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2 ニセ悪役令嬢が突っかかってくる

「ノエム、手を」

「兄上、お手をどうぞ」

 ふたりに言われて、思わず両方の手を取ってしまったのがマズかった。


「あの、このまま校舎まで行くんですか?」

 そろりと尋ねると、王子とリャニスがにっこりした。

「嫌なら手を離すといい」

「そうですよ、兄上」

 そんなことを言って、どっちも離してくれなかった。そんなわけで僕は両側からエスコートされてばばーんと登校する羽目になってしまった。


 ものすごく目立ったね。もともと校内でエスコートってだけでも、なにやってんのあの人たちって感じの生ぬるい視線を浴びてたのに、男三人でやってるわけだから。

 クラスの女子たちは、「今朝の光景すてきでしたわ」なんて慰めてくれたけど。

 しかたない、ここは前向きに考えよう。かわいそうなご令息として、腫れもの扱いされるよりはマシだって。


 さて、僕はどうやら孤立を免れた。だがそれで安心するわけにはいかない。

 僕が転生した小説『悪役令嬢と悪役令息、王子をめぐって血で血を洗う』は王子を巡る恋物語なのである。


 本来ならばいまごろ悪役を決めているはずの僕とレアサーラが逃げているせいなのか、その役を押し付けられちゃいそうな人物がいまのところ三人いる。


 アイリーザはそのうちの一人だ。彼女は悪役令嬢に成り代わろうとしている。本来の悪役令嬢たるレアサーラより、見た目も行動もよほどそれっぽい。


 アイリーザは二年生だし普通ならそれほど接点はないはずなのだけど、王子と僕がスクールの中をうろうろしていると、高確率で遭遇する。そんなとき、彼女は取り巻きの女の子たちを連れて、陰からギリリと睨んでくるのである。

 どうやら彼女の中で僕は、「分不相応に王子に取り入ろうとする困った人」らしいのだ。


 いえ、違いますよ。王子のほうが僕を諦めてくださらないのです。言えないね、そんなこと。百パーセント怒らせる。

 じゃあどうやって、この事態を乗り切ろうか。


 僕はいま、図書館でアイリーザと向き合っている。今日も王子と一緒なのだが、本を探してくると席を立った途端これである。

「ノエムート様、お話がございます。少々お時間をいただけますか?」

 アイリーザは会話が許される学習室を示す。

「殿下に一言――」

「彼女に伝言を頼みますから」

 さらっと取り巻きに命令して、アイリーザは僕をうながした。その有無を言わせぬかんじ、ますます悪役令嬢っぽいよ。


「ノエムート様、いくらなんでもあんまりではありませんか。殿下をあのような茶番につき合わせるなど、殿下にもリャニスラン様にも失礼だと思いませんか」

 リャニスの名前が出たので、今朝のエスコートの件とわかった。


「見ていらっしゃったのですね。お恥ずかしい。ふたりは僕のことを心配してくださっただけで……」

「心配?」

 アイリーザはイヤな感じの笑みを浮かべた。


「ええ、殿下はお優しい方ですもの。ですがその優しさに、いつまでも甘えるのはいかがなものでしょうか」

「あのですね、アイリーザ様」

「ノエムート様のことで、殿下は困ってらっしゃるのです。お気づきではありませんか」

「そうですわ、ノエムート様。殿下がなんておっしゃってるかご存じないんですか」

「あのような煮え切らない態度では、殿下にも、リャニスラン様にも失礼ではないですか」


 取り巻きまでなにやら言い出したぞ。

 しょっぱいね。確かに困ると言われたことはあるよ。「可愛すぎて困る」だけどね!

 困ってんの僕ですね。うぐぐぅ。言えない。

 そのときだ。


「ノエム! こんなところにいたのか」

 王子の登場で、ご令嬢方の意識はいっぺんにそちらへ傾いた。王子の発するキラキラに気圧されているようである。だが、王子はそんなことには気にもとめず、まっすぐ僕のもとへやってくる。


「なかなか戻ってこないので心配した」

 ナチュラルに手を握ってくるの止めてくれませんかね。アイリーザがメチャメチャ見てますが。


「ああ! そうでした。本を探していたんでした! 僕ときたらつい」

 僕はそっと手を引いて、はぐらかす。

 この場で告げ口みたいなことしてみろ。アイリーザに恨まれるに決まってる。ここは鈍いふりで逃げるが勝ちだ。


 ところが、王子はごまかされてくれず、チラッと彼女らのほうを振り返った。

「なんの話をしていたんだ?」

「も、もちろん本の話です! 図書館ですからね」

「なにか怪しいな」

「なにがですか?」


 僕は知らないふりを押し通した。ニセ悪役令嬢と揉めてたなんてこと、口を割る気はない。



   ◆

 ところで、街へ行きたいと願ったところ、父上が入れ知恵をしてくれた。奉仕活動を名目にすれば、頻繁に出かけてもおかしくないというのだ。もっと早く知りたかった!


