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25 覚えのあるセリフ

 休日、母上から呼び出されて僕は実家のお茶会に参加していた。

 もう帰りたい。なぜって、今日はイレオスを招いているのだ。


 いま彼は母上と会話している。先生を引き受けてくれてありがとうとか、そんなやりとりだ。リャニスがそれを照れくさそうに聞いていた。

 正直、僕は必要ないと思うんだけど。

 お茶を飲みながら僕がその様子を盗み見ていると、隣の席の王子が小声で僕の名を呼んだ。


「ノエム。今日は平気みたいだな」

「はい。おかげさまで」

 イレオスが我が家にくると聞いて、王子も顔を出してくれた。ポメ化を案じたのか、それとも期待したのかもしれない。


 だが、僕は今回、イレオスを見ても変身していない。理由は僕のほうこそ知りたい。どうやら百パーセント変身するわけではないらしい。だとしたらなにがトリガーなんだろう。

 僕はまた、チラリとイレオスを盗み見た。すると視線に気づいたイレオスが、僕に笑いかけた。僕がピシッと固まると、隣からかすかなため息が聞こえた。見れば王子があきれ顔をしている。


「ノエム、庭を案内してくれないか」

「はい、もちろんです」

 僕はそそくさと立ち上がった。


 この時期に見頃なのは、アジサイに似た白い花だ。毒草ではないので名前は覚えていない。春咲きのバラには、すこし遅いかな。


「トルシカ兄弟は、本当にイレオスが好きだな」

「え!?」

 僕はギョッとして王子を見やった。

「見とれてたじゃないか、彼に」


「いえいえいえ! 誤解です誤解! 僕はただ、ポメ化のことを考えていたのです。なぜイレオス様にお会いするとポメ化してしまうのか。理由がわかれば、ポメ化を自在に操れるのではないかと」

「ポメ化を、操る?」

 王子は一瞬目を丸くして、それからなにやら考え込んだ。


「そうか。ずっと、君のポメ化をどうやって治そうかとばかり考えていた。君は、案外ポメ化の件、前向きにとらえているのだな」

「そうですね。変身しちゃうものはしかたないですし。嫌と思ったことはないです。あ、いえ、もちろん。王子にお手間をとらせてしまうことは申し訳ないと思っているのですが」

 僕は笑いをこらえながら続けた。どうしても、僕をなでる王子の姿を思い出してしまう。


「それ以上に、キアノは楽しそうですし」

「……そう見えるか」

「はい。犬好き全開ですね」

「私は別に、犬が好きなわけじゃない」


 王子がムッとしたように答えるので、僕は声を立てて笑ってしまった。

「隠さなくたっていいですよ。何度となく思いましたから。キアノをポメ化でお出迎えできればいいのにって」


 王子は、どことなく決まりが悪そうだ。僕から目をそらした。

「責めているわけじゃないんです。キアノが僕を楽しそうに撫でてくれて、それで元の姿に戻ったから、僕はポメ化を悪いことだと思わなかったんです。あのとき、キアノが僕を拒絶したなら、きっと結果は違っていました」


 自分で口にした言葉に、すとんと納得してしまった。

 そっか。そうだったんだ。王子とリャニスがいてくれたから、僕は惨めな思いをせずにすんだんだ。

「だからキアノ、ありがとうございます。ポメ化した僕を好きでいてくれて。リャニスにも、感謝しなくちゃ」


「……そこでその名が出てこなければ」

「え?」

「いや、なんでもない。それより、前からうすうす感じていたが、君はなにか根本的に思い違いをしてるんじゃないのか?」

「なにがです?」

「もっとキッチリ話し合いたいところが、どうやら時間だな」

 本当だ。王子の背後に迎えが来ていた。よく気づくなあ。


「だが、これだけは言わせてもらう。私は犬が好きなんじゃない。君だから可愛いと思うんだ」

 最後の最後で大サービスだった。真顔で言われると、照れるんですけど。赤面する僕をみて、王子は満足そうにうなずき、僕の前髪を持ち上げた。

「今日、君の顔を見れてよかった。まだまだ戦える」

 そして王子は、僕の額にキスをした。


 なにと戦うの。そんでいまのはナニ!?

 僕は口を開け閉めするのに精いっぱいで、ろくに見送りの言葉もかけられなかった。




   ◇

 王子はあれ以来、本当に忙しそうだ。リャニスは剣術の修業に燃えているし、僕はポツンと暇を持て余していた。

 春先にレアサーラをさらってまで密談したのはなんだったのか。おそらく、彼女がいちばんそう思ってるだろうから口には出せないけど。


「ライラ、散歩に行ってくる。ついてきて」

「はい。坊ちゃま」

 池のスイレンを横目に眺めながら、僕は温室に向かっていた。

 温室の一角は多肉植物のコーナーになっていて、僕のお気に入りはそこ。なんとなく癒されるんだよね。


 ところが、温室の前で思わぬ人と遭遇し、僕の癒しはお預けとなった。げんなりした僕の気持ちとは裏腹に、雰囲気悪役令嬢アイリーザは堂々たる笑みを浮かべた。


「まあ! ノエムート様、ごきげんよう。ちょうどお話したいと思っておりましたの」

 花がきれいですねとかあたりさわりのない言葉を交わした後、彼女は本題に入った。

「ノエムート様は、キアノジュイル殿下のことをどう思っておいでですの?」

「どう、とおっしゃいますと?」


 またいつもの恋バナか。面倒だな。どう答えるのが正解だろう。お慕い申し上げてます的な? いやいや、恋してないしな。

 その瞬間、僕の脳裏にふとよぎった。王子にデコチューされたあのときの驚きが。いや、あれは挨拶。そう、文化の違い。変に意識しちゃだめなヤツ。妙なことを思い出してしまったせいで、オロオロと返事をしそびれた僕を見て、アイリーザはすっと目をすがめた。


