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3 聖女ゆかりの

 スクール入学前の子供たちは、ギフトのコントロール練習を兼ねて、家にある装置の充電をする。あれと似たようものが街にもあるわけだ。

 水道、暖房、街灯などのライフラインから用途不明のものまであって、むしろスクールのあるこの島のほうが種類は豊富らしかった。

 奉仕活動とは、それらの装置にエネルギーを込めること。本来の目的を忘れそうなほど楽しそうじゃない?


 とはいえ王子がいるのに馬糞変換装置に向かうわけにもいくまい。さすがの僕もわきまえている。

 僕たちは、地図を頼りに水の浄化装置を目指した。侍女や侍従、護衛なんかを引き連れているので結構な大人数である。


 石造りの街並みをぞろぞろ歩いて行くと、緩やかなアーチを描く石橋が見えてきた。アレが目的地だ。四隅にはチャージのための黒い箱が設置されている。僕は手近なひとつをのぞきこんで、首を傾げた。


「あれ? なんか思ったよりもギリギリなんですね」

 僕がのぞきこんだ箱はオレンジ色のランプがひとつ灯っているだけだった。ランプが全て灯って緑になればフル充電って辺りは、一般家庭にある装置と同じはずなんだ。

 それが、十段階のうち、残数イチってヤバくない?


「いつもこんなに差し迫っているのでしょうか」

 心配になって尋ねると、王子も渋い顔をしていた。

「いや、そんな(はず)はない」

 王子が視線を向けると、護衛もとまどっているようである。

「向こう側も見てきます」

「私も行こう」

 リャニスと王子が橋の向こうに渡り、僕とレアサーラがこちら側からエネルギーを込めることになった。


「こちら側はそれほど減っていませんでした。八メモリありましたもの」

 レアサーラがチャージを終えて戻ってきたころ、僕のほうもようやく緑のランプが灯った。

 橋の向こうから王子とリャニスが戻ってきて、状況を教えてくれたが、やはり余裕があったようだ。ホッとしたような、拍子抜けしたような。

 誰かゴミでも投げ入れたのかな。それか、誰かチャージをさぼったのか。自分なりに理由を考えてみたけど、よくわからなかった。


「ほかの浄水装置も巡ってみましょうか」

 僕はみんなに声をかけて、またぞろぞろ移動する。

 結局、ほかにも三か所見て回ったがギリギリなのは最初に見かけたあの一個だけだった。


「兄上、お疲れではないですか?」

「そうだね。すこし」

 まっさきにへばるのは男子として恥ずかしいなとレアサーラのほうをチラリと見たけど、ぜんぜん元気そうだ。そうだよね、わかってた。

「ノエム、だったら」

「いえ、歩けます。大丈夫です」

 王子が手を差し出そうとするので、僕はひらりと避けた。

 いま、絶対抱き上げようとしただろ! そうはいかないぞ。そのフォームはすでに見切った!

 だけど、飛びのいた先にリャニスがいたもんで、まためんどうなことになった。


「ご心配なさらずとも、兄上は俺が支えますので」

「いいや、ノエムは私と一緒にいたほうがいいんだ」

 僕を挟んで彼らは静かに争いを始めようとしている。

「僕は本当に大丈夫です。ほら、レアサーラ様がお一人になってしまいますから」

「あら、お構いなく。はじめからその形でしたわよ」

 ぎゃあ、かわされた!


 ほかになにか助け舟になりそうなものはないだろうかとキョロキョロしていたら、僕たち一行に話しかけたそうな人を発見した。タイミングがいいね!

「キアノ、あちらのご婦人がお困りの様子です」


 ライラに用件を聞いてもらうと、どうやらチャージしてほしい装置があるらしい。

 彼女は施療院の院長を名乗り、僕たちを案内した。

 施療院とは病気やケガをしても医者にかかれない人々が利用する施設だ。

 三角屋根の小さな建物がそうだという。


「ノエムート様、あれを」

 レアサーラが立ち止まり、アーチ形の扉を指さした。扉の文様によく目をこらせば、花のような紋章が見えてきた。

「あれは、聖女の紋章?」

「おっしゃる通りでございます。この施療院は、聖女様ゆかりのものなのです」

「聖女の……」


 僕がじっと紋章を見つめていたせいか、王子も気になったようだ。

「ノエムは聖女に興味があるのか」

「はい。とても! キアノはどうですか? 聖女のようなかたが実際にいたら、すてきだと思いませんか?」


 僕は期待を込めて王子を見つめた。なんせ未来の花嫁だよ。あるでしょ、興味!

「うん? ああ、そうだな」

 微笑まれちゃったけど、それ、どういう反応? まあいいや。

 僕はくるっと院長さんをふり返る。

「そうだ! 最近、街で奇跡を起こす少女がいるなどというウワサはありませんか?」

 あまりに直接的すぎたのか、職員さんはちょっと驚いたようだった。


「いいえ、そのようなお噂は耳にしておりません。……ですが、聖女様にご興味があるのでしたら、中もごらんになりませんか? いまは動いていないのですが、聖女様の奇跡の詰まった装置があるのです」

「聖女の奇跡!? 見たいです! キアノ、見ても良いでしょうか?」

 一応許可を求めると、王子も頷いてくれた。

 ちなみに装置のチャージは、リャニスがささっと済ませてくれた。


 目的のブツは建物の奥にあるらしい。廊下を通る際、ベッドに横たわる人々の姿が見えたので、僕たちはピタリと口を閉ざして進んだ。

 この世界、衛生管理がしっかりしていてよかった。怖い思いをせずにすむよ。シーツも包帯も清潔そう。


「こちらでございます」

「これは、礼拝堂……?」

 案内された部屋を見て僕はとまどった。

 この国の礼拝堂と言えば、参列者用の簡素なイスが並び、正面に聖職者が立つための半円形のステージが設えてあるもんだと思っていた。

 だけどここは、円形のステージがドーンと中央に据えられているのだ。コンサートでも開くのかな。まさかの聖女オンステージ?

