表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/104

4 テストと褒めちぎり

「今週は行けませんよ。テストがありますもの」

 レアサーラに指摘されてはじめて、僕はテストの存在を思い出した。

 落第はしないと思うけど、トルシカ家として恥ずかしくない成績をとなれば、勉強しないわけにもいかないだろう。


 リャニスに視線をやると、サンサールがすでに泣きついている。そしてそれを、マスケリーが面白くなさそうに睨んでいる。


 テストも大事だが、小説の運命に巻き込まれそうな、この二人のことも放ってはおけない。

 たとえば、サンサールはいまのところ聖女のポジションに一番近いと思う。ギフトに恵まれ僕らの通うスクールに来たけれど、家格は低く態度はでかい。


 そしてそんな彼を面白く思わないのがマスケリーだ。彼はしょっちゅうサンサールに突っかかる。『礼儀がなってない』とか、『生意気だ』とか。本来なら僕が言うはずだった台詞を彼が言っちゃってる。

 いわばニセ悪役令息だ。僕の代わりに彼が孤立するなんてことあってはならない。

 だから僕は積極的に彼に話しかける。


「マスケリーもどこかわからないところがあるの?」

「ノエムート様、いえ、そうではないのです」

 マスケリーはしどろもどろになっちゃった。でもここで、引っ込まれても困るんだよな。

 僕はぐるっと教室内を見まわした。クラスメイト達は僕らのやり取りをハラハラ見守っている。


「そうだ! 放課後いっしょに勉強会しない? レア――」

「いえ、わたくしは結構です。ひとりのほうが集中できるので」

「ノリが悪い! まあいいや。クリスティラさまはどうなさいます? あ、はい」


 続けざまにフラれてしまった。じゃあ男ばかりだな。


「リャニスはどうする?」

「もちろんご一緒します。ですが、殿下が迎えに来られるのではないですか?」

「殿下は殿下で二年生の勉強があるんじゃないかな」

 そう答えたものの、たしかに来ちゃいそうだなと思ったので、昼休みに宣言した。


 食堂の二階に王族のための特別席がある。ここには、紋章家の子女や王子の許しを得た、いわゆる『選ばれた子たち』が集っている。婚約を破棄した以上、ふたりきりの昼食会を続けるわけにもいかず、王子はほかの生徒も招くようになったのだ。メンバーはそのときによって入れ替わるが、僕はなぜか固定。


 僕は周りの目を気にして「殿下」と呼びかけた。王子は不服そうだけど、主にニセ悪役令嬢アイリーザが目くじら立てるんだよ。本題に入れないのは困る。


「今日の放課後、クラスメイトと勉強会をすることになりました。殿下もクラスの皆さんと勉強会をしたりするのですか」

「まあ! 素晴らしいですわ、ノエムート様。殿下、二年生も負けてはいられませんね。わたくしたちも勉強会を開くのはどうでしょうか」


 アイリーザは乗り気になったが、肝心の王子が思案顔だ。


「ノエム、勉強なら私と一緒にすればいいじゃないか」

「お言葉は嬉しいのですが、教えられてばかりもいられません。僕も紋章家としての務めを果たしたいのです」

 まだ不服そうではあったが、意思は伝わったようだ。


 放課後、クラスメイトのほとんどが教室に居残った。僕が発案ということもあり、断りにくかったのかもしれない。リャニス目当てという線もある。なんせうちの弟は賢いからね。


 はじめのうちは、みんな真面目に勉強していた。もめごとに発展するのは、やはりサンサールの迂闊な一言なのだった。

「はー、面倒くさい。なんだってこんな勉強をしなきゃならないんだろ」


 大きなひとり言を、マスケリーは無視できなかったようだ。

「なんなんだその態度は! リャニスラン様とノエムート様に教えていただいている身分で、よくもそんな口を利けたものだな」


 恐らく寮内では、リャニスもサンサールももっと気軽に話しているのだ。その証拠に、リャニスはむしろマスケリーをうるさがっているように見える。


「まあまあ、マスケリー。放課後なんだし大目にみてやってよ。僕らは気にしてないし。ねえ、リャニス」

「ノエムート様、なぜこのようなヤツをかばうのですか!」

「うんうん、わかってるよ。マスケリーだってサンサールのためを思って言っているんだろう? だけど僕には、マスケリーも学ばなきゃいけないことがあると見えるな」


「ノエムート様、それはどういう意味でしょうか」


 サンサールにぎゃあぎゃあ言うマスケリーも、僕が相手じゃあまり強気に出られない。悪いがここは身分を振りかざしましょう。

「ハッキリ言わせてもらえば、マスケリーは褒め下手なんだよ!」

「ほめ?」

「そう。褒め下手。サンサール、今朝詰まってた問題は解けたの?」


 話の途中だったが、僕はくるりと振りむきサンサールに声をかけた。彼は驚いたようだが、きちんと頷いた。

「はい。リャニスラン様がていねいに教えてくださったので。理解できました」

「そっか。すごいね。サンサールはよくがんばっているよ」

「み、身に余るお言葉です」


 サンサールが胸に手を当て感謝を示すのを見届けて、僕はマスケリーに向き直る。


「ね? 受け答えもすごくよくなったと思わない? リャニスが教え上手ってのもあると思うけどね。マスケリーだって聖騎士になったなら、いずれ部下に指導する機会もあるんじゃないかな。そのとき、怒ってばっかりじゃ相手は委縮しちゃうと思うんだ。だから、ちいさなことから褒める練習しようよ。なんなら僕で練習していいよ」


 マスケリーが「へあ!?」みたいな奇声を発するのと、リャニスが僕をたしなめるのはほとんど同時だった。

「兄上」

 僕はそんなふたりにゆるく首を振る。褒めて伸ばすは定石なのだよ。


「褒めることにも褒められることにも、ある程度慣れが必要だと思うんだよね。大丈夫大丈夫、害はないよ。さあマスケリー、ないのかな? 僕にはまったく、褒められるところがない?」

「いえ、まさか!」

 机に手をついて、ニコニコとマスケリーを覗き込みながら、僕は内心冷や汗をかいていた。


 あれ、このセリフなんかヤバくない?

