけどさあ……」

 サンサールは大げさなため息をついて、あきれた様子でそっと目をそらした。彼のほうまで照れてるように見えるのは、僕の気のせいだろうか。


「なんでリャニスがここまでブラコンになったか、よくわかったよ」


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