 一瞬アイドルっぽい衣装の聖女を想像してしまい、僕はぶるぶると首を振った。


「装置はどこですか?」

「ステージの上にございます」

 つるんとしてるけど?

 気になって登ろうとすると、リャニスがそっと僕を止めた。

「兄上、俺が」

 聖女ゆかりの装置に危険はないだろう。僕はこだわらずリャニスに譲った。

 リャニスがステージに立ったところで、「リャニス、ウィンクして!」と声をかけたのはただの悪ノリだったのだが、リャニスは律義に応えてくれた。

「え? こうですか?」

 パチン。さすが我が家のアイドル。可愛いじゃないか。

 そして、まるでそれがスイッチになったかのように、ステージの一部がせり上がり、装置が姿を現した。


「おおおっ! カッコいい!」

 改めて僕と王子とレアサーラもステージに乗り、装置を見物した。やはり黒い箱なのだが、立方体をでたらめにくっつけたみたいなゴテゴテした形だった。

 感心しながら眺めていると、リャニスが横に立った。


「兄上、なにかご存じだったんですか」

「うん? なにが?」

「ウィンクをしろとおっしゃったでしょう」

「ごめん、それはただの悪ふざけ。偶然だと思うよ」

「悪ふざけ?」

「ステージに上がったからには、なにか見せてもらわないと」

「でしたら、兄上に上がっていただくんでした」

「僕ウィンクできないよ。ほら」

 実践してみせると、リャニスは口元を隠すようにして僕から顔をそむけた。


 笑われてしまっては仕方ない。しゃべってないで装置を見よう。観察したところでなんの装置かはわからないんだけど。尋ねることはできるよね。

「これはどういった装置なのでしょう」

「記録には、聖女の癒しが降り注ぐと書かれています」

「では、なぜ誰もギフトを込めないのでしょう」

「かなり古い時代のものらしく、大量のギフトが必要なのだそうです」

「そうなんですね」


 少々がっかりだ。動いているところを見てみたかった。焼け石に水とは思うけど、僕のギフトをこっそり注いでみたいくらい。


「ノエム。私がやろう」

「え!?」

「見てみたいんだろう?」

 ねだってもいないのに、王子はパチンと星が飛びそうなウィンクを僕にくれた。


「ノエムの願いは、私が叶える」

 過剰なキラキラに目をしばしばさせているうちに、彼は装置に向けてすっと右手を伸ばした。

 風もないのに王子の髪がふわりとなびく。

 すごい量のギフトが彼の中から引き出されるのがわかった。それがみるみる装置に吸い込まれていく。

「殿下!」


 従者が声をあげても、王子は構わずギフトを注いだ。


 やがて緑のランプが灯ると、装置はゴゴゴと音を立て収納されていく。

「キアノ!」

 僕は王子に手を差し伸べた。あれだけのギフトを扱えば倒れたっておかしくない。さすがに責任を感じてしまう。だが、王子はふらつきもせず誇らしげに笑った。そうだった。彼、大量のギフトを扱うとむしろハイになっちゃうみたいなんだよね。取り繕わない素の表情がかわいくて、撫でてあげたくなる。自重!


「始まるようです」

 リャニスは天井を指さした。丸い模様に見えた個所がぐるりと回り、柔らかな光が雪のように舞い落ちてきた。

 光のかけらは僕らに触れると溶けていく。じんわりとあたたかで、一日中歩き回って疲れた体にしみわたるようだ。

 アレみたいだな。ゲームでよくある、一定時間全体が微回復する。

 

「すごいですね。これが聖女の奇跡……」

 うっとりと味わっていると、レアサーラがポツリと呟いた。

「これは、わたくしたちが浴びるより、患者さんに浴びてもらったほうが良いのでは?」

「ほんとだ」


 そこで僕たちはおいとますることにしたのだが、日差しのもとで見れば、やはり王子の顔色はすぐれない。

「無理をなさったのではありませんか」

「このくらい、どうということもない。彼らの苦痛がすこしでも和らぐのなら」

「キアノ……」


 その堂々としたさまを見て、王子と聖女はやっぱりお似合いなんだと僕は実感した。彼のとなりに立つものは悪役令息なんかじゃダメなんだよ。

 それなのに、王子はギュッと僕の手を握る。

「それに、ノエムが喜んだ。それに勝る喜びはない」


 僕は、息をのんで王子を見つめた。

 僕はチヤホヤされることに慣れている。王子のくれる甘い言葉にも、すこしずつ耐性が付いてきたように思う。

 それでも、いまのはかなりぐっと来た。

 これは、僕が受け取るべき好意じゃない。わかっていても、まっすぐすぎて胸に迫る。

「あ……りがとうございます」

 なんとかお礼を言ったあと、僕は耐えきれず視線を下げた。


 ふと思った。聖女が現れたら、僕はかなり寂しいんじゃないか。すなおにふたりを祝福できるんだろうかって。

 小説通りに嫉妬して、イジワル言ったり嫌がらせしたり、そんなことが全くないとは言い切れない。



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