 初日の授業が終わり自室に戻った僕は、侍女たちを集めた。

「近々街へ奉仕活動に出かけようと思うんだ。父上の許可はとってある」

「坊ちゃま、装置を巡るのでしたら、あたしお役に立てるかもしれません」

 ライラが目をキラッとさせて申し出た。ライラは僕の護衛を兼ねてるから、強制参加なんだけどね。

「詳しいの? ライラ」

「坊ちゃまがたにとっては、奉仕活動ですけれど、第三スクールの生徒にとっては懲罰の一種でした。だからあたし、たくさん巡ったんです」

「ん?」

「ライラ、第一と第三では巡る装置が違うはずだわ」


 僕が深く考える前に、ヘレンがそっと口を挟んだ。

「どう違うの、ヘレン」

「それは……」

 言いよどむヘレンの代わりに、今度はジョアンが答える。

「第一スクールの生徒は、人目につきやすく、用途が明快で民からの感謝を得やすいものを担当しますね」

「わかりやすーい」

 感心してしまったけど、ズバズバ言いすぎだと思うよ。


「そうだったんですね……」

 ライラは自分の知識が役に立たないのかもとしょんぼりしているけどそれは気が早い。

「僕としては、人目につかなくて用途不明の装置とやらに非常に興味があるな」

 非常に有益な、馬糞変換装置にも興味はあるけれど。

 口には出さずとも、侍女たちは僕の言わんとしていることを正しく理解したらしい。


「ああ、また坊ちゃまが妙なことに興味を……。奥様に叱られてしまいます」

 母上が好きすぎるヘレンは、嘆いてるんだか喜んでいるんだかよくわからん感じで身もだえてから、僕に告げた。


「ですが、奉仕活動は班行動が基本です。坊ちゃまの勝手にはできませんよ!」

 なんだって。

 父上がウッカリ言い忘れたのか、僕がウッカリ聞き逃したのかはわからないが、それは大問題だ。

「誰か誘う必要があるってことか」


 そんな話をした二日後のことだ。

「あ、あああ、う」

 レアサーラが真っ青になって呻いていた。

 僕の肩にはべっとりと果物の汁がこびりついている。彼女がわざとじゃないと僕は知っているわけだけど、それでも悪い笑みを浮かべた。


「レアサーラ様、謝罪はけっこうです。その代わりと言ってはなんですが、週末の奉仕活動に付き合ってくださいませんか?」

「うえうえええう」

 大変迷惑そうだったけど、さすがに嫌とは言えなかったみたいだ。

「一緒に、バフ……違った。民の生活のためにがんばりましょう!」

 こうして僕はむりやり同行者を得たのである。


 あっというまに週末になった。侍女たちはいそいそと、僕の本日の衣装を掲げてみせた。

「わあ、男子の制服だ! どうしたのこれ?」

「街に出かけるなら目立たぬようにと、奥様が送ってくださいました」


 なるほど。奉仕活動だから制服じゃないとダメだし、いつもの僕の格好だと危険だということか。

 侍女たちは心持ち華やいだ様子で僕の着替えを手伝った。


「やはり雰囲気が変わられますね」

「坊ちゃまはなにを着ても可愛らしいです」

「これはこれで変な人を呼んでしまいそうですね」


 口々に褒められればまんざらでもない。いや、変な人呼びそうってなんだよ。いいや、深く考えるのはよそう。

 僕は鏡の前でくるりと回ってみた。髪もうしろでまとめてもらったから、たしかにいつもと違う。たいへん身軽だ。


「じゃあ、行ってくるね」

 僕はライラを連れて意気揚々と出かけた。

 と、そこまでは順調だったのだが、レアサーラと待ち合わせしていた前庭に、なぜか当たり前の顔で王子とリャニスがいた。


「あれ? ふたりとも、用事があったのでは?」

「先に済ませた」

 と、王子。

「稽古のことですね? 時間をずらしていただきました」

 と、リャニス。


 呼んだ覚えないんだけど。

 困惑する僕にリャニスがそっと声をかけてきた。

「兄上、男子の制服もお似合いになりますね。様になっていますよ」

「そう? 嬉しいな」

 あまりに誉め上手なのでごまかされてしまった。ふにゃっと笑うと、今度は王子が肩を叩いて僕の気をひいた。


「君がなにを着ても可愛いというのは認めよう。だが、少々心もとないな。どこかに私のものだという証を――」

 つけられないか。王子がそうつぶやいている最中、僕はリャニスに耳を塞がれた。ふんわりだったから、聞こえちゃってるけど。


「なにをしているんだ。リャニスラン」

「どうも兄上のお耳に入れるにはふさわしくないお言葉が聞こえた気がしまして」

「なんだと」


 できればリャニスの耳にも入れたくなかったよ。とても十三歳とは思えないセリフだ。正直ドン引きである。

 思わず目をそらすと、ドン引きしている人物がもう一人いた。


「あ! レアサーラ様!」

「わたくしどうやら無用のようですね。それではこれで失礼いたしますわ」

「待ってくださいレアサーラ様!」

 おほほと笑って本当に立ち去ろうとするので、僕は慌てて彼女を追った。

 むしろレアサーラしか誘ってないから!


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