「殿下のことを本当に想っていらっしゃるのでしたら、ご配慮いたきたいものですわ」

「え?」

「失礼ながらノエムート様は、殿下がどれほどノエムートさまのために骨を折っておられるのか、ご存じないように見受けられます」

「それは、どういう意味ですか」


 別にとぼけたわけではない。なぜそれをアイリーザが言うのかを考えてしまったのだ。


「おふたりのご婚約に、多くの者が難色を示しているのはご存じ?」

「はあ。存じておりますが」

 ポメ化と病弱のうわさでね。そして王子が婚約維持のために立ち回っていることももちろん知っている。


「鈍いお方。本当に殿下がお気の毒ですわ。ねえ、ノエムート様。率直に申し上げます。殿下とのご婚約をご辞退なさいませ。それが殿下の御為です。ノエムート様では、殿下に釣り合わない。そうは思いませんか?」


「アイリーザ様、それは……」

 これは、大変なことになったぞと、僕は青ざめた。

 だが、ライラが前に出そうな気配を察して、僕は我に返る。言われっぱなしで悪役令息がつとまるかってんだ。

「それは、殿下がお決めになることです。それに僕の立場がどうなろうと、僕の気持ちに変わりはありません」


 友情ですから!

 とか言うわけにもいかないが、ともかくアイリーザは黙った。その隙にするっと会話を終わらせる。まるで逃げるみたいだが、そんなことより、考えなきゃいけないことができた。


 いまのセリフ。婚約を辞退するように言ったアレは、本来なら悪役令嬢レアサーラのセリフだった。しかも、聖女に向かって放つヤツだ。

 以前にも、こういうことがあった。

 マスケリーが、サンサールの言動を注意した時の物言いが、小説の中のノエムートのセリフのようだった。


 起こるべきことは起こる。だとしたら、僕が逃げ続けた結果として、彼らが代わりに巻き込まれることがあるんだろうか。

 ちょうどそのとき、いちばん会いたい相手が、運命のようにやってきた。レアサーラだ。なにやら思案顔で、池にかかる橋を渡るところである。


 貴族らしさなんてかなぐり捨てて、僕はたーっと彼女のもとに駆け寄っていた。

「レアサーラ!」

「ノエムート様!? 来てはなりません!」

 なんか慌てた様子だが、逃げられると思えばこっちも焦る。


「待って、レアサーラ、話があるんだ!」

 橋のど真ん中で、ドラマみたいにふたりはめぐり逢い、そして当然の結果として空中に投げ出された。

 いや、なんでそうなんのって感じだけど。レアサーラだからだよ。幸いライラがいたもんで、池に落下する前にひょいひょいっと橋の上に回収されたけど。


「わ、わたくしのドジを未然に防ぐなんて」

「そう何度も同じ手はくいませんよ」

 なにを張り合ってるんだか。僕はと言えば驚きすぎて声も出ないってのに。


 前庭に場所を移すころには、僕もすこし落ち着きを取り戻していた。

 見計らったようにレアサーラは口を開く。


「それで、慌ててどうしたんです?」

「アイリーザ様が僕に、婚約者の座を退けって言ったんだ」

「アイリーザ様が?」

「なんで嬉しそうなの!? セリフとられちゃってんだよ」


「むしろ成り代わっていただけるんなら、万々歳でしてよ。これで安穏あんのんと暮らせる!」

 レアサーラはどうやら、スローライフを狙っているようである。目をキラキラさせて、生ハムがどうとかつぶやいている。


 残念だが、僕は水を差さなきゃいけないようだ。

「レアサーラはそれでいいかもしれないけど、それだと、レアサーラの代わりにアイリーザが追放されるかもしれないよ。そのぶんだと、レアサーラは追放された後の準備もきっちり進めてるんじゃないの? でもアイリーザは違う」

「う、それは……」


「僕らの代わりに誰かが断罪されるかもしれない。その誰かは、アイリーザだったりマスケリーだったり、僕らの知ってる人になる可能性が高い。それでも安穏と暮らせる?」


 自分の言ったことに、ズキズキと胸が痛んだ。

 僕には無理だ。僕の代わりに誰かが死ぬことになるかもしれない、だなんて。


 そんな話をした次の日、サンサールが池に落ちた。まるで、落ちるはずだった僕たちの身代わりになったみたいに。

 ただの推測が、またひとつ現実味を帯びた気がして僕の気がずしんと重くなった。

 同じころ、事態が動いた。王位継承権の枠がひとつ空き、王子が昇格することになったのだ。

 王子は、婚約相手に女性を選べる立場となった。ニセモノの花嫁などではなく。


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