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3 自慢の弟です

 王子の来訪が増えたことで困るとすれば、予定がずれこむことである。


 貴族の子供がまなぶべき事柄は多い、知識、教養、マナー、護身術、ギフトの制御など。

 とにかく勉強が遅れるとたいへんなのだ。


 そんなときどうするかというと、僕はすっかりリャニスを頼っていた。

 リャニスはやさしくて厳しい。


「大丈夫。兄上にならできます。きちんと考えさえすれば」

 にっこり笑ってさりげに難度をあげてくる。

 でも彼のおかげで、僕はどうやら落ちこぼれずにすみそうだ。


「――そして長い長い争いのあと、神々は国を三つに分けました。すなわち、我が道化の王の治めるピエルテン、魔女が統べるチャウィット。英雄の国ザロン。神々から領土を与えられた三国は、常にお互いを監視しあい、ときに助け合いながらすごしています。過去の戦禍をくりかえさないように」


 先生は僕とリャニスのまえで語った。


「では、ノエムート様。紋章七家、もちろんすべて言えますね?」

「はい。星明りの紋章家ステアロス、時の紋章家ティノメ。妖精の紋章家トルシカ……」

 黄金、旅、嵐、カーニバルと続ければ先生の「よろしい」がもらえる。


 だがこんなことは七歳の子供でも言えるようなことだ。なぜ今さら、思ったことがバレたらしい。先生はちらりと僕を見た。


「ノエムート様、ならびにリャニスラン様は旦那様の紋章をご覧になったことはございますか?」

 僕とリャニスは首をふる。


「もちろんそうでしょうとも。紋章家の当主のみがその体のどこかに宿す紋章は、強大な守護でありながら弱点にもなりえるのです。みだりに人に見せるものではありません。そこから、貴人は人前でむやみに肌をさらしてはならないというマナーにつながるのです。んんっ。まだおわかりなりませんか? ノエムート様?」


「あ」


 僕はどうやら無意識のうちに、すそを膝までたくしあげてしまっていたようだ。

「暑くて……」

「暑かろうが寒かろうが涼しい顔をしなくてはなりませんよ」

 歴史の時間がマナーの時間になってしまった。


 こってり絞られたので、僕はストレス解消のためリャニスを外に誘った。

 庭を抜けて林にむかう道すがらイチゴの群生地があるのだ。


 この世界のイチゴは、現代人のイメージとはすこしずれると思う。小指の先ほどの大きさで、結構すっぱい。でもいい香りがするし、春から秋まで食べられるし僕は好き。

 これまた「はしたない」って怒られちゃいそうだけど、その場でつまんで食べるのがおいしいんだよね。


 摘んで帰ったとしても、ジャムやソースに加工されたり、お菓子の飾りに使われていたり、そのものを楽しむってことはなかなかできないのだ。


「兄上、ここって」

「うん。僕のお気に入りの場所だよ」

 去年まではリャニスと微妙だったから、はじめて一緒にくる。

「秘密、共有してよね」

 笑いかけて、僕はイチゴをひとつつまんでみせる。リャニスが目をまるくした。


「はい。これで共犯」

 驚いて開きかけたリャニスの口にも、イチゴを放りこんでやった。

「おいしい?」

「おいしいです。けど……」


 リャニスが変な顔をした。頬をかいて僕から目をそらす。なにやら言いづらそう。

 もしかして、人の手から直接とかそういうのダメな人だった!? 嫌がらせだと思われてしまっただろうか。


 ハラハラしていると、リャニスがしゃがみこんでイチゴに手を伸ばした。

「それはまだ渋いと思うよ。こっちがたぶんおいしい」

 僕はイチゴに触れてしまわないよう、指さした。

 リャニスはうなずいて慎重にそれを指ではさみ、僕の口元に近づけた。

 食べさせてくれるらしい。


 ぱくっと食いつくと、心地よい酸味が口のなかに広がった。おいしいと伝える代わりに微笑むと、リャニスは顔を赤らめた。

「兄上は、恥ずかしくないのですか?」

「うん?」


「……そうですか。では兄上の分は俺がとってさしあげます」

 餌付けしたいほうなの?

