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2 ただのハイスペックか

 ノエムートは美貌の悪役令息である。

 ゆるくウェーブした髪は若い白ワインの色。瞳はレーズンカラーだと小説のなかで描かれている。


 妖精の紋章をもつトルシカ家の子息として、ふさわしい気高さと美しさを兼ねそなえていると。

 だが、僕の前世は平凡な高校生だった。記憶をとりもどした今、どうにも顔つきが変わってしまったように思う。




「坊ちゃま、王子がいらっしゃるまでお時間がございます。御髪おぐしを整えましょうか?」

 鏡をのぞきこんでいたせいで、侍女のライラに誤解されてしまった。王子が来ることをすごく楽しみにしていると思われている。


「リャニスと約束しているからもう行かなくては。図書室に向かう」

「はい。坊ちゃま」


 実は彼女、僕がはじめてポメ化したときの第一発見者だ。僕が元ヤンと見まちがえた相手だが、こうして侍女のお仕着せに身をつつんでいると、細身の美人だった。

 あのとき彼女は相当すさんでいたのだ。それも、僕のせいで。


 さかのぼること二週間。僕は彼女に難癖をつけた。顔がナマイキだとか言って。なんの罪もない彼女を、下働きの身分におとしたのだ。

 そのことを思い出して僕は青ざめた。マズい、それすんごく悪役っぽい!


 そのうえ彼女は、辞職を迫られていた。僕がポメ化したときに気付かず外にだしてしまった罪とかで。

 ないよ、そんな罪はない!

 僕は大あわてでストップをかけた。


「坊ちゃまは、あたしが毛玉よばわりしたことを怒らないんですか?」

 彼女がそう尋ねたとき周りがざわついたけど、僕は怒らないと首を振った。


 思えば僕はおこりっぽい子供だった。でも誰かに八つ当たりしたり悪いことをしたりすると、心のどこかがさわぐのだ。

 はやく謝らなきゃ! 大変なことになっちゃう。なんのことはないそれは僕自身の声だったわけだ。でもライラのときだけはなぜかその危険信号が働かなかった。


「自分でも似たようなこと思ったよ。部屋から飛びだしたのだって、変身に驚いたからだよ。ライラのせいじゃない! 僕の正体を見抜いたのはリャニスだけだし、母上なんて僕が元にもどってもまだ疑ってて、剣をつきつけてきたからね。アレにくらべればたいしたことじゃないって! それよりも僕のしたことのほうがひどいよ。理不尽な目にあわせてごめんなさい!」


 僕は彼女に頭をさげた。

「許してくれるならもう一度、僕のもとで侍女として働いてほしい。僕が嫌ならリャニスのもとでもいいし、それでもダメなら父上に紹介状を書いてもらえるよう頼んでみるから!」


 謝罪は心からのものだったけれど、保身じゃないとも言いがたい。だって悪役令息が幼少のころクビにした侍女って、ものすごくフラグっぽいからね。彼女が分岐点のように思えた。だからライラがもどってきてくれて、僕はかなりホッとした。



