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24 寂しいのはお互いさま

「ノエムートサマ、ゴキゲンウルワシュウ、ゾンジマス」


 入学式から一週間が経った。授業が始まる前の教室で、僕は自称サル野郎ことサンサールの練習に付き合っていた。

 言ってはなんだが非常にぎこちない。旧式のロボットみたいになっちゃってる。

「全然ダメだな。昨日はもう少しマシだったのに」

 リャニスが顔をしかめると、サンサールはぴゃっと肩をすぼめた。

「申し訳ありません、兄上。出直します」

「うん、僕はいいんだけど……。ちょっと厳しすぎるんじゃないかな」

 スクールの勉強もあるし、僕としてはサンサールのあの、貴族にマレな、やんちゃ坊主感も残しておいて欲しいんだよね。今後の癒しのために。


「兄上、甘やかさないでください。俺が教えるからには完璧にこなしてもらわなくては」

 リャニスの厳しさに、サンサールが涙目になってる。


「リャニスは小さいころからなんでもできてしまったし、できない子の気持ちがあまりわからないんじゃない?」

「それは違います。兄上」

 リャニスはキリリと僕の言葉を否定した。まさか、自分もできない人間ですとか言い出すんじゃないよね。それただの嫌味だから。ヒヤリとしたけど違った。


「ギフトの扱いや、剣術の授業を見ていれば、サンサールの身体能力が優れていることはすぐにわかります。こう見えて意外と頭の回転だって早い」

「え!?」

 まさか褒められると思っていなかったのか、サンサールは、ものすごく驚いた顔でリャニスを見た。

 リャニスも彼を見つめ返し、しっかりと頷いた。


「彼ならできると俺は信じます。だからこそ厳しく教えるのです。サンサール、必ずできるようになる。だから一緒にがんばろう」

「……う、うん」

 返事をしかけ、サンサールは「違う」と首を振る。

 そしてしっかりと「はい!」と言い直した。

 雰囲気に流されてない?

 いや流される気持ちもわかる。これが本物の褒めて伸ばすっていうヤツか。なるほどコレに比べれば、僕の発言はただの甘やかしとわかる。


 ふたりの熱い友情に、周囲からなんとなく拍手が沸き起こった。

 僕も手を叩きながら、内心あきれ半分だった。


「でもそれを本人に言っちゃうのがリャニスのすごいとこだよね」

 するとリャニスは、熱血少年じみたまなざしをふわりと優しくとろかした。


「なにをおっしゃいますか、兄上。すべて兄上から教わったことですよ。相手の長所を見つけること、相手を信じること、そしてそれを伝えること。だから、いつだっていちばんすごいのは兄上なんです」


 リャニスの中の僕、どうなってんの~っ!

 僕の絶叫は先生が来たことで、心の中にとどまった。


 このことをきっかけに、サンサールとリャニスはずいぶんと仲良くなったようだ。

 最近では挨拶の練習だけでなく、勉強も見てもらっているらしい。休み時間になって、サンサールはリャニスに助けを求めていた。内容がわかりづらかったのか、ほかの生徒たちもリャニスを囲って説明を聞いている。