 でも僕も、リャニスを餌付けした いんだよな。さっきのリャニスは年相応って感じでかわいかった。


「じゃあリャニスには、僕が食べさせてあげるね」

 有無を言わさず宣言して、そこからはお互いの隙をついてイチゴを食べさせる勝負みたいになってしまった。

 かわいげがどっか行ったけど、男兄弟ならこんなものか。


 なんだかおかしくなってしまって僕がふきだすと、リャニスもつられたように笑い声をたてた。

 おお。めずらしい。っていうか、はじめてかも。遠慮がちだったリャニスが、声をたてて笑ってくれた。うれしいな。


 ひとしきり笑ってすこし落ち着いたころを見計らい、

「これで最後にしようか」

 僕はリャニスの口元にイチゴを運んだ。それがぽろっと地面に落ちるのと同時に、うしろから声がかけられた。


「ノエムート?」

 僕はあわててふりむく。

「殿下!? おいででしたか」


 頭をさげてから、チラッと顔をあげて様子をうかがうと、王子はなにやら眉をよせている。大笑いしてたの見られてた。じゃっかん気まずい。

「いったいなにをしていたのだ」


「リャニスにイチゴを――、じゃない、イチゴをつまんでおりました」

「そのようだな。こんなに口元を汚して」

 王子が突然、親指で僕の口元をぐりぐりぬぐった。

 え、それは恥ずかしい!


 てか王子、いつのまに手袋を脱いだんだろう。素手だし。めっちゃ見てるし。混乱して僕は真っ赤になった。

「も、申し訳ありません」


「それ、そんなにうまいのか」

 ハンカチで手をふきながら、王子はイチゴを見おろした。

「はい! 殿下もお召しあがりになりますか?」

 僕はあわててしゃがみこみ、ちょうどいい熟れぐあいのイチゴを探した。ずばんと王子にさしだそうとしたけれど、そのまえにリャニスがそっと止めた。


「兄上、それは……」

「不敬だよねえ!?」

 あっぶな。王子は餌付けしちゃダメなんだったよ。


「お茶と一緒にだしてもらいましょう。ライラ、よさそうなところを摘んできてくれる」

「はい。坊ちゃま」

 僕らについている侍女たちや従者は、お仕事中は基本的に飲食禁止だからね。こっそりつまみ食いするといいよ。


「ノエム」

 王子はすっと手をさしだした。あれ今、ノエムって呼んだ?

 だが確認するまえに、王子は僕の手をとって歩きだしてしまった。このイチゴどうしよう。いいや食べちゃえ。


「リャニスランと、そんなに仲がよかったか?」

「ん? はい! 兄弟ですから。仲よくすると決めたのです。リャニスはかわいくて賢くて、やさしい自慢の弟ですよ」


 リャニスは僕たちのすこしうしろをついてきている。ふりむいて笑みを交わすとリャニスははにかんだ。はい、かわいい!

 かわいいですよねと、王子に同意を求めようとしたら、なんだか不服そうに顔をゆがめてそっぽを向いていた。



 その夜、僕は母上に呼びだされた。討ち入りまえの武士みたいな雰囲気で出迎えるのやめてほしいね。

 母上は、英雄の国の出だからね。あの国の人、みんな脳筋じゃない?

 ってうわさされているけど、母上見てるとあんまり否定できない。

 表面上はにこやかに、僕は母上の言葉をまった。


「ノエム。あなたは王子の婚約者である自覚が足りないようですね」

「イチゴの件でしたら」

「イチゴ? あなた、ほかにもなにか王子に失礼なことを?」

「ほかにも?」


 イチゴをつまみ食いして、口の周り汚した状態で王子に会った以上の失態は、……今日のところはしていないと思うんだけど。


「リャニスのことです」

「リャニスはいい子にしていましたよ。今日も危ういところで僕をたしなめてくれました」

 胸を張って言うと、母上はなぜかため息をついた。


「いいですか、ノエム。王子のまえで、あまりリャニスを褒めてはいけません。誤解されますよ。あなたは、王子と結婚したいのでしょう」

「え? うーん」


 思わず僕はうなってしまった。

 原作通りなら、イエス。なにがなんでも王子と結婚しようとがんばった。だけど、結局は婚約を解消されてしまうわけだし。


「ノエム?」

 母上に疑いのまなざしをむけられて、僕はハッと我に返った。

「あ、はい! もちろんです」

 そういうことにしておかなきゃいけないんだった。


 もし、僕から婚約を辞退するようなことがあれば、トルシカ家に影響がでる。そうすれば跡を継ぐリャニスが困るわけで、結果リャニスに断罪される流れになっちゃう!

 王子にもういらないと捨てられるまでは、しっかり婚約者のふるまいをしないと。


「いいですか、あまり目に余るようならリャニスと引き離さねばなりません」

「え? 母上、なにを……」

「話はこれで終わりです。もうもどっていいですよ」


 母上がにこりと笑えば、僕は引きさがるしかなかった。


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