 ライラをともなって屋敷内の図書室にむかうと、リャニスはなにやら分厚い本を読んでいた。僕に気づくとイスから降りる。


「兄上」

「あ、いいよ。読んでて」

 それでも僕の着席をまつつもりらしい。誕生日を迎えていないから、リャニスはまだ九歳だ。けれど僕を見つめる紫の瞳は知的にきらめいていた。


「リャニスってチートもちなの?」

「兄上、いまなんとおっしゃいましたか。よく聞きとれなくて」

 リャニスは首をかしげた。ただのハイスペックか。


「ずいぶん難しそうな本を読んでるなって」

 なんとなく気になって、着席するまえに見にきてしまった。

「兄上の身におきたこと、なにかわからないかと思って調べていたんです」


 なんとリャニスは、僕のためにこんな難しげな本に挑戦しているらしい。すごいなあ、この子。僕はリャニスをまじまじと見つめた。

 高校生目線をもってしまったせいか、嫉妬よりも感心のほうが大きかった。天才少年ってもはや尊敬しかない。


「もちろん、次なんて起こらないほうがいいです。でも、もしもまた兄上の身にアレが起こったとき、俺も役に立ちたいんです!」

「ありがとうリャニス! やさしいんだね。それなのに僕は……」


 僕はがっくりとうなだれた。リャニスの健気さにすっかり打たれてしまった。反省だけじゃダメだめだ。謝らなくては。

 僕はリャニスの手を両手でにぎりしめた。

「リャニス、今まできつく当たってごめんね。もうしない。誓うよ。これからはやさしい兄さんになるから」


 勢いあまって近づきすぎたせいか、リャニスは頬を赤らめた。照れはなんとなく伝染する。僕はパッと手をはなして話題を変えた。

「それで、なにかわかった? ポメ化のこと」


「知ってたんですか?」

「ん? なにが?」

 リャニスはとなりに積んであった本をぱらぱらめくり、一文を指さした。

「ここに、ポメとあります」

「うん。……うん!?」


 この世界に、ポメラニアンはいない。いや、いるのかな? ワインとかブランデーとか記述されるしな。でも小説のなかで犬は犬としか書かれていなかったように思うんだよな。

「兄上もこの本を読んだんですか?」

「まさかそんな」

「じゃあ、どこでこの言葉を……」

「え!? ど、どこからだろう。パッと頭に浮かんで」

「ギフトですか」


 僕のとっさのごまかしを、リャニスがいいように受けとった。

 この世界の貴族は神から力を与えられている。それはギフトと呼ばれていて、炎をだしたり氷をだしたりできる。まあ魔術みたいなものだが、魔術は悪魔の力とされ神から与えられるギフトとは区別される。

 予言や予感もどうやらギフトに含まれる。


 さて、ここには前世という概念はない。あったとしても異端の発想だ。バレたら首が飛ぶかもしれない。

 幸いにして、リャニスは僕に不審を抱かなかったようだ。再び本に目を落とし、つぶやいた。


「父上が言ったこと、これらの本には記述がありませんでした」

「父上?」

「愛情を感じれば元にもどると……」

「あ、ああ。そのようにおっしゃっていたね」


 ううう、恥ずかしいな。王子になでられて嬉しかったから元にもどったと解釈されているわけだよね。まあたしかに、楽しい気分にはなっちゃったけれども。僕は小説のなかのノエムと違い、王子に恋しちゃってるわけではない。その辺はちょっとデリケートな問題だ。


「……殿下じゃなくても」

「え?」

「あのときは殿下が治してしまったけれど、なでればよいのだとわかっていたら俺だってきっと治せました! 俺だって……」


 リャニスが珍しく言いよどんだ。僕はハッと気がついた。

 リャニスもポメをなでたかったんだね!


「坊ちゃま、殿下がおいでになられました」

「あああ、ごめんリャニス、話はまたあとで。――今行く」

 ライラの呼びかけにこたえて、僕は彼に背中をむけた。


「……殿下の訪問、増えましたね」

 ちらりとふりむくと、リャニスはどことなくすねているように見えた。




   ◇

「体の調子はどうだ。ノエムート」

 お茶をひとくち飲んでから、王子が僕に視線をよこした。

「はい。おかげさまであれ以来、変化もありません」


 本当はね、ご期待にそえなくてすみません。っていう気分。王子はポメ化した僕をずいぶん気に入ったようだから。またモフモフしたいのだろう。

 髪ならさわっていいですよって言ってみようか。いやダメか。ポメラニアンのさわり心地にはたぶん敵わないもんなあ。


「なにか君、変わったな」

「それは……、あのようなことがあって、反省したのです。僕の傲慢な態度を、神々がおいさめになられたのではと思えてならないのです。ですからこれからは肩肘を張らずに、その……。僕らしくあれたらと思いまして」


 そういうことにしておこう。これまで僕は貴族としての品位だとかを身につけるために、相当無理をしていたのだ。王子のまえでニコリともしなかったのは、下品だと思われたくなかったからだし、緊張しすぎて受け答えもそっけなかった。


 でも僕は王子のまえでポメラニアンになっちゃったわけだから。それってこれ以上ないやらかしだよね。だったらもうとりつくろうのはやめちゃえ! という心境だ。


 それに王子は十一歳だ。前世を思い出してしまった僕にとっては、彼もまたかわいい弟みたいなものである。

 へらりと笑ってみせると、王子はわずかに眉をよせた。


「ご不快でしょうか」

「い、いや! そんなことはない。ただ、すこし驚いただけだ。むしろ今のほうが……」

 王子が言葉をにごすので、僕は首をかしげて彼のマスカット色の瞳をのぞきこんだ。


「私も気をつかわずにすむから楽だな!」

 王子は腕を組んでふんぞり返った。

 なるほど僕の緊張が、王子にもうつってしまっていたらしい。

 お互い楽ならウィンウィンだ。


 僕が気をゆるめたことで、王子は我が家に息抜きにくるようになった。そのうち仰々しい出迎えや見送りはいらない、忍びで来ていると思え。などとおっしゃってさらに気軽に遊びにくるようになった。


 婚約者としてのふるまいはよくわからないけれど、友人としてなら王子と仲よくやっていけそうだ


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