 その隙に僕はくるりとうしろをむいて、レアサーラに声をかけた。

「レアサーラ様、例の女性について、なにか情報はございませんか?」

「例の……? ああ、例の」

 聖女のことを言いたいのだと、レアサーラにもピンと来たようだ。すこし考えるそぶりを見せてレアサーラは首を振る。

「いいえ、特にそれらしい話は聞いておりません」


「殿下もしっぽを出さないんです。女の影などひとつもないとばかりに」

「それはそうなんじゃないですか? ノエムート様がいらっしゃるのですから」

「レアサーラ様までそんなこと言います!?」

 だけど、違うんだって、すごく言いづらい。

 王子の言動は、僕がどう言いつくろおうと恋人に対するそれだ。

 あれから相変わらず昼食はふたりきりだし、夕食にも招かれるし、ふたりで勉強しようなんて言われて図書館にも行った。


 あまりやり過ぎると、聖女と出会ったときに僕の存在が邪魔になると思うんだよね。

 あれほど大事にしていた婚約者を捨てて聖女を取るのかとか言われたら、それはそれで王子の評判が悪くなる。


「うーん、どうしたもんかなあ……」

 僕はレアサーラの座る立派なイスに、だらっともたれかかった。

「ノエムート様、お行儀悪いですよ」

「だってなんか学校みたいだし」

「学校でしょう?」


 ひそひそ話していると、ガタっと音がした。

「兄上!?」

「え?」

 顔をあげたときにはリャニスがすっ飛んできて、僕のそばに膝をついた。


「ご気分がすぐれないのですか」

 すぐにでも抱き上げられそうな雰囲気を察して、僕は慌てて首を振った。

「え、いや、違うよ。これは」

「兄上、ごまかさないでください。すぐに医務室に」

「いや、本当に! ちょっとその、だらけただけだよ」

「だらけた? 兄上が? あり得ません」


 リャニスはきっぱりと言い切った。なにハードル上げてくれてんの。

 クラスメイト達もすっかりこちらに注目している。そんな中、リャニスはレアサーラを睨みつけた。


「まさかレアサーラ様が、兄上になにかしたのでは」

「リャニスラン様、落ち着いてくださいませ、わたくしがなぜそんにゃ」


 途中までは悪役令嬢っぽかったのに、どうやら舌を噛んだらしい。さすがドジっ子、裏切らない。じゃなくて、リャニスの疑惑をどうにかしなきゃ。


「リャニス。レアサーラ様に失礼だよ。僕から話しかけたというのに。それにね、レアサーラ様はドジで周囲を巻き込むことはあっても、故意に人を傷つけたりはしないよ」

 僕がきっぱりと言い切ると、リャニスはたじろいだ。


「はい、申し訳ありません。レアサーラ様も、ご無礼を申し上げました」

「わかってくださればよいのです」

 レアサーラもホッとしたように微笑んだ。


 放課後、リャニスのほうからすこし話がしたいと言われて、僕はリャニスを空き教室に誘った。

 ダンスや所作の練習に使っていいと開放されている部屋のひとつだ。もっとも、ふたりでダンスなんてはじめたら、人目をひいちゃうだろうからしないけど。

 なので僕はエア木剣を構えてみた。僕が剣術ダメダメなのは知れ渡ってるし、日差しを避けてこんなところで練習しているのだろうと勝手に合点してくれることだろう。

 肩が上がりすぎていると、リャニスがさっそく手を添えて教えてくれる。

 そうしながら、声を落として僕に尋ねた。


「兄上は、レアサーラ様のこと……」

「え?」

「その、答えづらかったらいいのです。もしや兄上は、レアサーラ様のこと、異性として好ましく思っているのでしょうか」

 僕はポカンと口を開けた。

「……それ、どっかで噂でも立ってる?」

「いえ、決してそのようなことは」

 リャニスが首を振ったので、僕はホッと胸をなでおろした。僕はご令嬢扱いだし、女の子と話してたところでそんな噂立つはずがないとは思うのだけど。


「よかった。レアサーラ様にとんでもないご迷惑をかけているのかと。あのね、リャニス。ないよ、ないない」

 ここはキッチリ否定しておかないとあとあとマズいことになりそうだ。

「正直に言うとね、リャニス。僕にはまだ、恋というものがわからないんだ」


 十二歳という年齢は、僕の感覚では小学生だ。

 体は小学生、周りも小学生。そして中身は高校生男子だ。できるか、恋?

 彼らの見た目が日本人の感覚よりは大人びて見えたって、それでも子供なんだよ。


 だからと言って、ライラたち侍女に目を向けたとしても、それはそれで無理だ。

 彼女らは職務で僕のそばにいる。第一、僕が興味本位で手を出そうとしたところで、大人しくしているようなタイプじゃない。むしろお赤飯炊きましょうとか言われそう。赤飯はないけど。

 そんで母上に筒抜けになる。

 考えただけで心が折れそうだ。


 チラリとリャニスの様子をうかがえば、今度は彼のほうがポカンとしている。僕は苦笑した。

「僕には王子がいるのにって。あり得ないって答えるのが正解だよね。けどリャニスも知ってる通り、僕、王子にも恋なんてしてないから」

「兄上っ」

「どうしたの? だから妙なことを考えたんでしょう?」

 僕の言葉に、リャニスが慌てるのがなんだかおもしろかった。


「俺は、ただ、兄上がレアサーラ様の前ではすこし違った顔をなさるので」

「そう? まあ確かに気は緩んじゃってるかも。レアサーラには甘えちゃってるからな」

「なぜ、ですか。どうしてそこまで」

「なぜって言われてもなあ」

 利害の一致? 転生者仲間だし。悪役仲間でもある。しかし、そのまま伝えるわけにはいかないのだ。



「……兄上が寝込むようになったのは、レアサーラ様のもとを訪ねたあとです」

 ああ、毒耐性をつけたくて、まず彼女に相談に行ったからな。それで警戒してたのか。

「それ、レアサーラ様とは関係ないよ。むしろ彼女は止めたんだから」

「止めた?」

「とにかく僕はね、彼女のことは信頼してるんだ。だから、リャニスが心配するようなことはなにもない」

 笑いかけると、リャニスはとても変な顔をした。


「兄上は、レアサーラ様のことは簡単に信頼なさるくせに、俺のことは信頼してくださらない」

「え!? そんなことはないよ」

「……そんなことを言って。肝心なときはレアサーラ様に相談に行くではないですか」


 ぷいとそっぽを向いてるけど、もしかして拗ねてるんだろうか。

 気づいたとき、僕は笑い出しそうになった。

 もしも、これが僕にばかり都合の良い勘違いだとしても、断罪されるかもなんて思い込んでいるよりずっといいや。


「なんだよ、リャニス。頼って欲しかったの? リャニスのことだって充分すぎるくらい頼りにしているよ。だけど、弟には頼みづらいことだってあるんだよ。それにレアサーラはあれで結構、お姉さんだからね」

「はい?」

「あ、ほら、もうひとりリャニスを必要とする人が来たよ」


 サンサールが勢いよく教室に飛び込んでくるところだった。

「リャニスっ。ようやく見つけた。今日は手合わせしてくれるって約束だろ」

 いつのまにか呼び捨てになっていた。


 仲のいい相手ができて、寂しいのはお互い様か。

 けど、屈託のないサンサールは、いつかきっとリャニスの助けになる。そんな気がする。

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