 我を讃えよだなんて、悪役令息通り越して邪神みたいじゃない?


「ごめん。やっぱいいや、変なこと言った――」

「ノエムート様は!」

「う、うん!」

「美しいです」


 蚊の鳴くような声でマスケリーは言った。顔を真っ赤にしてしまっている。なんか、ほんとゴメン!


「ふうん、それから?」

 思わぬところから合いの手が入り、教室内がざわついた。もちろん僕も凍りついた。うつむいていたマスケリーだけがそれに気づかずさらに言葉を重ねようとしている。

「髪も」

「髪も?」


 そこでようやく、マスケリーはハタと顔をあげた。

 そして自分を覗き込む王子を見て青ざめた。

「どうした、言ってみるといい」

 マスケリーは言葉をなくして、必死に首を振っている。

「あ、あの、殿下! 違うんです、これは!」

 僕も非常に焦っていた。なんか浮気現場を押さえられたみたいな雰囲気になってるぅ。


「き、キアノ!」

 王子がようやく僕を見た。細められた目はちっとも笑っていなくって、空気はヒンヤリしている。

「おいで、ノエムート。褒められたいなら、私がいくらでも誉めてやろう」


 こ、怖っ!

 ノエムートだなんて、ものすごく久々に呼ばれたぞ。王子の怒りをひしひしと感じて、僕は頷くしかなかった。

「ついてくるなよ、リャニスラン。これは命令だ」


 王子はどうやら、温室に向かっている。だが、中には入らず、すこし手前で立ち止まった。


「あの男、君の髪がどうとか言ってたな」

「アレは違うんです殿下! 僕が無理やり言わせたみたいなもので、彼にはなんの(とが)もありません」

「かばうのか」


 ごめん、マスケリー。君の将来にヒビが入りそうだ。気が遠くなりそうだが気合でこらえる。ここで折れてはいけない。僕はギュッと目をつぶる。

 悪知恵を働かせるんだ、ノエムート! 悪役令息だろ。


 そして僕は、そっと自分の顔を覆った。

 ……ダメだ。ぜんぜん浮かばない。保身のためならポコポコとアイデアが浮かぶくせに、人のためだとダメなのか。僕はなんて身勝手なヤツなんだ。


「泣いているのか、ノエム」

 王子がぎょっとしたように、僕の顔から手をひきはがした。

 泣いてはいないが、絶望している。

「こんなことでクラスメイトの未来を閉ざしてしまうなんて。僕が調子に乗ったせいで……。マスケリーになんて詫びたらいいのか。髪、髪なんかで……」

 僕はそこでハッとした。


「剃る?」

「ノエム、待て! 別に咎めたりはしないから」

「ほ、ほんとですか……」

「ああ。すこし気に入らなかっただけだ。私の前で、君のことを褒めるなんて」

「ですから、アレは」

 やっぱ剃る? むしろむしっちゃう? 丸坊主令息はじめちゃう??

 僕はギューギューと髪を引っぱった。


「わかった! もうわかったから。妙なことは考えるな。な?」

 王子が必死になだめるので、僕はしぶしぶ自分の髪から手をはずした。王子はほっと溜息をこぼして、髪の乱れを直すように触れた。


「怖がらせてすまない。だが、わかってほしいんだ。君を誰にも奪われたくない。――君は本当に美しいよ。はじめて会ったときからずっと思っている」

「お褒めに預かり光栄です」

「どうして君は私が褒めたときだけ、そうやって聞き流してしまうんだ。ほかのものの言葉は素直に受け止めるくせに」

 僕はギクッとした。すかさず王子がそれを咎める。


「ノエム、目をそらすな」

 ヤバい。いつものキラキラモードのほうがまだマシだ。瞳ばかりがやけに熱っぽく、眉と口はそれでいて頼りない。彼は息を凝らして僕を見ている。あまりに必死なので、こっちまで息のしかたを忘れそうだ。


「さっきのアレ、冗談だよな」

「へ、あ、アレ?」

 すっかり声がひっくり返ってしまった。王子はそれを笑いもせずに、僕の髪を一筋すくいあげる。

「君の長い髪、気に入っているんだ。だから妙なことは考えるなよ」

 そう言って彼は僕の髪に口づけた。

 僕が驚いて固まると、王子は息だけで笑い、今度は頬に手を伸ばす。


「ノエム、顔が赤い」

 誰のせいだよ!

 もうこっちはイッパイイッパイだって言うのに、王子ときたらダメ押ししてきた。

 好きだと囁きながら、僕の唇を指でなぞった。

 上唇をひらり、下唇をそろりと。


 うぎゃあああああ! も、無理っ!

 気づけば僕は王子の指に噛みついていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